第9話 プロポーズ?

 この状況でこんなことをされるとは思わなかった。さすがに想定外のことばかり続くし、今もそれを上回る感じだったのですぐに反応できない。
 だけど他に人がいることを思い出し、大きく見開いていた目を少し横にずらしてみる。
 するとそこには呆れた顔のクリードさんと、顔を赤くして見ないようにしているヒュウの姿が映った。その二人の様子に、自分がどんな風に映っているのか想像した途端、思考が停止した。
 もちろんユージアルがそれを見逃すわけもなく、抵抗しないのをいいことに、より深いものになった。
 落ちるのは……早かった、と思う。力が抜けて自然に目を閉じていた。そのため開放された時は酸欠でぼうっとして、前に倒れこむようにユージアルの胸に頭が当たった。

「そうか、受けてくれるか。良かった良かった」

 この時ぼうっとしながらも、これじゃあルチルが苦しがる――などと思っていると、ユージアルの声が上から聞こえて血の気が引いた。

「…………はいいぃっ!?」

 受けるって何? 慌てて上を見るとニヤリと口端をあげて笑っているユージアルが見える。
 な、なんか嫌な予感がビシバシとするんだけど!?
 頬に冷や汗が伝うのを感じていると、気の毒に思ったのかクリードさんが口を出す。

「先程……王子が離れた後すぐに聞いたことを覚えてますか?」
「え、なに? ってか、何言ってたの?」
「……兄様、それではまるで詐欺じゃないですか」

 なに、なんなの? ユージアルが言ったことって。詐欺ってなに?
 ユージアルとクリードさんとヒュウを何度も頭を動かして見るけど、ユージアルはしれっとしてるし、クリードさんは呆れ顔、ヒュウは……呆れも入っているけどそれだけじゃない微妙な表情。
 あの短い間にいったい何があったんだろうか――聞きたいけど、しっかり聞くよりそらとぼけたほうが無難な気がするのは気のせいかな?
 そうだよ、何を言ったのかなんて聞いちゃあいないし、知らぬ存ぜぬで通したほうが絶対いいような気がする。
 うん、そう決めた。そして、即実行。

「あの、私……」
「私は先ほど『結婚してほしい』と言った。そしてフォリーは頷いた」

 ナヌ!? 聞いてないとお断りする前に、ユージアルに先手を打たれる。
 しかも内容が……ちょっと待て。そんなの聞いちゃあいないし、頷いた覚えもないっての!

「そんなの知らないし、いつ私が頷いたって言うわけ!?」
「私が聞くと同時に、頷くかのように私の腕に収まっただろう?」
「あれは……っ! 頷いたんじゃないっ! ただ単に酸欠でふらついて前に倒れただけ!」
「確かに頷いた。尋ねた後、速攻だった」

 笑みを浮かべて断言するユージアルは、確実に狙ってやったに違いない。
 私は嵌められたのだ、このタヌキに!

 ――師匠! 師匠との約束を破ってもいいですか!?

 一国の王子をっちゃった、なんて言ったらただじゃすまないけど、今は王弟のカラベラスがいる。そいつが元凶なんだし、全ての責任をなすり付けてやろうか。
 そんな物騒な考えが膨らんで、フフフ……と不気味な笑いが口からこぼれた。

「ふ、フォルマリールさん、駄目ですよ!」
「そうだよ、義姉さま! いくら騙されたとはいえ――」

 殺気を感じたのか慌てて止めに入る二人。その声に半分理性が戻る。
 くぅ、なまじ理性があると師匠との約束が邪魔をする。さっきなら師匠との約束なんて吹き飛ばすくらい怒っていたのに。
 それでも怒りが完全に収まったわけでなく、拳を握り締める。

「大丈夫だ。フォリーにはちゃんと理性がある。師であるトール・ティレーとの約束は破れないだろう?」

 落ち着いた声のユージアルから、師匠の名前が出たことにびっくりする。

「しっ、師匠を知っているの?」
「一度だけ仕事を依頼したことがある。もっとも、そのとき私は王子という身分を隠していたし、フォリーのことは見てはいないが」

 は、初耳だ。師匠の顔の広さは知っているけど、まさかユージアルとも知り合いなんて思わなかった。

「彼は仕事に対して手を抜くことはないし、きちんとした依頼ならしっかりこなす――自分に対しても人に対しても厳格な人だった。そんな人に育てられたのだから、フォリーが師との約束を簡単に破るとは思えない」

 うぐぐぐ……、ここまで言われてしまうと手が出せない。
 でも命を狙っている人相手にけっこう余裕あると思っていたら、師匠と面識ありだったのか。
 でもこう……そうなると私の怒りはどこへ持っていけばいいわけ?
 ここに来てからずーっと騙されっぱなしで、いい加減ブチっと切れたい心境なんだけど――と、そこまでいってふと思いつき、ボソリと呟く。

