第4話 お気に入り度は何パーセント?

「……今まで八つ当たりで物を投げられたことがないわけではないが、遠慮なく本を投げてくる女は初めてだ」

 投げた本は見事に王子――ユージアルの顔に直撃した。角ではなく平面が当たったから痛みは少ないだろうけど、代わりにユージアルの顔全体が赤く染まっている。
 これはこれでけっこう笑える――と言ってはいけないんだろうな。

「当たり前でしょ。あんたが、いきなりヘンなこと言うからでしょうが!」
「いきなりではない。このままいけばいずれそうなる、と説明しただけだ」
「王位に就くためだけに結婚するようなのが、いきなりすっ飛ばしてそんなこと言うなっ!」

 まったく、なに考えてるわけ!? と、憤慨しながら。

「だいたい、王位に就くためだけの結婚なら、適当なのを王妃に据えて、後は側室でも持てばいいじゃない! それこそ、自分の好みに合うようなのを。相手の女性が権力云々いうのは、ユージアルの采配一つである程度なんとかなると思うし!」

 一気にまくし立てると、息切れした気がする。大きく息を吸ってから、はーっと深く吐き出して一息ついた。
 が、敵も去るもの、平然とした顔で、こう言い切った。

「確かに。だが、王位に就くのに妻が必要なのも事実だし、世継ぎも義務だ。それに選ばれたのは欲に流されないようで丁度いいし、見た目も直視できないような酷いものではない。いや、逆にいい方だろう。なら、なんの問題がある?」

「あっさり言うな!」

 まったくもう……こういう所にいるから、義務だのなんだのと割り切るのは分かるけど、それを慣れていない人に対して言わないでほしい。
 しかも勝手に人のこと評価してるし!
 いい方だけど、あまり嬉しくない!

「それにしても顔面にそれだけしっかり当たるなんて、運動神経ないんじゃない? クリードさんは勉強だけでなく剣だの教えたって言っていたけど」

 とりあえず話をそらすために話題を変える。
 見ると、私とは違う意味で赤くなっているユージアルの顔のために、思わず笑いそうになる。

「確かに剣は習った。そこそこ、といった程度だがな。だが、運動神経がないとまで言われるくらい酷くはない」

 笑い出しそうな私の顔が分かるのか、憮然とした顔で面白くなさそうに答える。
 それが余計に笑いを誘うことに気づかないのかな。笑いそうになる口を押さえながら。

「だって……あれだけ見事に顔に当たるのを見ると、ね。普通よけるよ」
「避けたら窓に当たるだろうが。勢いがあれば外まで飛び出てしまうし、その下に人でも居たら迷惑をかけることになる」
「う、そこまでは考えていなかった。でも、なら手で受けるとかすればいいでしょう!?」
「……なるほど。確かにそういう手もあったな」
「気づこうよ……」

 これじゃあ、ユージアルは頭がいいのか悪いのかよく分からない。先のことまで考えはするんだけど、打つ手が今一ってところ……なのかな?
 顔の赤いユージアルをマジマジと見ていると、見るなという不機嫌そうな表情になる。最初は表情も愛想もないような人かと思ったけど、そうではないらしい。
 これは推測だけど、ユージアルは王となるべく、それだけを教えられて純粋培養された人なんだろうな。そしてそんな大層な人物をからかえるような人がいるわけもなく、結果として『感情のない冷たい王子』と評価される羽目になったのか。
 どちらにしろ、からかうとけっこう面白いと気づいたので、世継ぎ云々はおいといて、それなりに退屈はしなさそうだ。
 探し人は私が動くより、クリードさんに動いてもらった方がいいだろうし――なんてことを考えていると、控えめとは言いがたいくらい大きな音で扉を叩く音がする。

「なんだ?」

 急ぎの仕事なのかな、と思ったけど、割と冷静な返事を返すユージアル。
 それで、ああ、いつものことなんだな、というのが分かる。

「兄様、こちらに義姉ねえさまがいるって聞いたんだけど」

 ひょこっと顔を出したのは第二王子のヒュウェット王子。
 ……と、なぜか王妃様までいる。

「あの、何かご用ですか?」
「うん」

 うん、って思いっきり言わないでほしい。
 ……って、もしかして王子はともかく、他の人は、私ではやっぱり却下デスカ!? それはそれで嬉しいんデスけど!
 思わず変な敬語になりつつ、心の中で喜びの叫び声を上げる。

「クリードから聞いたんだけど、義姉さまって護身術を身につけてるって聞いたんだけど本当?」

 あらら、どうやら違ったらしい。
 ちょっとガクッときつつ、心の中でクリードさんにバラすなよ……と毒づくのも忘れない。

「はあ、まあ一応」
「剣は?」
「一応、扱えますけど……」
「剣も使えるのか?」

 ユージアルも気になったのか聞いてくる。
 これは……逃げ切ることは出来そうにないな、と判断して、仕方なく答えられる範囲で答えることにした。
 それにしても、なんかボロボロとボロが出てる気がするんだけど。

「育ててくれた人があちこち移動する人だったので、その……身を守るために必要だったんですよ」

 そう、私を育ててくれた人は仕事の都合上、あちこち移動する人だった。
 それに付いていくためには自分も強くなるしかない。剣を教えて欲しいと言ったら喜んで教えてくれたけど、ある約束をさせられたっけ。

「その人に教えてもらったのを、自分でやり易いように変えているので、ほとんど我流ですけど」

 さすがに男と女では剣を持ったとき、扱い方が違ってくる。
 特に力任せで叩ききるような真似は、女の腕ではそう簡単にできない。その辺りを補うべく、自分のやりやすいように変えていったのが、今の私の剣技なのだ。

「へえ、そうなんだ。で、できれば手合わせしてほしいんだけど」
「すみませんが、それは無理です。基本的に身を守るのが最優先なので、剣だけで戦うというより色々と他の手も使いますから」
「剣だけでなく他の手とは?」
「御前試合のような綺麗な剣ではない、ということです。こっちも命かかってるんで、足で砂を蹴って目を狙ったりとか、特に逃げるのが優先ですし――あ、ええとですね、だからその……」

 と、ここまで言って、話をしている相手が王族だということを思い出した。
 うわー、私ってば、なにを偉そうに語ってるんだー!?
 もう、王族なのに妙に親しげで調子が狂っちゃうよ!

