第5話 剣試合

 ヒュウェット王子と剣を交えるのに、着替えるかと尋ねられたけど断った。

「しかし、それでは動きにくいだろう?」
「まあね。でもこういうのに慣れておくのもいいかなって」

 なんかここから逃げられそうにないし、それならこの格好でもうまく立ち回れるようになりたい。せっかくだから、少しくらい自分にも得られるものがあってもいいじゃない? って思ってそのままの格好で剣だけを借りることにした。
 武器を置いてある倉庫に行き、いくつか持ってみて丁度いい重さのものを選び、それから中庭に出る。
 そこにはやる気満々といったヒュウェット王子の姿。それとユージアルと王妃様、そしてクリードさんがいた。

「お待たせしました」
「ううん、それよりありがとう」

 人懐こい笑みを浮かべるヒュウェット王子はユージアルと違って感情を素直に表に出す人のようだ。
 そして心配そうな王妃様とユージアル。ぼそりと「傷などつけるな」と言う。

「はっ、もしかして服を破ったら弁償しなきゃ駄目!?」
「そういう意味で言っているんじゃない。女なのだから傷などつけるな、と言っているんだ。どうしてそう曲解するんだ?」
「いやだって、すごく高そうなドレスだから。それに傷に関しては無理だって。すでに私の体にはあちこち傷の痕いっぱいだもの」
「なんだと!?」

 うわ、いきなり怒り出したよ。
 でも仕方ないじゃない。剣を覚えるという時点で多少の傷は覚悟の上だったし、その後だって、あの人についていくためには命賭けるようなことが何度もあったし。
 でもそういう説明をできなくて、肩を竦めるしかない。

「と、とりあえず今回は練習みたいなもんだから。その、酷い怪我をするようなことはないと思うから……」

 大丈夫だと言っているのに不機嫌な表情のままのユージアル。
 それにどちらかというと、ヒュウェット王子のほうが心配なんだけど。

「あ、あのね。私よりヒュウェット王子を説得してよ。さっき言ったように使うのは剣だけじゃないんだよ。真っ正直に勝負してきたら話にならないよ?」
「……」

 まだ怒ってるーっ。かおっ、顔に出てるから!
 ちまたで冷いと評判の王子サマなんだから、顔に出しちゃダメだってばっ!!

 綺麗な顔に凄まれるのって、かなり怖いんだよー。本人には分からないだろうけど。
 仕方なくクリードさんに助けを求めるように視線を向ける。

「クリードさんも何とか言ってくださいよー!」
「そうは言っても、ヒュウェット王子はその気になると、なかなか意見を変えてくれませんので……」

 ちょ……それではユージアルと似たり寄ったりじゃないか!?
 とりあえずそのツッコミはおいとくとして、今やる気になっているヒュウェット王子の気持ちを変えなければ。

「でも危険なんですよ? 貴族がたしなみで習う剣とまったく違うんですから!」
「しかし……」

 なんで私がこんなことまでしなければいけないんだろう。
 ああ、もう、こうなったら本当に実践したほうが手っ取り早そうだ。

「……もうっ! ヒュウェット王子!」
「なに? 義姉ねえさま」
「今からする手合わせはクリードさんとするのとまったく違うものです。危ないですから無理だと思ったら、すぐ降参してくださいね!」

 半分やけ気味で叫ぶように言っても、ヒュウェット王子はそう言われても特に気にした風もない。
 ――って、アナタのオニーサマがとても怒ってるんですが、それについて何か言うことはないのかっ!?

「うん、分かった。……でもね」
「なんですか?」
「ヒュウって言って、って言ったよね?」

 にっこり笑って、まったく別方向から切り替えされる。
 ええと……もしかしてヒュウェット王子ってけっこう腹黒なんだろうか。笑みを絶やさない割りに、マイペースだし自分の言い分を通そうとする。
 はあ、もう言うこと聞くのが一番早い気がしてきた。

「はいはい。分かりましたよ。ヒュウ王子」
「あ、王子も要らないから」
「……分かりました、ヒュウ」

 要望通りに愛称で呼ぶと、ヒュウェット王子は嬉しそうに笑った。
 それにしても……、なんか押しの強い人多くない? というか、なんかいろんな意味で負けてる気がする。
 そう思うとちょっと悔しくて、一つため息をついた後、クリードさんに合図を頼んだ。クリードさんは素直に頷いて、それから手を上げる。
 それに合わせてヒュウは剣を抜き普通に前で構えた。やっぱり真面目なやり方だ。