「半殺し。」

 私の一言で、クリードさんとヒュウがぎょっとした表情になる。
 さすがにユージアルも驚いたのか、ほんの少し私から離れた。

「考えてみれば……殺しちゃうと師匠との約束を破ることになるけど、半殺し程度なら約束も破ったことにはならないよねぇ? 何よりこの行き場のない怒りを治めることができるし……ねぇ、ゆーじある?」

 フフフ……と上目遣いにユージアルを見上げる。ついでに持っていた短剣を持ち直し鞘から抜こうとする。

「ふ……フォリー?」
「覚悟、してもらいましょうか? ユージアル」
「半殺しも駄目です! フォルマリールさん!」
「義姉さま! それも駄目だよ!」
「誰が義姉だ、誰が! ええい、覚悟しろー!」

 幸いルチルはぐっすり眠っていて、多少騒いでも大丈夫だった。
 おかげで手は出せなかったものの、多少脅してユージアルを驚かせることができて少しだけすっとした。

「まったく……本当にあなたは予想外な人物ですよ」

 私から短剣を取り上げたクリードさんがふう、とため息をつきながらこぼす。

「だから最初っからあの格好で出て、ユージアルが断るよう仕向けたんじゃないですか!」
「そ、そういえばそうでしたね……」

 最初の時、こんなのは嫌だって言ってくれればこんなことにはならなかった。
 それを思い出したのか、クリードさんも眉間にしわを寄せながら頷く。
 が。

「そうは言うが私は意見を変えるつもりはない」
「まだ言うか。だいたい私にはこんな窮屈な場所は似あわないの! というか、収まりたくないの!」

 やっと師匠の名を継いで、相応しくなるよう頑張っていたのに、こんなのこっちこそ予想外もいいところだよ。まだあちこち行ってみたいところや、やりたいことだって沢山あるのに。
 ユージアルは冷たい人でも悪い人でもなかった。でも、好きかと言われると微妙。だってそんなことを考える余裕なんてなかったもの。嫌いじゃない。でもはっきり好きと言えるまでいっていない。
 だから素直に頷けるわけがない――と、思っていたのに。

「確かにフォリーの性格を考えれば、城の中で静かにしていろというほうが無理だろう」
「そうそう! だから――」
「だが、私は出てはいけない、などと一言も言ってないが?」
「はい!?」

 えと、普通一国の王妃ともなれば、城からおいそれと出れないのでは?
 というか、とても問題だと思うのだけれど?

「まずその娘を自分で送り届けなければ納得しないだろう? 私がいくらちゃんとした護衛をつけるといっても百パーセント信じないだろう」
「そりゃ、まあ……」
「それ以外にもあちこち行きたいというのだろう?」
「もちろん」
「それらをやめろと言うつもりはない」

 ちょ……だから、それはいくらなんでも問題ありなのでは……?
 クリードさんの驚いている表情から、ユージアルがここまで譲歩するとは思わなかったようだ。

「王子、それはいくらなんでも……!」
「大丈夫だ。フォリーは自分でなんとかするだけの力を持っている」
「しかし……」
「あまり頻繁にされても困るが、それを差し引いても他の貴族の娘よりも理想的なのも確かだ」

 どこをどう見て理想的なのか、聞いてみたいところだけど、それよりも引っかかるところがあった。

「あのさ、普通、庶民の結婚っていえばお互い好き合ってするもんなんだけど。私だって出来ればそうしたいし。だから、ユージアルのように王妃にするなら理想的だからっていう基準で選ばれたら、迷惑極まりないんだけど」

 引っかかったのはココ。
 なんだかんだいっても、ユージアルは王になる立場として見ていて、私個人に対して好意的なのかどうかはまた別なのだ。
 ユージアルが私に対してそういった気持ちがあるのか分からないし、自分の気持ちも分からない。
 嫌いじゃない。でも、好きともいえない、実にあいまいな感情しかない。
 だから今の感情のまま、ここから出て、早く思い出にしてしまいたいんだ。自分の感情にはっきりしない今のうちに。

「理想的だからという理由だけではここまで拘らない。フォリーが言ったように、本音で話せる相手だから、というのもある」
「でもそれだけじゃ結婚する理由にならないよ」
「そうだな。とはいえ、私がフォリーに好意的だとどれだけ説明しても、フォリーは納得しないだろう?」

 納得しないんじゃなくて、納得したくないの。
 納得したら最後でしょうが――と心の中で叫んでいると、ユージアルはとんでもないことを口にした。

「だから、その娘を送り届けるのに私もついていって、フォリーとの仲を深めたいと思う」
「はいいいっ!?」
「王子!?」
「兄様!?」
「んー……、なぁに?」

 三人が叫んだのはほとんど同時だった。
 その声に、今まで眠っていたルチルが目を擦りながら目覚める。

「ええいっ、このタヌキが!」

 やけくそで叫んだのは仕方ないだろう。

 

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