028 考察(アスル・アズール→タマキ)

 ~ アスル・アズール ~

 どうしたいのかと尋ねても、タマキはなかなか口を開かない。
 言いにくいことだというのは分かる。が、切り出した以上はきちんと話をして欲しいものだが――

「ふう……話したくないのなら無理に聞く気はない。だが、次はないと思って欲しい。まともに会話ができない人間に割く時間はない」
「……っ!」

 タマキの顔が一瞬にして赤く染まり、次に目が潤みだす。
 別に涙を武器に使っているわけではないのだろうが、この打たれ弱さはやはり問題だ。
 そんな冷めた目でしか、タマキのことを見れなかった。

「……すみません。……でも……」
「言い訳はいい。とにかく話したいことがあれば今話せ。先ほど言ったように、思ったことを上手く口に出せないのなら、話す必要性がない」
「ミオさん……の言う、アスル・アズールさんと全然違う……でも、それが本当のアスル・アズールさん……なんですね。本質は、とても冷たい。それを隠すために、軽く見せているんですね」

 ズバリと自分の本質を言われて少し驚いた。
 確かにこれが本当の俺だろう。気に入ったものしか大事にしない。それ以外に目をくれる時間がないというのもあるが……
 それにしても、おどおどしているタマキに苛ついたせいか、地で話をしていたのは認める。
 とはいえ、ここで見抜かれるとは思わなかった。

「成る程、見る目は多少あるんだな」
「余りに……違いすぎますから。ミオさんのことは大事なんですね」
「ああ」

 今回の乙女は自分の妻になるかもしれない女。だけどそれだけでなく、その性格が、思考が新鮮で興味深い。
 ミオの色んな面を見れるのなら、乙女にして女としての一面を見てみたいとも思った。
 だからミオを乙女だと認めさせようとした。
 そして目の前の娘のそばにいる必要はないと判断した。
 そう、思ったのに。

「あなたは……大事なものとそうでないものをきちんと区別する。私は……切り捨てても構わないほうに入ったんです……ね」

 だが、目の前の少女にも興味を持ち始める。
 おどおどしているが、相手の本質をきちんと見抜いている。
 それとも、このおどおどとしているのは演技で、相手の出方を見ているのか――疑問を持つということは、相手への興味になる。

「そうだな、俺はそういうヤツだからな。でも、今はタマキにも興味を持ったな」
「……え?」
「まずは興味を引くかどうか。そして自分の利益に繋がるかどうか。それらの篩に掛けて残ったものが、俺にとって大事なものの中に入る」

 これが俺の本質。
 俺にとって大事なのは、使えるかどうかという選択肢も入っている。ただ単に好意のみで出来ていない。
 きっとミオも見抜いている。だから、俺との間に線を引く。
 自分は“モノ”ではない、と。それはミオの言動を見ていればわかる。
 とはいえ、自分の本質などそう簡単に変えられるものではない。また変える気もない。
 だが。

「そういうおまえは、それを見抜いてどうするんだ?」
「えと……」

 さて、どういう答えが出るか、少し興味を持って待ってみる。
 どうもこの娘は頭の中で一度考え、そのあとも問題ないだろうか確認しながら口にするようだ。
 逆に、待てば面白い答えが返ってくる可能性がある。

「そう、ですね。そう切り返されるとは思わなかったので……。出来ればミオさんのことも、私のことも放っておいて欲しいと言いたかったんですが……その前に話が通じる人かどうか知りたかったのかも知れない、です。その……ミオさんが、話にならないとよく怒っていたので……」

 ほう、試されたのは俺のほうか。
 それにミオの言い分だけでなく、自分の目で判断しようとしている。本当に愚かではないらしい。
 彼女が乙女だとしても、少なくとも六代目の乙女のような愚行を犯す危険性は少なさそうだ。
 現れた二人の異世界の娘。対照的に見えて根本は似ているのかもしれない。
 思ったより、この状況は面白いかもしれないな――と、こんな状況を楽しんでしまうのも俺の性格だろうか。

「それでお前はどう判断した?」
「えと、先ほど言った通りなんですが……それよりも、私の願いのほうは無理ですか?」

 ほう、質問しているのはこちらなのに。ある程度慣れてきたのか、タマキの言い方がはっきりしてきている。
 なかなか興味深い展開になってきて、口元に笑みが浮かぶのが自分でも分かる。

「成る程。そうだな……なら、お前はミオの代わりに乙女として立つのか?」

 代わり、と言ったところで、タマキの体が小さく震えるのが分かった。
 だが、このまま何もしないで放っておけばいずれそうなる。聖地が、各国が乙女を手放すとは思えないからだ。
 特にラ・ルースの現状を知っているやつらにすれば、いくら大国と名を馳せていようが、古くからの大国ラ・ノーチェとは格が違うのだ、と見せつけることができる。
 乙女の存在を嫌がっているのは、ラ・ルースの王族くらいなのだから。
 そうなると、タマキは強制的に残され、ここで乙女を一生演じ続けなければならない。

「今のところ、乙女は今お前ということになっている。ミオは訳のわからん異分子ってところか? 放っておいて欲しいというのなら、ミオはいずれ元の世界に還るだろうが、乙女として見られているお前まで素直に返すとは思えんがな」

「それは……でも、私は偽物です。私を残しても無意味です」

 はっきり言いきったタマキは、最初に見た弱々しい小娘ではなかった。

 

 ***

 

 ~ タマキ ~

 何故……こんなことになってしまったのだろう。
 何度も自問自答してしまう。
 異世界に来る、なんて信じられないことが、平凡な日常で起こるとはこれっぽっちも思わなかった。
 だって、ここに来る前は私は普通の女子高に通う、特に取り柄のない子だったから。
 それよりも女子高で異性と接することが少ないからか、異性との会話はとても苦手。まだお父さんやおじいちゃんくらいの年の人なら、普通に話をすることが出来るけど。

 だから、アスル・アズールさんのこともすごく苦手だった。
 ミオさんの口から出る目の前の人の話を聞くたびに、会いたくないと思っていた。
 だって、傍若無人で相手のことなんか考えない。自分の好きなように動いて、人を驚かすのが好き――だなんで。
 しかも普通の人と違って、この世界の大国の王様だって聞いたから余計に。
 だから確認したかった。ミオさんじゃなければ興味がないって本当なのか。それなら、私は還れる可能性が高くなる。

 ミオさんのことを信じてないわけじゃない。
 でも、やっぱり本物はミオさんで、私は偽物で、それが周りにわかった時の非難の目が怖い。
 ミオさんの言っていたフィデールさんと、アスル・アズールさんが力を合わせてくれれば、きっとすぐに還れるに違いない、って思う。
 だからそのお願いをしたかったのに。

「まともに会話ができない人間に割く時間はない」

 はっきり断言されて、自分はやっぱり必要ないのだと言われた気がした。
 でも同時に気づいた。ミオさんの話すアスル・アズールさんの印象が全く違うってことに。
 だから聞いてみたの。そしたらなんか逆に興味を持たれてしまったみたい。

「ミオはいずれ元の世界に帰るだろうが、乙女として見られているお前まで素直に還すとは思えんがな」

 そんな……と思った。ミオさんは一緒にって言ったくれたけど、周りが放っておかないなんて。
 場合によっては私は閉じ込められて出られないようにしてから、ミオさんを還す可能性だって出てくる。
 私は偽物なのに。
 そう、偽物……なのに。

「それは……でも、私は偽物です。私を残しても無意味です」

 偽物だと認めたら、素直に自分の存在は、この世界にとってに価値はないのだということを、簡単に口にすることが出来た。

 

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