「ねね、どう? 結構なモノでしょ?」

 わたしは乗り出すようにして目の前のおじさんに自慢げに言った。

「そうだねえ、これじゃあ、うーん……五千でどうかな?」
「えぇ? 安いわ。最低でも八千も元手が取れるものだと思うけど?」

 誤魔化されないから、と気に入らない表情を作ると、おじさん店主は苦笑した。

「はあ……、やっぱりティナちゃんの目は誤魔化せないか」
「無駄無駄。最低でも一万二千で売れるってことくらい分かってるわ。だから八千で買い取っても元ではしっかり取れるでしょ?」
「分かったよ。しっかりしてるなあ」
「じゃあ、八千ね。千は現金で、あと残りはいつものところに、ね」

 さっさと商談成立させて、わたしは現金を手に店をあとにした。

 

  ***

 

 わたしの母は、わたしが小さい頃亡くなった。幸いうちは裕福で、母がいない寂しさを感じても、食べ物に困ることはなかった。
 父は何かと忙しく、ほとんど家にいない。だから、わたしは乳母が本当の母親のようだった。その乳母も亡くなり、しばらくしてから父は再婚した。
 再婚相手の女性ははっきりいって派手だった。わたしより年上の娘を持ちながら、自分を磨くことに余念がない。娘――義姉になった人も同じような人だった。
 何度も言う。うちは裕福だった。
 でも、いくらうちが裕福でも、資産というのには限りがある。金食い虫にあっという間に食われてしまい、雇っていた使用人には暇を出すしかなかった。

「ちょっとお前、ルビーのブローチをどこへやったの?」
「さあ? 勝手に足が生えて出てったんじゃないですか?」
「ふざけないで! それでなくても何かと物がなくなるのよ。お前が盗んでいるのではないの?」

 ああもう、おばさんの金切り声って結構うるさい。
 ふう、とため息をつきつつ。

「お義母さまが持ってきた鍵付きの金庫に入っている限り、わたしには手出しできませんけど?」

 そう、この人はこともあろうに厳つい金庫を自分で持ってきて、それに金目のものを全部入れている。そのため、父は手出しできずに落ち込んでいる。
 とにかく金庫を出したことで、この人は納得しないまでも、わたしが盗ったという仮定を捨てた。
 馬鹿よね、金庫の鍵なんて、専門の者に頼めば新たに作ることくらいできるのに。
 それでなくてもこの人は派手な社交界が好きで、いつも夜遅くまでいない。だから前もって知ってれば、その手の者を呼んで、新たな鍵を作るのは簡単だった。
 で、わたしはその鍵をもとに、家計が苦しくなってきた時に少しずつ返してもらっている。
 そう、あくまで返してもらうだけ。もともと父の財産だったのだから。

「それでは、わたしは食事のしたくがあるので」

 まったく、メシくらい自分で作れっての、と思いながらも、一度この人が作った料理を口にして地獄を垣間見たので、自分で作るほうがよっぽどマシだった。
 今じゃあ、町のお店のおじさん、おばさんとは仲が良く、色々まけてもらったり、簡単に作れる料理のレシピなんかを伝授してもらっている。落ちぶれた貴族に対する同情ってのもあるけど、そんなのは気にしない。
 今日は返してもらったルビーのブローチを換金しため、ちょっと贅沢なものが食べられる。でもこの人たちにはいつものご飯でいいわね――などと考えつつ、厨房へと向かった。
 すっかり板についてしまった主婦感覚。でも現実のことを考えれば、この方がいい。もう少ししたらこの家さえも手放さなければならないだろうから。その時なってから、いきなりどん底生活よりマシってものだもの。

 とはいえ、人生設計というのはいくら考えて立ててもうまくいかないことが多い。
 今回もそのひとつ。
 この国の王子様が花嫁を見つけるために開くという晩餐会に出なければならない。
 そんなのに出れば、また金が要るってのに。嫁くらい自力で探せ、そして口説け! と父が持ってきた招待状(義姉とわたし)を、そんな気持ちで受け取った。まるで童話にある話のようだ。
 と、童話はおいといて、現実問題として義姉は新しいドレスを持っているものの、わたしは一着もない。今着ているのも、仕事がしやすいようにと、庶民が着るのと同じようなもの。

