第8話 解決一歩手前?

 なにがなにやら……この展開にまったく理解できずに黙っていると、扉が開いた。
 そこにはクリードさんとヒュウ、そしてテルルさんに抱えられた子ども――私だと確認すると、急にテルルさんから飛び降りてこちらに向かってくる。

「フォリーお姉ちゃぁんっ!」
「ルチル!? どっ、どうして!?」

 私が助けにいくはずだったルチルは、今、目の前にいて、そして私にしがみついている。

「あなたが私に頼んだでしょう? 彼女を探して欲しい、と」
「そう、だけど……」
「あなたのことを調べるのと、彼女の居場所を探していたのですが、今日夕方になってテルルにカラベラス様の話をしたと聞き――」

 なるほど。私の態度とかそういったので見抜かれたのか。
 こういう時、私はまだまだヒヨっ子だと実感する。師匠の名を継いでそこそこの実績を上げていると思うけど、経験とか心の未熟さが出てしまうようだ。
 それにしてもルチルが無事でよかった。改めて思うと、しがみついてくるルチルを抱きしめた。

「ルチル……」

 でも良かった。これでローザを安心させることができる。
 ルチルを攫われてから、心配で心配で食べ物は喉を通らないし眠れないし――と迷惑をかけてしまったから。
 ローザというのは師匠の実の娘で、私にするとお姉さんのような存在の人。そしてルチルはローザの一人娘だった。でも婿をとらず嫁に行ってしまった。そのため、ファミリーネームが代わり、『ティレー』の名と関わりがあるなんて、普通の人には分からないはずだった。
 でも、私がローザの所に行ったりしてたし、昔からの知り合いなら知らないこともない。カラベラスは私以外にも雇ったらしいし、その辺りから情報を仕入れたのかもしれない。
 まあ、ルチルがこうして戻った以上、今はおいておく。もちろん今後こんなことがないよう、対策をとらなければならないけど。

「お姉ちゃん、どうしてそんなかっこうしてるの?」
「……へ?」

 今までしがみついていたルチルは、やっと余裕が出てきたのか、私を見上げてそう尋ねた。
 ……って、今の格好って……ユージアルに半分脱がされた状態のままだった。

「うわあぁっ! みっ、見ちゃ駄目!」

 恨みがましくユージアルを睨みつけながら、慌てて胸元に服を引っ張ってボタンを素早く留める。
 おのれ、ユージアルめ――と思っているのに、当人はどこ吹く風なのが怒りに拍車をかける。

「ゆーじあるぅ、しぃっかり、説明してもらいましょうかぁぁぁああぁぁ?」
「それは、する。だが、とりあえずその子も疲れているだろうし、寝かしつけてからのほうがよくないか?」
「あ、そういえば……」

 ルチルがどんな待遇でいたかは分からないけど、とりあえず外傷はないようで少し安心した。
 でもしがみついている様子から、かなり心細かったんだろうことは推測できる。

「えと……ルチル、お姉ちゃんは少しこの人たちとお話があるから、あのお姉さんにお部屋に連れてってもらってゆっくり寝ようね?」

 私はテルルさんを指差しながらゆっくり話す。指差してごめんなさい、テルルさん。
 ルチルの表情がいきなり崩れて騒ぎ出す。

「いやっ! お姉ちゃんといっしょにいるのー!」
「ルチル……」
「もうひとりはいやっ!」

 一人は嫌、か。体を拘束されていなかったとはいえ、逃げ出されても困るから部屋に軟禁状態だったのかな。しかも五歳の子をたった一人にして。

「ごめんね。ずっと、一人にして……」

 しゃくりあげながら泣いているので、返事をする代わりに服を掴む手に力が入った。
 これじゃあ一人にしておけないかな。ルチルの精神面も心配だけど、私自身がルチルのことが気になって話をしっかりと聞けなさそう。

