027 ミオ、覗き見する(ミオ→アスル・アズール)

 軽く扉を叩いて、しばらくしてそっと開けた。
 タマキちゃんの所に来る人は限られている。それに時間通りならタマキちゃんはお茶の用意をして待っていてくれる。
 でも今日はアスル・アズールもいるから、ちょっとだけ開けて中を確認する。

「おはようございます、ミオさん。どうしたんですか?」

 中を見るとちょうどお茶の用意をしていたのか、白いポットを持ったタマキちゃんの姿が目に入る。
 今日は青みがかった光沢のある布を使ったドレスを着て、黒い真っ直ぐな髪を揺らしながら笑みを浮かべている。

「おはよう。あの……今日はオマケも居るんだけどいいかな?」
「おまけ……ですか?」
「うん、そう」

 笑って誤魔化しつつ扉を開けると、後ろにいるアスル・アズールが目に入ったのか、タマキちゃんはポットから手が離れる。
「危ないー!」と思わず走り出そうとすると、後ろから低い声が聞こえ、ポットは床に落ちることなく宙にプカプカ浮いていた。

「やれやれ……顔を出しただけでこれか」

 どうやらこれはアスル・アズールの魔法のおかげらしい。
 とりあえずポットが落ちなくて良かったとほっと一息つきながら、タマキちゃんに「驚かせてごめんねー」と謝りながら近づいた。

「いえ、びっくりしてすみませんでした」
「いや、来る前に使いを出せば良かったな。大分慣れたと聞いていたんで、無理やり付いてきたんだが……」
「そ、そんな……本当にびっくりしただけです。あの、お茶の用意をしますので、座っていてください」

 恥ずかしさからか、または美形を前にした女の子の気持ちからか……タマキちゃんは耳まで赤くしながらぎこちない動作で席を勧めた。
 手伝うよ、と言うと、カップを一つ足すだけだからと言われ、仕方なくアスル・アズールと一緒にいすに向かった。
 いつもタマキちゃんとは向かい合って話をするので、アスル・アズールは私の隣に座らせた。
 さすがにタマキちゃんの隣に……というのは良くない気がしたから。
 タマキちゃんは最初はぎこちなかったものの、ある程度すると慣れてきたのか、少しずつ自分からも話をしだした。
 私はといえば、あまり口を挟むのも悪いので、話に相槌を打つ程度で、あとはお菓子とお茶にと食欲に走る。
 んー……でも結構二人の会話ってサマになってるかな。美男美女――この場合は美女というより可愛いという方がしっくりくるけど――は目の保養にもってこいだ。
 ――なんて思っていると、アスル・アズールが急に。

「少し二人きりで話がしたいんだが……と聞いているか?」
「……は?」

 今、なんて言った?

「お前、人の話を聞いてないのはどっちだよ?」
「あ、ああ……二人きりで話をしたいってんだろ? 分かって……って、そんなもん許せるかああぁっ!!」

 我に返って慌ててバンッとテーブルを叩きながら怒鳴る。
 タマキちゃんが驚いたのか、「きゃっ」と小さな声が漏れる。

「あ……タマキちゃん、ごめん…驚かせちゃって」
「いえ、でも、そんなに心配することは……」
「いーや、こいつの変態ぶりを私は知っている。そんなのとタマキちゃんを二人きりにさせられるわけないよ!」

 だって、朝のうちはその気はないって言っていたけど、二人きりで話をしてみたいと思うくらいに興味を持ったってことでしょ?
 何がアスル・アズールの心の琴線に触れるのか分からないんだから。だから余計にヤバイのにーっ!

