026 図星だと答えに困る

 アスル・アズールと二人で白い廊下を歩く。
 黙っていれば普通なのになぁ、などと思っていると、それを察したかのように尋ねてくる。

「そういえば、彼女はいつからここに居るんだ?」
「は? なに言ってんの。私と同じだって言ってたじゃないか」
「そうか? その割りに連絡が遅かったみたいだからな」
「少しは人の話を聞けよ。タマキちゃんが落ち着くまで、フィーシオさんが待っていたって言っていたじゃないか」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたな。二人か……だから今回はゆがみが大きかったのか」

 歪? と一瞬考えたけど、確か空間の歪具合で乙女が現れるのを読むって、フィデールが言っていたのを思い出す。
 そっか、無理やり召喚だからいきなりだろうし、二人分だから余計に目立ったのか。
 でもタマキちゃんまでラ・ルースに行かなかったのは幸運だったのかも。

「それよりアスル・アズールのほうはこの八日間なにやってたのさ?」
「ん? フィデールと一緒に書庫に行ったり。後はじーさんの会話に付き合ったりだな」
「ふーん」

 じーさんというのは、フィーシオさんのことだろう。
 大神官をそんな風に言えるのはアスル・アズールくらいだろうな。

「ミオのほうこそ色々してるじゃないか。彼女の話し相手になったり、それにここにいる奴らとも話をしてるだろう?」
「あ、知ってたのか」
「知らないわけないだろうが」
「まあ別に知られても構わないことだし。色んな話聞けて楽しいからね」

 異世界に来るなんてレアな体験してるんだから、やっぱり満喫しないとさ。
 ……っていうと、不謹慎になるから口にはしないけど。

「全く……お前は、タマキという娘とあまりに違いすぎるな」
「ははっ、こればっかりはね。性格だからしょうがないんじゃない?」
「そういうものか?」
「タマキちゃんは一人っ子で大事にされていたらしいし、逆に私は四人兄弟の三番目だから生存競争激しかったからかな。自己主張は強くしないと、他の兄弟の中に埋もれちゃうんだ。そのせいかな、人見知りするよりも人と話すほうを優先するんだよね」
「なるほど」

 だからなんだかんだ言っても、アスル・アズールとも会話はしちゃうんだよね。無言でいるより話をしているほうが楽しいし。
 こうして普通の会話なら、別に警戒しないで話はできるんだけどな。
 やっぱりアスル・アズールとは悪友とかのほうが合っている気がする。

「逆に聞くが、ここ八日間彼女とどういう口裏合わせしていたんだ?」
「……」
「気づかないわけないだろうが。一体なにを話していたのか説明してもらおうか?」

 ヤバいっと思った瞬間、腕をぐいっと引っ張られて廊下から少し外れて中庭に引っ張り込まれる。
 ヤバいよ、ヤバい。この辺はタマキちゃんを刺激しないようにって、余り人が近づかないところなのにっ。
 廊下に戻ろうと必死で踏ん張っていると、アスル・アズールが後ろから。

「話を聞いておかなければ、合わせてやることもできないが?」

 今、信じられない言葉が出なかったか?
 思わず振り返って見てしまったよ。

「………………へ?」
「だから、お前らがどういう話をしていたのか説明してくれないと、フォローしてやることが出来ないぞ、と言っているんだ」

 アスル・アズールの言うことが信じられなくて、掠れた声で「ど、して……?」と呟く。

「当事者だからだろうが」
「は?」

 いや、だから……当事者なら、口裏を合わせるって言うのが変じゃない?
 アスル・アズールはラ・ノーチェの王様なんだから、本当なら乙女と結婚するわけで。
 それを邪魔しようとしているんだから、更にその邪魔をするならともかく、こっちに合わせてくれるって事はないと思うんだけど。
 いやいや、もしかして油断させて聞き出して、やはり邪魔をする予定とか……?

