第2話 シンデレラ、気に入られる。

 肉を咥えた、もとい、肉を食べていた美形は、王城という場所に似つかわしくない態度と言葉遣いだった。
 図太くなった神経のわたしでも、こういう時の対処法を知らない。
 “それ”の言葉通り、驚いたといえば驚いたので、ここは素直に謝罪の言葉を受け取るべきなのか。はたまた、ここで肉にかぶりついていたことに対して突っ込むべきか――微妙に悩むところである。
 こめかみに軽く手を当てて悩んでいると、「おーい、聞ーてるかー?」とのんきな口調が耳に届く。どうやら幻聴、幻覚で済ましてはくれないようだ。
 気づくと我慢の限界で、「聞こえてるわよ!」と叫ぶように答えていた。

「――で、ここにいるくらいなら、パーティに呼ばれた人よね? どうしてこんな所にいるの?」

 はーっと深いため息をつきつつ、わたしはそれに向かって問いかける。

「えーっとぉ、ホラ、俺、誰かに似てると思わない?」

 質問してるのはこっちなのに、それは自分の顔を指差しつつ逆に尋ねてくる。
 あれ? でも、この顔はどこかで……

「あ! 王子サマ!」
「あたり~」

 悪びれた気もなく、にこやかな表情で手をぱちぱちと叩くのを見て、わたしは目眩を感じ、そして。

「……あたり~じゃ、ないです! なにやってんですか!? コレ、あなたのために用意されたパーティでしょう!」

 気づくと怒鳴っていた。
 だって仕方ないじゃない。茶番とも言えるパーティに無理やり出席させられたのに、当の本人は人気のないところで肉を咥えていた――なんて。

「いや、俺の為じゃないし」
「は? どう見てもあなたの為でしょうが!」
「だーかーらー、俺、似てるけど王子じゃないし」
「はい?」
「多少、王家の血は入ってるけど、王子じゃないよ」
「えと……なら、どちら様で?」

 思わず目が点になりながら、それだけ質問した。相手は相変わらずマイペースで、ゆっくり立ち上がる。
 うわ、けっこう背が高いわ。顔もいいし、服もいいからサマになる。
 ……って、この服って……昔ちらっと見たことがある。まだ、家にはあの人がいなくて、珍しく父についていったこの城で――

「もしかして……近衛隊?」
「そー」

 あの時はとてもかっこいいと思っていた。服装も動きやすさを考慮しつつ、華やかさを損なわないし、いつものほほんとした父とは比べ物にならないほどキリっとした表情で立っていて。
 でも、中にはこんなのもいるんだ――そう思うと、ガクッとした。こう……想像していたものがガラガラと音を立てて崩れていく感じ。

「で、その近衛隊の人がこんな所で何やってるの?」
「見たとおり、メシ食ってる」
「……そりゃ、見りゃ分かるわよ」

 なんていうか、会話が続かないというか、答えるポイントがずれているというか……一体この人なんなのよ!?
 頭を抱えて悩みたい、というか、いっそもう知らない顔して立ち去りたい気がする。
 そうよ、何も見なかった。わたしは何にも見てないのよ――と言い聞かせ、無表情を装いながら立ち去ろうと決めた瞬間、またもや声をかけられて幻覚として見逃してもらえなかった。

「あ、俺、アール・イーリイって言うんだ。王子とは又従兄弟になるんだ。そんなに近い血縁じゃないけど、なんか見た目そっくりでね~」

 と、つらつら語りだす。やっぱり現実から離れれば夢は夢でしかないのだ。
 でも、さっきまでは飛び切りいい夢だったのに……気づくと迷路のような悪夢になってる。
 どうしてわたしの人生ってこんなんなんだろう? と恨みがましい気持ちになっていると、その王子の又従兄弟のアール・イーリイなる人物は、あろうことかわたしの名を尋ねてくる。

「……ティナ・オリファントよ」
「オリファント……か」
「言いたいことは分かるわ。落ちぶれ貴族、でしょう?」

 ちょっと空を見上げるようにして考え込むアールに、つい、わたしは愚痴をこぼしてしまう。

「いや、そうじゃなくて。って、落ちぶれてるの?」
「う……」
「オリファントって言えば、結構、名門、ってほどじゃないけど、それなりの家だろう?」

 確かに昔はね! といいたくなるのをぐっと押さえる。
 そう、うちはこの国では割と名の知れた家だったけど、今じゃあ……ははは、笑うしかない。
 でも、この話は結構あちこちで聞くと思うんだけど。