「えと、悪いけどこのまま説明してもらえる?」

 私はルチルを抱えなおして楽な体勢に変える。
 少し重いけど、話ができないわけじゃないし、聞いてもルチルでは理解できないだろうから、この子の口から今回の騒動が漏れることはないでしょ。

「分かった。だが、その状態では疲れるだろう。長椅子に座るといい。少し長くなるからな」
「うん」

 確かにルチルを抱えたままなら座って話をするほうが楽なので、素直に頷いた。
 話が長くなる、ということで、テルルさんは部屋に明かりをともし、それから飲み物を用意するといって退室した。
 椅子に座ってまもなく、疲れと安心したせいかルチルは眠りについた。
 そして、私の隣にユージアル、向かいにヒュウとクリードさんが座って話しだす。

「異変に気づいたのは少し前でした。ユージアル様に王位を譲るという話が出てから、ユージアル様は命を狙われるようになったのです」

 詳細はクリードさんが説明してくれた。

 最初は誰が指示しているものか全く分からなかったという。なにせ弟であるヒュウはユージアルを慕っているので候補に入れられない。
 もちろんその影で――という考えもないわけではなかったけど、小さい頃からユージアルを慕っていたし、ヒュウ自身が国政をとれるだけの勉強をする気がないことから、可能性は限りなく低かったらしい。
 そうなるとユージアルを排して得をするのは誰か――ということになる。
 貴族の中にヒュウを利用しようとするものがいる可能性を考え調査したが、いくらヒュウが王になる気はないといっても彼は馬鹿ではない。彼らもヒュウを傀儡にするには骨が折れるという感じらしい。
 確かにマイペースで自分の言い分を通そうとするヒュウを担いでも、苦労すのは目に見えてそうだと思ったのは内緒だ。

 そして最後に思い立ったのが王弟であるカラベラスだった。
 本来なら王位継承権はユージアル、ヒュウの後になるが、忘れ去られていた王弟を上手く口車に乗せれば、恩を感じ言うことを聞くかもしれないと踏んだ輩がいたようだ。
 そんな感じである貴族と繋がりを持ち、そこから外の情報――王子を排するための暗殺者など――を仕入れ、手配し、密かにことを進めていたという。
 その中の一人に私も入るのかしらね?

 ユージアルといえば、王位を継ぐとはっきり宣言してしまえば、カラベラスの行動に拍車を掛け兼ねないと判断したため、時間稼ぎにあの条件を出したらしい。
 千人目になった女が有力貴族の姫なら後ろ盾にもなるし、庶民なら利用されないように気をつければいい。
 また、もし問題があった場合は、クリードさんなどが諌言したということで、渋々その人を候補から外し、また時間を稼ぐ――という手筈だったとか。

「――と、まあそんなわけです」

 これって……聞いていてムカムカしてくるのは気のせいかな?
 私みたいなのに王族のドロドロした人間関係なんて分からないけど、ユージアルなんて言ったことを変える気はないとか言っていたくせに、しっかり次の手にそれも入っていたのだから。
 上手い具合にルチルを見つけられたから良かったものの、そうでなければ、いくら王子だからといっても許せない。
 マジで師匠との約束を破りかねないほどに。

「なるほどね。事情は飲み込めたけど……さて、それじゃあ、私があれこれ悩んで徒労に終わったのをどうしてくれるのかしら?」
「もちろん責任もって妻に迎える――というつもりだが?」
「ほほう、私のようなものでいいって言うわけ?」