「お前、今思いっきり俺のこと疑ってるだろ?」
「うん」

 きっぱり断言すると、アスル・アズールは深い深いため息をつく。

「あのな、俺だっていくら予言があるからってその通りに動こうとは思ってないぞ。一応フィデールが召喚魔法を使ったようだから、確認しには行ったがな」
「そりゃ聞いた」
「だけどな、そこに居たのがタマキだったら、俺はそんな気にならなかったぞ」
「はい?」
「ミオだからいいかなと思ったんだ」
「…………はいぃ?」

 ちょ…待ってくれ、これって“告白”ってヤツなのか!?
 うわー男に告白されたのなんか貴重だーなんてのと、それよりもはっきり言われてどうしようっていう気持ちが行き交う。
 ちょっと待ってよ。とにかく整理整理。
 あ、そうだ。

「だって、アスル・アズールは予言をすごく気にしてたじゃない?」
「そりゃあ、当事者だからな。見たことのない女と結婚しろだなんて言われりゃ、それなりに気になるだろ」
「でも、嫌だったのに気を変えたし……」
「だから、相手がミオだったからな」
「……」

 いやだからそれって……自分で言うのもなんだけど、本っ当にアスル・アズールって変人だよ。
 私だから良かった、なんて普通の感覚なら思わないよ。

「ええと……じゃあ、どうしていきなり手伝ってくれる気になったのさ?」
「ミオじゃなければ、意味がないからだろうが」
「えと……」
「ミオは還ると宣言しただろう?」
「うん」
「そのあとタマキが残っても、俺は予言どおりにする気はない。それに、どうせ二人して還る方法を考えていたんだろ?」

 あーぅ、お見通しですかい。

「ミオが居なくなるなら、タマキも居なくなってくれたほうが、予言と異なって俺としては嬉しいがな。予言がなくなれば、その後は自分の好きなように出来るからな」
「……ほんとに?」
「ああ、嘘は言わない。その後に気に入った女ができるかどうかは不明だが。どちらにしろ、予言だからと素直に従う気はない、とだけは言えるぞ」
「……分かった」

 アスル・アズールが私に対してそれなりに本気だっていうのは意外だったけど、それでも絶対に帰るというのなら手伝ってくれるらしい。
 そして、その時は乙女自体が全ていないほうがヤツにとっては都合いいのか。
 どちらにしろ、それならそれで話が早いかな。

「分かった。正直に話す。でもアスル・アズールが言っていたことで大体合っているよ。ただ、戻る時までタマキちゃんには乙女を演じてもらって、還れる時になったらなんとか連れ出して二人で還ろう、って言ってたんだ」
「なるほど」
「本当に還れるのか不安がってたから、気を紛らわすために色々話したりしてたんだけど」

 ああ、それと……と、元の世界でタマキちゃんが私のことを知っていたこと、そしてここに来る直前にちょっと話をしていたことを付け加えた。

「乙女がどういう理由で現れるのか知らないけどさ、でも、私はやっぱり異分子でしかないと思うんだ」
「異分子?」
「うん。そしてその異分子が変に力を持っているから、崇めてるんじゃないのかな、って」
「確かにそれは言えるな。魔法の発祥は不明だが、もともと乙女と縁が深いラ・ノーチェが大国として名を馳せていたことを考えれば、何か繋がりがあるのかもしれない」

 ああ、そういえばそう言っていたっけ。
 六代目前までは、唯一大国と呼べるのはラ・ノーチェだけだった、と。
 そして六代目のことを思い出して、付け加えるように自分の思いを吐き出す。

「あのさ、私、ここへ来る前にテルヌーラさんに文句言ったじゃない?」
「ああ」
「でもね、私も同じなんだ。政治のことなんて知らない」
「そうか?」
「うん。私がいた世界は、ここより情報は多く入るし、勉強も細かいところまですると思うよ。でも、政治家じゃない。ただの一般市民だから、細かいところまでは分からない。それはタマキちゃんも同じだと思うんだ」

 ラ・ノーチェは、女性には王位継承権はないと言っていたけど。
 それでも乙女の発言は絶対だとすれば、乙女がラ・ノーチェについたらこの世界の均衡は破れてしまう。
 それも私利私欲に使ったらなおさら。
 アスル・アズールはそんな甘やかすようなことはしないだろうけど、それでも怖い、と思う。

「そういうことをちゃんと学んだことのないのに、大国であるラ・ノーチェの王様と結婚……なんてこと自体間違ってるって思うんだよ。だから乙女は居なくなったほうがいいって」

 自分が思っていることを吐き出すと、アスル・アズールは掴んでいた手を離す。
 納得してくれたのか、アスル・アズールから廊下に戻って歩き出す。
 慌ててそれについて行くと、途中で一言だけ小さく呟く声が聞こえた。

「やはり、勿体ないな」

 アスル・アズールの言いたいことはなんとなく分かった。
 でもわざと聞こえない振りをして、そのままタマキちゃんの部屋へと向かった。

 でもね、アスル。アズール。
 今はそう思っても、権力というのを知って変わらないという可能性はないわけじゃないんだよ。
 人の心は……とても移ろいやすいものだから。

 

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