第3話 和やかムード?

 私はいったい何をしているのだろう?

 そう思いながら、窮屈なテーブルマナーで料理を食べる。いやこれは食べるとは言わない。美味しいのかもしれないけど、味が全然分からないほど緊張していて、細かく砕いた食べ物を飲み込んでいるだけだった。
 しかも極力音を立てないよう注意を払いつつ、でも周りの会話も聞いていなければいけない。それを何気なくできる彼らは慣れなのだろうが、私にしてみるとすごいとしか言いようがなかった。
 まあ、食事といっても、本当に王子の家族の中に放り込まれただけなので人数は少ない。体の弱い国王に年齢を感じさせない綺麗な王妃様、問題の王子に、そして第二王子のヒュウェット。まだ十六歳だという。第一王子とかなり年が離れている。
 ――と観察していると、王妃に声をかけられた。

「そういえば、フォルマリールさんのファミリーネームは? お名前しか聞かなかったけれど……」
「そういえばそうだな」

 と、王子が同意。
 いつかは聞かれると思ったけど……と心の中で思いつつ、一つため息ついてから。

「両親は十五年前に亡くなりましたので、私は自分のファミリーネームは覚えていません」

 この国は孤児などはファミリーネームを持たない。特に十五年前のこともあり、私のようなのは結構いる。
 私は育ててくれた人が養子縁組してくれたので、ファミリーネームがないわけではないけど、それを出すとちょっと問題があるので伏せておいた。

「まあ……」
「十五年前というと、まさか……」
「はい」
「それは……申し訳ないことをした」

 深く頭をたれる国王。
 いや、貴方も被害者でしょうに。こういうところに人の良さを感じる。

 特殊な鉱物が出るこの国は小さくても豊かだ。そのため、この国は十五年前の王位継承時に揉め事が起こって、そのせいでちょっとした内乱のようになった。
 目の前にいる国王には兄が二人いて、下の兄が欲を出したらしい。隣国の助けを借りて当時王位継承権一位だった第一王子を排したが、その隣国に乗っ取られようとしたという――要するに王位を望んだのにそれだけの実力がなかったのがいた。
 とはいえ、ただのお家騒動のみで収まらなかった。
 隣国が介入したため、国内は荒れた。当時はまるで戦をした後のような惨状だった――と私を育ててくれた人が説明してくれたのを覚えている。

 王族の責任ってのを考えれば、国王が謝るのも分かるけど、頭を下げている国王も被害者なのだ。体が弱いのも当時毒を盛られたせいだと聞いている。死ぬほどではないらしいが、そのせいで床に臥せることもしばしばだという。
 そのため、国王はまだ四十を過ぎたばかりなのに、息子である第一王子に王位を渡すことにしたらしい。病に伏せがちな王だと、政務が滞ったり、隣国とか貴族とかとの間で問題になる事もある。当然といえば当然な措置といえる。

 けれど、王位継承には昔からのしきたりで伴侶が必要だった。理由は小国のため、いつ戦に巻き込まれるかもしれないという可能性から、王妃となる人は王が不在の時は国王代理を勤める可能性がある。そのために伴侶が必要なのだ。
 けれど、残念ながら、第一王子にはその相手がいなかった。
 王子はどう控えめに見ても美男子だ。顔立ちもそうだけど、母親譲りの濃い金色の髪に青い瞳、まさに物語に出てくるような王子様、というような感じでモテないわけじゃない。
 それなりに女性との付き合いもあり、健全なる成人男性のようだけど、結婚となると色々問題があるようで。貴族の姫君だと実家が権力を持ったり、中途半端な身分だと上の人達が気に入らなかったり――と。
 それなら庶民を選んだら、なおさら文句が来るのでは、と思ったけど、そのために王都に入った千人目――ということにしたらしい。それを聞いた貴族の姫君も何人か出入りしていたらしいけど、運良く千人目にならなかったとか。