「それ教えてほしい!」
「はい!?」
「僕、そういうのをやってみたかったんだ!」
「え? あの、ちょ……? ユージアルも王妃様も止めてください!」

 目を輝かせて詰め寄るヒュウェット王子に困って、ユージアルと王妃様に助けを求める。

「いいじゃないか。フォリーは『自分自身』を私に見せるために来たのだろう? なら剣を持ったフォリーも見てみたい」
「私もいいと思うわ」
「王妃様、どうして止めてくれないんですかー!?」

 なんでこうなるの!? なんていうか……庶民の、しかも孤児で得体の知れないのなんて、普通さっさと追い出すよ? っていうか追い出してよ!
 涙目で王妃様を見ると、王妃様は少し悲しげな表情で。

「私はね、あなたのように剣を持てたら――って前に思ったことがあるの」
「王妃様?」
「十五年前の私はあの人と、そして息子たちを守ることができなかった。ただ守られるだけだったの。だから少し羨ましいって思ったわ。あなたは大変な生活を送っていたのだから、そんな風に思うのは申し訳ないのだけれど……」
「王妃様……」

 うう、そう言われると返すこと言葉がない。十五年前を実際に経験しているせいか、妙に説得力がある。だって普通なら王妃様ともあろう人が、剣を持ちたかったなんて普通思わないよ。
 なんかこういうのって弱いんだよね。困ったな。

「はー……変な癖をつけないでくださいね。クリードさんから苦情が来そうなんで。それと、私は育ててくれた人と約束をしました」
「約束? 何をだ?」

 真っ先に尋ねてきたのはユージアル。
 なんか純粋に興味をもたれたようで……おかしいな、本当に私の性格を知ったら、即やめると言うと思ってたんだけど。
 もう半ば自棄になりながら、答えても構わない範囲で答えることにした。いつも近くにいる人たちと違うと分かっている。一段も二段も上にいる、身分の高い人たち。
 なのに、妙に気さくで、つい気が緩んでポロっとこぼしてしまう。実に厄介な人達だ。

「大まかに二つ。一つは自分の命を最優先に考えて生き残ること。もう一つは人を殺めないこと――です。ですから、手合わせでも私から何かを得たいと思うのでしたら、私と同じようにそれを守って頂きたいんです」

 指を二本立てて説明する私に、ヒュウェット王子が大きな目で、食い入るようにこちらを見る。

「まあ、もし国同士の戦などになれば二つ目は守れないでしょうが、できれば守ってほしいと思います」
「分かったけど、なんで人を殺めないというのを約束に入れたの? 剣を習うというのに?」

 不思議そうな顔でたずねるヒュウェット王子。
 確かに剣は相手を傷つけ殺すものという認識のほうが強い。
 でも、あの人はあくまで身を守るために使えと言って教えてくれたから、私としては身を守るためのものという考えのほうが強い。
 その辺の説明をどうしようかと迷いながら、いつもあの人が気にしていたことを口にする。

「まあ、ええと、その人は色んなことをやっていた人でして、それで色んな人と関わりもあったんですが、人によっては相手を殺すことで心が壊れるとか、もしくは理性が保てなくなる可能性があるとかで……そういった人たちを見てきたせいですかね、私にそういう思いをさせたくないとよく言っていました。なので自分の命が最優先で、相手を倒すことが目的ではないんです」

 育ててくれた人は、そう言って私にその二つを約束させた。
 正直、まだ本当の意味で言っていることを理解していないんだろうというのは分かっている。
 あの人は人を殺した経験があると言っていたから。だから私にはそんな気持ちを味合わせたくないとも言っていたから。
 でも、その人の言うことだから、ちゃんと守ろうと思っている。

「あの人に育ててもらい、教えてもらったことが私の幸せであり、誇りでもあるんです。だから、間接的でもあの人に関わるのだとしたら、あの人との約束を守ってほしい――そう思うんです」

 剣を習うことは楽しいことばかりじゃない。
 でも、あの人に惹かれ、少しでも側にいたかった。それが私の全てだった。

「義姉さまって難しいことをさらっと言うし、考えてるんだね。本当に、貴族の姫君たちとぜんぜん違うなぁ」
「育ちがぜんぜん違いますから、彼女たちのようにするのは無理ですよ」

 貴族と庶民では生活環境から何からまったく違う。
 それに私の場合、庶民というよりちょっと特殊な環境だったから尚更というか。

「そうだな、だからいい」

 心の中で言い訳してると、ユージアルが同意する。
 ……って、やっぱり気に入られたんだろうか。
 私がどれだけ王族というものに相応しくないことをしても、彼は一向に構わないようだし、逆に面白そうな表情かおをする。
 うーん……なんか、進退きわまってきたような気がするのは気のせい――ではないんだろうな。

 

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