「始め!」

 クリードさんの声と共にヒュウが向かってくる。でもこっちはまだ剣を抜いてもいない。横目に心配そうなユージアルと王妃様の顔が目に入った。
 さて、どうしたものかね。これくらいならあしらえるけど――と思っていると、真っ直ぐ踏み込んで来て、剣を袈裟がけに振り下ろしてくるヒュウ。それに対して剣を抜いて利き腕で受けると、不快な金属音が響くいた。
 ヒュウの攻撃は両手を使っているし、男性の力だからけっこう強い。このまま受けていたら力負けする。流すのもいいけど、卑怯な手を使う、とはっきり宣言してあるのだから遠慮は要らないだろう。
 反対側の手で持っている鞘をヒュウの横腹に叩き込む。一応、先の方じゃなくて、横の方で、倒れない程度に加減をして。

「……ぅぐっ!」

 痛みを感じたのか、受けていた剣に重さがなくなる。すぐさまヒュウの剣に絡めるようにしながら横に流すと、ヒュウはさらにバランスを崩して体が前のめりになる。
 その様子を見ながらドレスの裾を翻して、目くらましに使うのと同時に、ついでに腹部に思い切り蹴りを入れた。
 普段と違ってヒールがある分、部分的にけっこう痛そうだ。
 ごめんねー。でもこういう手を使うからって宣言してあったし。
 バランスを保てなくなって転んだヒュウの喉元に剣を突きつけた。すると彼は喉をゴクリと上下させた後、素直に「参った」と言う。それを聞いて剣を引いた。
 私は座り込んでいるヒュウに手を出すと、その手を握り締めて嬉しそうな顔をした。

「すごいや、義姉さま」
「先に言ったじゃないですか。剣だけではない、と。真面目にやろうとするからですよ」

 まあ、逆に私はヒュウのやるような真面目なやり方はできないんだけどね。生き抜くのが前提のやり方だから。卑怯上等な剣なのだ。
 引っ張ってヒュウを立たせてから、苦笑して答える。

「聞いてはいたけど……最初からそう来るとは思わなくて」
「すみません。口で言うより実際やってみたほうが早いと思って」
「でも勉強になるよ。確かにクリードから教わるのは礼から始まって礼で終わるようなのだもん。実戦向きじゃないってのがよく分かったよ」

 まあ仕方ないでしょ。十五年前に一時荒れたとはいえ、周辺諸国を含めて戦になるようなことはない平和な時代だし。
 そうなると試合でやるような剣しか必要なくなるわけで。まあ、こんなもんだろうと思っていた。

「それにしても、こんな格好でよく立ち回れるもんだな。ちょっとしか動いていなかったが」

 と横からユージアルが口を出す。
 王妃様もそう思ったのか、頬を少し紅潮させながら頷いてる。

「それは私も思った。ドレスって動きにくいと思ったけど、相手の目をくらますにはけっこう便利かも」

 それにヒラヒラはしてるけど、裾が広がっているので足をかなり広げることも出来る。
 ちょっと足に絡まって邪魔だけど。

「ま、とりあえずヒュウのお願いも果たしたし、私、これ返してくるね」
「ああ」

 何か言いたそうなユージアルに剣を見せながら背を向けた。
 剣を貸してくれた人は返すのはいつでもいいって言ってくれたけど、ちょっとやりすぎた気がしないでもなかったので、ちょっと一人になって反省したいんだよね。
 そう思って足早に中庭を歩いていると、近づいてくる人がいた。普通に通り過ぎようと思っていると、すれ違う瞬間に声をかけられる。

「何をしているんだ? ティレー」

 名前を言われてギクリとなる。
 私はここに来てからずっとファミリーネームを出してはいなかったはずなのに――そう思って振り返ると、見覚えのある男が立っていた。

「あんた……」
「娘のことが心配ではないのかな?」
「……っ」

 怒りに剣を持つ手に力が入る。師匠との約束を破ってこの男を殺してやりたい衝動に駆られる。
 けど、今はできない。この男を殺してしまったら、ルチルの居場所が分からなくなる。

「今は……好機チャンスを狙っているだけよ。王子相手じゃ、細心の注意が必要でしょう? 今はまだ警戒されているかもしれない。一度失敗したら――次はもうない。それくらい分かるでしょ?」
「なるほど。さすがに『ティレー』を名乗るだけのことはある。なら、その好機を見逃さず、確実に王子を仕留めろ」

 男は手短にそれだけ言うと、後は何事もなかったかのように歩いていく。
 悔しいけれど、私はただ、怒りをこらえるしかなかった。

 ――師匠、ごめんなさい。私は師匠との約束を守れないかもしれない。

 

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