 ……って、こっちは運悪く千人目になったのを呪いたいわ。

 とはいえ、暗くなってしまったこの雰囲気をどうにかすることを考えなければ――と自分の気持ちを素直に口にした。

「確かに私は両親を失いましたが、余りに幼いことのため覚えていません。それにその後は少しでも早くと、物資を辺境の村まで送ってくださったと育ててくれた人が言っていました」
「そう、か」
「あれから国内では問題はありませんし――そういえばヒュウェット様はどう思っているのか聞いてもよろしいでしょうか?」

 十五年前は二番目の王子が野心を持たなければ問題なかったこと。
 なら今回は? 第二王子にそういった気持ちがなければ、十五年前のようなことにはならないだろう。

「僕は……兄様とは年が離れてるし、そんなことは全く考えていなかったな。兄様の補佐をすることだけを考えていたし」
「そうですか。なら大丈夫ですね」
「兄様は頑張りすぎるから、僕が少しは手伝わなきゃ……って感じだから」
「弟のお前に心配されるようでは、まだまだかな、私は」

 黙って聞いていた王子が口を挟む。
 この二人、けっこう仲がいいみたい。この関係が続くなら、十五年前のような危険性はなさそうだ。

「仲がよろしいんですね」
「僕は兄様が好きだよ。だから――兄様と結婚するなら義姉になるんだし、堅苦しい言い方しなくてもいいよ」
「ですが……」
「えっと、よく略してヒュウって言われてる。だから義姉ねえさまもそう呼んでね」

 え……? もう義姉!? ちょっと気が早いってば。
 夕食は終始にこやかなまま終り、結局、私は駄目だと言われることなく終わった。
 うーん、計算外だ。

 

 ***

 

 翌日、私は王子の執務室を訪れた。
 軽く扉を叩くと昨日と同じような返答。それに臆することなく、勝手に入っていく。

「何しに来た?」

 案の定、不機嫌というより感情を出さない平坦な声で尋ねてくる。

「何しに来たとは、婚約者(不承不承)に失礼な言い方では?」
「ああ、確かに婚約者(不承不承)ではあるな。――で?」

 互いに婚約者という後ろに『不承不承』とつけながらの会話。
 それにしても、この口調は聞いていると結構面白いかもしれない。今まで身近にいた人たちは感情を素直に出す人達が多かったからかな。僅かながら変わる表情が面白い。それに、その心の内を読むのは仕事する時に役に立ちそう。
 それに、この王子様、どこまでしたら冷静でいられなくなるか――なんとなく好奇心が疼いた。
 けど、それを表に出さずに不機嫌な表情をして、書棚に近づいて並んだ本を見る。文字は読めるけど、こんなに沢山の本ははじめて見た。
 綺麗な装丁の本にちょっとドキドキしながら、適当な厚さの本を一冊手に取る。さすがに執務室にあるくらいの本だから、理解できないけど、それでもこんなに綺麗な装丁の本を見れるのは嬉しい。

「文字が読めるのか?」
「一応ね。仕事上、読めないと困るから」
「仕事?」
「う……、あまり気にしないで」

 綺麗な本に気を取られて、思わず本当のことが口に出る。
 この国、というか、この世界で女性が働くのは珍しい。隣国の一つだけが、今、女性の自立を応援しているが、それもまだ世界全体に浸透している制度ではない。ほとんどの国の女性の仕事は、家が店でその手伝いだったり、後は畑仕事を手伝ったりとかで、とにかく自立している、という意味で働く女性はほとんどいない。
 そんな感じだから、読み書きができる女性は限られている。

「いろいろ複雑な事情がありそうだな」
「さて、ね。どうでしょう?」
「なら質問を変えるが、お前は本当に私と結婚するつもりなのか?」

 おや、意外な切り込み方だ。事情云々はぼかしてみたら、今度はズバリと直球。
 ならこちらも直球でいきますか。できれば王子のほうから嫌だといって欲しいし。

「できればしたくない。やること、やりたいこといっぱいあるしね。でも王子が嫌だって言ってくれなきゃ、私はここから出れないの。残念ながら」
「それならば、勝手にここに来たことや、その言葉遣いはなんだ? ぞんざいな口をきけば、私が怒ってやめると思ってか?」

