第3話 シンデレラ、ぐるぐる悩む。

 ――面白いから、残るほうに入れておくね、ティナ・オリファント?――

 アールの言った言葉はそのまま、わたしの将来を決めた。
 そして現在、そのまま城に滞在している。

「むかつくー……」

 ちくちくと怒りを針に向けて、その勢いでドレスを仕立て直す。
 ここに滞在するハメになったため、ドレスが足りないのだ。その為、こうして今あるドレスをちまちまとリフォームしては使い回ししている。
 でもリフォームも限度があるし、それ以上に身につけるアクセサリーがない。
 残った人達からも、なんでわたしみたいなのが残るの、と不思議そうに見られる。

「残ったのは、わたしの意志じゃないわぁっ!!」

 叫びながら、怒りを針に押し込めながら、いつもよりの倍の速さで縫い上げていく。

「あー、もうっ本っ当にムカつく!!」

 思わず手を上げて叫ぶと、これから付けようとしていたリボンをポロリと落としてしまう。
 しかも、運悪く窓際で縫い物をしていた為、そのリボンは見事に窓の外に落ち、風に乗っていってしまった。

「あー!」

 たかがリボン、されどリボン、なのだ。貴重なリフォーム材料をみすみす見逃すことができず、わたしは縫いかけのドレスを椅子に置いて、窓から飛び出た。
 ……って、一階でよかった。地面が近くて。風に飛ばされたのはほんの少しで、部屋の近くの芝生の上に転がっていた。それを拾おうとして近づく前に――

「それが、お嬢様がやることかねぇ?」

 ため息交じりの声が聞こえる。

「……アールじゃないの」
「よっ」
「よっ、じゃない! あんたなに言ったのよ? どうして残るほうにわたしの名前があるの!」

 ここに残る羽目になった元凶に近づいて、リボンを取り返そうとしながら睨みつける。
 が、リボンを持っている手を上に上げられて、取り返すことはできなかった。

「いやぁ、だって、何回も向こうのお願いを聞いてやってるんだからさぁ。だから、たまには俺の言うこと聞いてね、って頼んだだけ」
「……それは脅してる、と言うと思う」
「うん。」

 悪びれずに返事するアールに、わたしはため息しか出なかった。
 結局、こいつは厄介事を頼まれもするけど、しっかり見返りももらっているんだ。かなり、ちゃっかり者だ。

「どうでもいいけど、そのリボン返して頂戴」
「やだ」
「あのね……」
「だって、返しちゃったら、すぐ戻るだろ?」
「当たり前でしょうが」

 だって、今リフォームしてのは夜に着るためのものだから、それまでに仕立てなければならない。

「早く返して」
「だからやだ」
「……コノヤロー」
「なにか言った?」
「いや、なにも」

 小声で言った恨み言もしっかり聞こえてる。本当にムカつく。

「んで、そんなにこんなリボンが大事なわけ? 何かの思い出? それなら悪いことしたかな」

 おや、少しは気が利くようだ。
 とはいえ、別に思い出も思い入れもない。ドレスのリフォームに必要だからなので、つい、本音をポロリ。

「別に、ただ必要なだけ」

 …………はい、墓穴掘ってました。

 

  ***

 

 本当に、本っ当に、こういう時は嘘でもついて適当に逃れるべきだった。
 あの後、なんで必要とするのかとか、あれこれ詮索されて、そのたびに気のない受け答えをする羽目になった。だって答えないと終わらないんだもの。
 そして一時間ほど話に付き合ったあと、やっとリボンを返してくれた。
 わたしは急いで部屋に戻って――さすがに窓から戻るのは憚られたので、一応近くの入り口から入り直した――、ドレスのリフォームに取り掛かろうとした瞬間、コンコン、と扉を叩く音。

「はい?」
「少しいいかな?」

 ……って、またかいっ!?
 声はアールだった。あれだけ話に付き合ったのに、なんでまた……と思いつつも、この辺りは客室で残った人たちもいるため、仕方なく扉を開ける。
 もう、流されやすいヤツって馬鹿にしてくれてもいいわ。それより、会っているのを見られて詮索されるの嫌なのよっ!
 ゆっくりと扉を開けると、そこにはやはりアールの姿。
 とはいえ、先ほどの近衛隊とは違う服を着ていて、あまりの変わり身の早さに驚いていると。

「ミス・オリファントに贈り物を」

 と、軽い口調でなく、紳士然とした雰囲気を漂わせながら言う。
 あれ……アール……じゃ、ない?
 少し首をかしげて疑問に思っている間に、目の前の人は後ろにいた人に指示を出し、数人の人が大きな箱をいくつか抱えながら部屋に入ってくる。
 えと……これはいったいなんでしょうか?

「あの……?」
「贈り物。できれば、今日の夜に使ってね」

 と、自然な動作でわたしの手をとり持ち上げると、軽く手の甲に口付ける。
 一瞬、何が起きたのか分からなくて、頭が真っ白になった。それから、さっき何が起きたのかを思い出して理解して、そして、一瞬にして顔が熱くなる。
 思わず一歩後ずさり、触れられた手の甲をもう片方の手で押さえた。そして何も言えなくなっていると。

「かわいいね」

 邪気のない極上の笑みを浮かべながらそう言われると、こういうのに慣れてない人にとっては撃沈モノなんですが……
 でも言葉にはならなくて、彼は「また後でね」と付け足すと、用は済んだとばかりに挨拶をして去っていった。
 置いていかれた箱を見ると、中には新しい洗練されたデザインのドレスと、それに似合うアクセサリー類。そして靴。それらが数点ずつ。数日、ここにいても問題ないくらいの数だった。

「な、なんで……?」

 やっぱり近衛隊だと思っていたアールが王子様? いやいや、ここは裏まで読んで、やっぱり実は近衛隊のアールで、その王子を脅し……もとい、頼んで、これらをわたしにくれたとか?
 そう、そうよね。アールと今の人だと、なんていうかこう……雰囲気というか、気品というか、全然違うし!
 ……って、どちらにしろ、重要人物にちょっかいかけられているのは変わらないんじゃあ?
 厄介事は嫌なのにぃっ!!

 ぐるぐる考えた末、夜それを確かめようと試みた。
 けど、すでに王子様から贈り物を頂いているということが周りにバレバレだったので、周りのガードの固いこと固いこと。
 それでもなんとか多少会話ができたものの、周りの目が怖くて、贈り物のお礼など当たり障りのない話しかできなかった。
 ただ、もらったドレスを着ているのを見て、王子様はすごく喜んでいた。だから、余計に分からなくなる。
 アールから頼まれただけなら、こんなに喜んでくれないと思う。なのに、自分が選んで送ったもののように喜んでいて――わたしは部屋に戻ったあと、一人で頭を抱えて悩む羽目になる。
 冒頭では童話のシンデレラを思い出したけど、あの話は、こんな話じゃなかったはずだ。

 

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