第6話 裏事情

 剣を握り締めて立ち竦んでいると、どこからかまた名前を呼ばれる。

「誰!?」
「フォルマリール様!」

 ええと、この声は……

「テルル……さん?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫というより……テルルさんこそ、なんでここに?」

 この時間、テルルさんは他の事をしているはずだった。それなのになんでここに居るんだろう?

「いえ、あの、二階で荷物を運んでいたのですが、ある男性と話をしてから動かなくなってしまったのを見て大丈夫なのかと……」
「あ、そう、なんだ。ええと……ちょっと武器庫の道が分からなくて聞いていたの。だけどその説明が分かりづらくて。いったん中に戻って他の人に聞こうか、それともさっきの人の話を頼りに探そうか考え込んでいただけ」

 ちょっと苦しい言い訳だけど、他に思いつくものがなかった。

「そうですか、ならいいのですが……」

 なんとなく歯切れの悪い言い方をするテルルさん。
 ううん、歯切れの悪いというより、先程の男のことをあまり知られたくないというような、そんな印象を受ける。なかなか話してくれなさそうだけど、私もあの男の素性が知りたいんだよね。
 さて、どうやって聞き出そうか。

「でも、私ってちょっと方向音痴な所があるもんで。テルルさんが来てくれてよかった」

 とりあえず話の方向をまずは変えてみよう。なんにも気づかないフリをして、テルルさんに笑顔を向ける。

「いえ、たまたま偶然ですわ」
「うん、でもその偶然で助かったし。あ、そういえばさっきの人ってどこにいる人なの」
「え? それは……」

 やっぱり言いづらいんだ。
 普通の話はそれなりに対応するのに、あの男に関してだけ言い淀む。
 でも、またも、そのことに気づかないフリをしながら、適当な言い訳をでっち上げた。
 説明がわかり難かったから、聞くだけでお礼を言い忘れたと。

「だから、会ったときにお礼を言いたいから、知っていたら教えてほしいんだけど」
「そ、そうですか。彼は……ガリア・キーゼルという名前で、王弟であるカラベラス様にお仕えしているものです」
「王弟のカラベラス様?」

 国王にまだ兄弟がいたの? 聞いたことないんだけど。
 顔に出たのか、テルルさんは仕方なく説明してくれる。

「実は国王とカラベラス様とはかなり年が離れていまして、十五年前の争いとは無縁の方なのです。カラベラス様の実母が側室でも身分が低かったことや、それに十五年前のことからあまり外に出ることがなくなったので、国民にはあまり知られていないのです」
「そうだったんだ……」

 でも、だったらなんで今その側近が王子を殺せ、なんて言ってくるのか。
 ……って、やっぱり考えられることっていったら、十五年前と同じく王位を狙ってとしか言いようがないか。
 見てるとユージアルは王となるよう育てられたけど、第二王子のヒュウはユージアルを支えるということしか考えていない。王の器かどうかはともかく、本人にその気がないと言っていい。
 しっかりしているユージアルに、それを補佐しようとしているヒュウ。そんな二人が揃ったら、しっかりとした国が出来るだろう。
 言い換えれば、悪さをしたい人達にとっては邪魔な存在で――そうなると、まだ若いという王弟を使って――と考える人もいるんだろうな。
 本人も、上手くいかなくても一人でひっそりと生きているより、最後に派手なことをしてやろう、なんてやけっぱちなこと思っていたりして。

「その方っていくつなの? 国王と年が離れているって言うけど」
「はい、確か今年でちょうど三十歳になると思います。その……フォルマリール様には言いづらいのですが……」
「ユージアル……第一王子より、その方のほうが相応しいっていう人が居るってこと?」

 考えられるのはこれくらいしか思い浮かばない。
 でも、その人が王位に相応しいというより、王位を狙っているというほうが正しいかな。そうでなければ、裏でこんなこと画策しないよ、ね?

「はい。というより、後ろ盾がいない状態なので、利用しようとするものがいるのではないかと心配されているのです。第一王子様は相応しい人物だと皆に言われていますが、第二王子様はまったくそんな気がなく、もし第一王子様がお亡くなりにでもなったら……」
「十五年前のように国内が荒れるかもしれない――と?」

 あらら、推測が当たってしまった。
 でもテルルさんの青ざめた顔色から、かなり危険度が高いのが見て取れる。
 となると、王子の出した策――千人目の女とというのに当たった私に対して好意的なのはその辺からかな。後ろ盾がないのは同じだけど、変に機転が利くところを見せちゃったから、利用されそうな危険性は少なさそうだと判断した。
 それに護身術まで出来るのなら、私を人質にして脅される心配も少ないし。
 でもなぁ、私としてはルチルを助けるのが最優先で、そのルチルを助けるためには王子をなんとかしなければならないわけで。
 うーん……全てが上手く収まるようないい方法ってないかなー?