「聞いたことがあるなぁ、って思い出していただけなんだけど……」

 思い出そうとしているアールを見て、どこかで聞いたことがある、ってのはその話なんじゃないの!? と心の中でツッコミを入れる。
 が、まったく気にせず、ごく普通の口調で。

「んで、落ちぶれてるの?」

 と、念押しするように尋ねられて、わたしはつい……

「……聞くなっ!」

 と即答していた。
 やっぱりこの人相手だと調子が狂う。

 

  ***

 

 ま、なんだかんだいっても、今さら中に戻る気もない。
 気づくとアールが差し出した果物に手を出して、そのまま二人で座り込んで暢気に話していた。

「なんか……ティナも若いのに大変なんだな」

 アールはわたしの今の状況を話すと、しみじみと呟いた。

「でも、アールも似たようなもんじゃないの?」

 聞けば、アールも又従兄弟という微妙な血縁関係の上に、そっくりな顔立ちのせいで周りが放っておかないらしい。
 しかも一番厄介なのが王子様。似てることをいいことに、面倒なことを頼むらしい。特に人前に出るとき、自分の代理などを。
 ……って、それならここにいるのは本当は王子様……なんてことはない……よ、ね?

「アールって……ホントにアールなの?」
「は?」
「いやだから……今も王子様のフリをしてあの中にいて、本当はこうして話しているのが王子様……なんてこと、ないよね?」

 だとしたら、わたしはものすごく厄介なことに出会ったのかもしれない、などと考えてしまう。
 ここにいるのは本当は王子……だとしたら、王子が気に入ったという中に自分も入りそう。だって今あの中にいて王子に気に入られようとしている人たちより近くにいて、いろいろ話をしているんだもの。
 自分だって王子の立場で考えれば、このパーティで印象手に残った人物を問われれば、よく話をした人物の名を上げるわ。
 それに、あんな場面を見てしまうと、口封じも兼ねて、すぐには帰してくれなさそうだし。

「んー……だとしたら、ティナはどうする?」
「……え? どうするって、えーと……」

 聞いているのに、逆に質問されて考え込んでしまう。
 別に玉の輿にならなくてもいいのよ。食べるのに困らないくらいのお金さえあれば。
 まあ、今の状況じゃあ、あの金食い虫をなんとかしなきゃそれも危ういけど。
 だからといって、一発逆転を狙いたいわけじゃないし。わたしは日常生活第一だし。

「んー、そうね、残したいと思った中に、絶対にわたしの名前は入れないでほしい、かな」
「どうして?」
「何かと面倒そうだから」

 思わず腕を組んでしかめっ面で呟く。
 それに対して、アールは不思議そうな顔で、「なんで面倒だと思うわけ?」と尋ねる。

「だって厄介事を又従兄弟に押し付けるような人じゃあ、こっちにも火の粉が降りかかってきそうじゃない! 城にいるなら食べるのには困らなさそうだけど、わたしがいなくなったら、それこそあの家は転落の一途を辿りそうだもの。そうね、どうせなら義姉のカティーナを選んでくれたほうが楽ができそうな気がするわ。義母あのひとも喜んでこっちに来そうだし……それこそ、我が家は安泰になりそう。あ、それいいかも。カティーナには是非とも頑張ってもらわないと!」

 頭の中の思考ダダ漏れ状態で早口でしゃべっていると、アールはいきなり笑い出す。

「あははっすごっ……すごい想像力! 面白いっ!」
「笑わないでよ。本当にありえそうなことじゃない。不安な将来を真剣に考えて何が悪いわけ?」
「いや、悪くは……ない、けど……はは、やっぱり面白い」

 あまりに思い切り笑うので、その頬を思い切り引っぱたいてやりたい気になる。
 が、それより先に。

「面白いから、残るほうに入れておくね、ティナ・オリファント?」

 くぅ……、先越された。

 

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