 悪びれないユージアルに、口元を引き攣らせる。
 すでに私の素性を知っているだろうに、よく平然と妻にするなどと言えるものだ。

「もちろん。フォリーは暗殺者アサシンではない。人を殺したこともないようだし常識的な考えも持っている」
「そうね、私は暗殺者じゃない。でもね――」

 私はここで一旦言葉を切って、ユージアルをじっと見た。

「私は賞金稼ぎバウンティハンター兼なんでも屋なんだけど? それも調べたんでしょ? 過去を知ったらみんな反対するんじゃないの?」

 今言ったように、私は賞金稼ぎメインで、仕事がない時は他のこともやるようなことをしている。文字が読めるのも、依頼主がきちんとした契約をしているかどうかを確認するために必要だと教わったから。
 これは師匠がしていた仕事。そして私が跡を継いだ。
『賞金稼ぎのティレー』っていえば、その筋ではけっこう名が知られているんだけどね。
 それに何でも屋もやっているけど、殺しだけはしないというのも、これまた知られていることだし。
 なんで、そんなのに殺人依頼なんてしてくるんじゃねー! とちょっと依頼主(一方的)をボコってからルチルを取り戻す予定だった。
 それなのにどこでどう道を踏み外したらこんなことになるのか――ルチルを抱えた手に力がこもる。

「知っている。だが、こんな状況だ。私としては自分の身くらい自分で守れるような強い女性のほうが好ましいんだがな」
「でも今回の件はもうあらかた片付いたんでしょう? だったらそれほどヤバイことってこれから先はないんじゃないの? そうでなきゃここまで細かく説明してくれないと思うんだけど」

 しれっと言うユージアルに対し、不機嫌になっていくのは仕方ないともう。
 睨みつけているけど、ユージアルは全く気にしてない。こういう時だけ『冷たい王子様』をしてるんじゃないっ。

「全て終わってないから、これからも上手く動いてくれるよう説明したのだとしたら?」
「う……」

 まあ、そういう可能性もあるんだけど、私としてはルチルも戻ったし、ローザを安心させるためにも早く戻りたい。
 それにそれが分かっているから、ある程度の説明をしてくれたんだろうと思ったのに。
 それなのに、これ以上あるなんて冗談じゃないっての!

「あんたが何しようと勝手だけど、これ以上、私を引っ張りまわすなっ!」

 ったく、どこが無表情で冷たい王子様だって?
 マイペースで人を振り回して、噂とは大違いじゃない!

「そうは言われても、フォリーのおかげで想像以上の成果が得られたわけだし」
「んなこと知るかっ!」
「それにフォリーは私利私欲に走らないし、うるさい後ろ盾はいないし。それに私が何をしようと勝手というのなら、千人目というのを撤回する気はないぞ?」

 や、ヤバイ。圧され気味だ。でもユージアルの気持ちを変えるほどの切り札が見あたらない。
 うーん、うーん……そうだ!

「そんなの分からないじゃない! もしかしたら、これから本性出すかも知れないんだから! そしたら今度は私相手に奮闘するハメになるんだからね!」
「それは嘘だな」

 すかさず否定するユージアルに、ムキになって反論する。

「どうして断言するわけ!?」
「多少頭が回る者なら、まず立場を確保してから本性を出す。まだ決まってもいない状況で本性を出すほど、フォリーは愚かではないだろう?」

 でなければそんな仕事は出来ないしな、とユージアルは付け足す。
 うう、ユージアルの言うことは至極もっともで、それ以上言い返すことができない。
 私に対する評価が、庶民のためそういったことに疎く愚かとか、欲が深いとか、そういったものなら有効なんだけど、下手にいいように評価されちゃってるし。
 それに頭がいいとか以前に、そういったことに興味がない。師匠の跡を継いで、その名に恥じないように頑張るのを目的としていたので、恋愛に関しては二の次、三の次だった。
 だから私を選んだらこうしてやる、ああしてやる、と言えるようなことが瞬時に思いつかない。

「逆に、これ以上ないほど理想的な相手を手放すほど、私は無欲ではない」
「うー……」

 なんでこうなるのよぉ? ユージアルの考えを撤回させるようないい案が全然出てこないっ!
 それにヒュウもクリードさんも何も言わずに黙っている。少しは加勢してよ、と思っていると、背中に手が回って引っ張られる。
 そしてあごに手をかけられて、くいっと上に向けられて――ヒュウとクリードさんの前で、しかもルチルを抱いていた状態で――唐突に、キス、されてしまった。
 もうやだ。コイツ、一体なに考えてるのよ!?

 

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