 いくらこれに飾りをつけても無理があるわね――と、ため息をつきつつ、わたしは母が生前着ていたというドレスを家の奥から引っ張り出した。
 流行遅れを嫌がるあの人が、母が着ていた古いものを着るわけもなく。かといって、わたしとしては思い出が多少なりともあるこのドレスを売ることもできず、物置になっている所に衣装箱ごと運んだのだった。
 久しぶりに蓋を開けてみると、ずっとそのままだったので少しかび臭いが辺りに漂う。でもドレスの布は虫に食われておらず、また変色とかもなくて、確かに流行遅れは否めないけど、立派にドレスとして役目を果たしてくれそうだ。
 風を通してにおいをとって、ついでに流行遅れだと思うデザインに手直しをする。
 しっかり身についた主婦としての実力はここでも遺憾なく発揮された。急いで直した割にはシンプルでも上手くできたと思うそれを見て、わたしは妙な満足感に満たされていた。

 そしてパーティの当日、義姉に比べればシンプルなデザインのそれを着て、仕方なく一緒の馬車に乗った。
 義母はどこにそんなドレスがと訝しい目で見るし、義姉は地味なドレスだと嫌味ったらしい笑みでこちらを見る。でもそんなのを相手にするのも馬鹿らしいので、わたしはそ知らぬ顔をして知らん振りを決め込んだ。
 でも義姉が笑うように、わたしのドレスは地味で、王子の目に留まることもないだろう。
 なら、このために費やした時間のためにも、たまには豪華なご飯でも食べますか。

  ……って、わたし、ただいま十六歳。この年でここまで達観してしまってどうしよう?

 

  ***

 

 パーティ会場は城内のため、煌びやかな、と形容するのに十分な客間だった。でも良く見ると女性のみならず、男性もある程度いる。
 これは王子が嫁を探すためのものではなかったのか? と思ったけど、女性だけ集めて男性は王子だけというのはなんだろう、ということで、信頼の置ける貴族の男性を呼んだらしい。
 でも後で聞いたことだけど、その人たちは妻帯者だったり、明らかに身分が下の人ばかりだと聞いた時は、やっぱりふざけんなと思った。結局、女性の目は嫌でも王子に向くように仕向けてあったのだから。
 案の定、招かれた女性は周りにいる男性には目もくれず、王子様に我も我もとアピールしている。義姉もしかり。

「……ばかばかしい。」

 愚痴をこぼしながら、テーブルの上に載っている料理に手を伸ばす。
 お、すごい。美味しい。さすが王族主催の料理だわ。いくら料理に慣れたとはいえ、庶民の味だから、こういう高級料理は久しぶりだ。
 パクパク食べてお腹を満たした後は、この場にいるのが嫌でバルコニーから庭に出た。

 話を聞く限りでは、このパーティである程度人数を絞って、そこから王子に気に入られた人はしばらく城に滞在することになる。さすがにお嫁めさん選びでは一回限りのパーティで決めることはできないというので、こんな形になったとか。
 あ、そうそう、自分のためにここまでさせるなんて、って怒ってたけど、王子様はかなりシャイなお方のようで、今回のパーティも全部王様が仕組んだことみたい。
 ぜーんぶ王様と王妃様の計らいで、この場をお膳立てしてようだ。そして、シャイな息子のためにと姿を見せない。自分たちが姿を見せたら、恥ずかしくて余計に選べないだろうって。
 確かに話しかけれて困ったような顔で返している王子を見ていると、こんな様子じゃ自分から口説くなんてことはできなさそうだ。ましてや親の前で、なんて。

 と、王子談義はおいといて、そんなわけで、このパーティで王子の目に留まらなければ、この一日ですむ。
 念のためにと直したドレスは数着あるけど(その中でも一番よさそうなのを今日着ている)、しばらくの間滞在するとなると難しい。着飾るための宝石類もないし。
 とっとと帰って、日常に戻りたい――そう思うほど、今の主婦状態はわたしの日常になっていた。

 でも今日だけは……今日だけはちょびっとだけいい気分に浸ってもいいかな?
 美味しい料理も食べれたし、何より庭園は手入れが行き届いてて、夜でもきれい。バルコニーから出られたってことは、この辺は散策しても大丈夫ってことだろうし。
 王子のことしか興味のない人たちは、王子の周りから離れないので、外に出る酔狂なのはわたし一人のようだった。
 花の甘い香りに包まれて、気持ちよく歩いていると、途中でガサリと音がして緊張する。
 人がいるのは別におかしくないけれど、まるで隠れるようにしているのは明らかにおかしい、と思って声をかけた。

「誰?」

 目を凝らして睨むと、それは振り向いて――

「んぐ?」

 肉を咥えた……一応美形に入る男。
 とはいえ、明らかに変だ。ええと、こういう時ってなにを言えばいいのよ?
 何してるの?
 いや、肉を食べてるのよね。それは分かってる。
 うーん……も、いっそ見なかったことにしてさりげなく立ち去ろうか――などと思っていると、それは肉を食べ終わった後、

「すまん、驚かしちまったか?」

 と、平然とした顔でのたまった。

 

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