「……ったく、本当に信用されてないな」
「当たり前だろっ!?」

 睨み付けると、アスル・アズールはやれやれといった顔をする。
 あまり庇うと余計にタマキちゃんに興味を持ちそうで怖いんだけど、なんて言うか……飢えた肉食動物の前に小動物を差し出すような気がして、全力で止めなきゃ、って思うんだよね。

「あの、ミオさん。私も少し慣れてきましたし……立場上、少しはお話をしないといけないと思いますし」
「でも……」
「大丈夫です。ミオさんには悪いけど、少し待っていてもらえますか?」
「う……」
「アスル・アズールさん、少し外に出ませんか?」
「ああ」

 アスル・アズールは静かに立ち上がると、タマキちゃんに付いて外に出れる大きな窓に向かう。
 だ、大丈夫かな? 思い切り心配なんだけど……

「タマキちゃ……」
「大丈夫です」

 にこり、と返されて、それ以上何も言えなかった。仕方なく席に座って残りのお茶を一気飲みする。
 それでももやもやした気持ちは晴れず、カップを持つ手に力が入る。

 どうしようどうしよう……すごく心配だよぉっ!?

 ふ、と外を見るために顔を上げると、化粧台の鏡が目に入る。
 これ……もしかして使えないかな?
 覗き見なんてはしたないけど……それでも不安な気持ちのほうが勝る。鏡に手を当てて、乙女の力を使った。

『鏡よ、私が見たいものを見せて――』

 

 ***

 

 ~ アスル・アズール ~

 タマキという少女は乙女特有の黒髪黒目というところを除けば、ごく普通の少女という印象だった。
 いや、普通というより、控え目、人見知り……消極的であまり良いほうではない。
 少なくともその辺の男と幸せになるのなら問題ないが、王族の仲間入りするのだとしたら、これでは問題ありまくりだ。
 予言で告げられた乙女との婚姻。だが、この少女では駄目だ。やはりミオでなくては。
 上に立つものとして育ってきたせいか、人をそんな風に評価する。もちろんそれは自分も例外ではない。常にその立場に立つものとして相応しいかを問いながら行動する。
 だから余計にもどかしく感じる。

 力を持ち、政治に関して王より詳しいのに、全く動かないフィデールが。
 しっかりとした判断力を持つミオが、乙女だと認めないことが。
 そして、乙女として大事にされているのに、おどおどしているタマキが。

 外に呼び出したのに気の利いた話をするわけでもなく、庭に咲いている花が綺麗だのと上目遣いにこちらの様子を窺っている。
 これなら付いてくる必要もなかったか。どちらにしろ、ミオが帰るのなら、この娘に用はないと判断した。
 だからもう茶番に付き合う気にはなれなかった。

「それで、延々花の説明をして、お前は何がしたいんだ? 何のためにわざわざミオから離れた?」

 ミオからすれば狼の前に羊をちらつかせるようなものに思えるだろう。どうも出会った日に手を出したのが尾を引いているようだ。
 少し自重すれば良かったか、と柄にもないことを考える。
 が、二人になって態度の違いを見せればまた違った反応が返ってくるだろう、と思った。
 すると。

「……すみません。でも、ミオさんが居ると話しづらいこともあると思って……」

 消えそうな小さな声が返ってくる。ここに来たときと同じくらい顔を赤く染めながら。

「話しづらいこと……か。それはお前にとってか? それとも俺にとってか?」
「たぶん……両方に……」
「ほう。で?」
「アスル・アズールさんは私が偽者で、ミオさんが本物の乙女だって分かってるんですよね?」

 悲しそうな表情で尋ねるタマキは、自分の立場をそれなりに理解しているようだ。
 確かにタマキは一言で言うなら“偽者”だ。そして、それはタマキとミオだけでなく、俺達も分かっている。
 一緒に元の世界に戻るためとはいえ、ミオも残酷なことをさせるものだ。こんな些細なことにも怯えるような少女に乙女を演じさせるなど。
 タマキの手は今祈るように胸の所で握り締められている。
 何を望んでいるのか分からない。けれど、今のままではいけないのだと分かっているのだろう。本物になれなかったとはいえ、乙女になりえたかもしれない者なのだから。
 深いため息をつきつつ、どうしたいのかと尋ねた。

 

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