「フォルマリール様?」
「……え? あ、なに?」
「いえ、考え込んでしまったので。フォルマリール様に怖がらせてしまったかと……」
「大丈夫よ。そんなやわな神経してないから」

 そもそも、そんな神経の持ち主なら、こんなことにはならなかったわけだし。

「んで、その方が住んでいるところはどこなの?」
「え? それは……」
「ああ、ごめん。テルルさんが心配してるなら、最初から場所を聞いておけば、間違って近づかないかな、って」

 少し警戒したテルルさんに、私は無難な言い訳をする。
 もっといい言い訳もありそうだけど、今の私の頭の中は、これからどうするかをあれこれ考え中なので、テルルさんのことばかり考えていられない。
 でも、テルルさんは一応納得してくれたみたいで。

「ああそうですね。カラベラス様はこの城の西の塔にいらっしゃいます。最近人の出入りが激しくなったとかで――ですから、つい過敏になってしまったようで申し訳ありません」
「ううん。西の塔ね。行かないように気をつけるわ。教えてくれてありがとう。それより、さっき体を動かしたからのど渇いちゃったんだけど……」

 あまり気にしてないような表情を作りながら、テルルさんに軽く返す。するとほっとした表情に変わった。

「すぐお持ちしますわ。王子様の執務室でよろしいでしょうか?」
「そうね、アイツの前で優雅にお茶でもしてやろうかな。さっき見てたせいで仕事も溜まってるだろうから、ゆっくりしてるヒマなんてないだろうし」
「第一王子様に、そんなことを言えるなんてすごいですね」

 本当に感心したように答えるテルルさん。
 でもねぇ、あのタイプはからかうとけっこう面白いんですよ? とはさすがに言えない。
 気軽に日常の話に戻したせいか、テルルさんから先ほどの緊張感は消えていた。

 でも、これで関係と状況が読めてきた。
 人の出入りがあるというのは、誰かカラベラスという人を推す人がいるということ。
 だけどそのためには第一王子であるユージアルが邪魔。だからユージアルを何とかしようと色々策を巡らしてる。
 となると私だけでなく、他にも居るかもしれないな。私は運よくここに入れたけど、そうでなければ王子であるユージアルに近づくなんて難しい。
 けど……私の他にも誰かいる可能性があるのなら、急がないと不味い。別の人がユージアルを手にかけた場合、失敗した人たちがどう動くか分からないし。
 報酬には依頼を受けたやつが満足するに足るだけの十分なものがあるのだろう。でもそれが手に入らないとなると、逆に国王に密告する者もいるかもしれない。
 ユージアルを手にかけたのは、カラベラスの指示によるものだ――と。逆にそれを心配して、カラベラスが依頼を受けたやつらを全員始末する可能性もあるわけだし。
 うーん……どっちにしても、欲しい情報は手に入ったし、動くのは早いほうがいいかな?

 武器庫で借りた剣を返しながら、こっそりと短剣を拝借。つまづいたフリをしてさっとドレスの裾の中に入れる。こういう時、裾の長いドレスって便利だ。
 いつも使っているような大きな剣は持てないけど、短剣でもないよりマシだ。
 そして何気ない顔で戻り夕食を済ませ、宛がわれた部屋にいったん戻る。
 動くならもう少し後――人が寝静まってから。今はまだ早すぎる。寝台の上で膝を抱えて身じろぎもせずにその時を待った。
 その間に、これからやるべきことを何度も想像した。起こり得る可能性を考えて、あらゆる対処法を考える。絶対に失敗はできないから。
 外を見ればだいぶ灯りが減ってきている。そろそろいいだろうか。
 完全に寝静まった頃のほうが無難だけど、それでは時間が足りないと判断し、私はこっそり拝借した剣を足の大腿部に括りつけると、何気ない顔をして部屋を出た。

 目指す場所はユージアルの部屋。
 彼の部屋はすでに分かっている。歩みは淀むことなく、また他の人にも出会うことなくユージアルの部屋までたどり着く。そして静かに扉を開けると体を滑り込ませた。
 部屋の中は暗く物音がしない。ユージアルはもう寝ているようで少し安心した。音を立てずに奥へ入り、そして書棚の辺りまでたどり着いた時、不意に背後に気配を感じる。

「……っ!?」
「そちらから忍んで来るほどとは思わなかったな」

 気配を感じなかったのに、振り返るとそこには他の刺客ではなくユージアル本人がいた。

「ユー……ジアル?」

 さすがに見つかるとしても、途中で気づかれるとか、そういうのしか想像していなかった。
 なにより、気配を消して人の背後に立てるくらいの実力を持っているなんて、昼間の様子からは想像もできなかった。少なくとも私は普通の人より、気配に敏感なほうなのに。
 ……って、あれは私を油断させるためだった? 試されていたのはこっちだったってこと?
 あの本の受け方から、ユージアルという人物を判断してしまった自分の迂闊さが恨めしい。
 でも、どうしよう。どうすればいい?
 今持っているのは短剣一本のみ。それだけで気配を消せるだけの実力を持つ人物を相手にするのは難しい。迷いから後ずさるのに遅れると、それより早くユージアルのほうが動いた。

「来てくれるのは嬉しいが、そちらは書斎だ。寝台は向こう」

 そう言って私をひょいっと抱き上げる。力も結構あるみたいだ。
 ……って、そうじゃなくて今、寝台とか言わなかった?

「ちょ、ユージアル!」
「静かに。騒いで誰かに来られたら、恥ずかしい思いをするのはフォリーのほうだが?」
「う……」

 確かに普通男の人が女の人の所に忍んでいくのは多いけど、その逆はちょっと……表向きは婚約者という立場にはあるけど、自分のほうから行ったなんてばれたら恥ずかしいっ!
 痛いところを突かれて騒ぐのをやめると、そっと柔らかいものの上に下ろされる。

 ……って、人が来るのも恥ずかしいけど、こっちの状況もやばい!? 貞操の危機ぃ!?

 自分の状況を把握した途端、情けなくも、私は寝台の上で硬直してしまった。

 

目次