 先程までは面倒くさげな感じだったのが、今は鋭い視線で私を見ている。
 何が気に障ったのか分からないけど、とりあえず違うと返すと、少し意外そうな顔をする。
 感情がまったくないわけじゃないんだね、この王子様。

「これは地だから。言っておくけど、私も十五年前のようなことにはしたくないの。だから、他の貴族の姫君たちだともめるって言うなら、仕方ないけどやるしかないでしょ」
「……」
「だけど、これからずっと一緒にいるって言うなら、本音くらい言えるような関係じゃないとやっていけないじゃない」

 だからこうしてここに来て、『私』を知ってもらうためにこうしてきたわけで。
 それにここにいるのに、ご飯のときくらいしか顔を合わせないんじゃ、本当は庶民相手だから嫌なんだと思われるだろうし。その辺を聞いてみると、王子は素直に頷いた。

「確かにそうだな」

 うん? 正しいことを言えば反論しないんだ。別にただ単に我が儘を言っているわけじゃなくてちょっとほっとした。
 でもそれを顔に出さず、本を数ページ見た後、それを持って入口のほうにある長椅子に座った。

「ま、こうしてここに居れば、ある程度仲がいいって周りに思わせられるでしょ。さすがにここで何をしてるかなんてまで探る人もいないだろうし。でも、一緒にいる時間が長ければ、仲がいいとまでは思わなくても、一応、私のことを嫁候補として扱ってるって思うんじゃない?」

 長々と説明してやると、王子はなるほどといった顔をしていた。

「確かにそのとおりだな。そういえば、名前は――」
「フォルマリール」
「そうだったな。では親しいものにはなんて呼ばれてる?」
「フォリー、って呼ばれてる」

 育ててくれた人も、それに近い人たちも、みんな、フォルマリールという長い名前より、フォリーと呼んでいた。

「そうか。なら私もお前のことをフォリーと言おう。それから、私の名を口にしていい」
「はい?」
「だから名前で呼べと言っているんだ。知らないわけではないだろう?」
「いやいや知ってるよ。ユージアル・ソーマス・スティルウェライトという長い名前を」
「ユージアルでいい、と言っているんだ。王子だの様もいらん」

 あれ、本性見せて嫌だと言わせようと思ったのに、気づくと反対に新密度が増してる!?
 これは予想外だ。どうしよう。でもとりあえず言うとおりにしておこう。

「じゃあ、ユージアル……でいいわけ? 王子を呼ぶのに」
「だからいいと言っている」
「はいはい、ユージアル」

 顔をしかめるユージアルに、仕方なく名前を呼ぶ。呼ぶとその表情が崩れてちょっとだけやさしい雰囲気になる。
 なんか……まるで子どもを相手にしているような錯覚を覚えるのは気のせいかな?

「それにしても、やることがあるといっていたがそれはいいのか?」
「ん? ああ、それはクリードさんに頼んであるの。要するに交換条件ってヤツ?」
「交換条件?」
「そ。王子……じゃなかった、ユージアルの相手をする代わりに、クリードさんが私の用を代わりにしてくれる、ってことになったの」

 やることは人探し。王城にいるのならそれはできないから。
 ユージアルはなるほど、といった表情をした後、なんとなく嫌そうな顔になる。
 たまにやたら不機嫌な表情になるのはなんでかしらね? どうもユージアルの考えていることはよく分からない。

「ユージアル?」
「お前は……その意味が分かっているのか?」
「分かってるというか、そんなに嫌そうな顔をするくらいなら、ユージアルがやっぱり嫌だって言ってくれれば済むんだけど?」
「私は自分の意見を変える気はない」
「あっそ。」

 ならどうして不機嫌になるわけ? 不機嫌になりたいのはこっちなのに。
 なんとなく理不尽な思いをしながら、気分転換に本に集中しようとする。

「お前は……フォリーは私を『王子』というモノとして見ないのだな」

 ボソリと呟くユージルアル。
 最初その意味が分からず、本から顔を上げて「は?」と間抜けな顔をユージアルに向けた。その顔を見てか、ユージアルは小さく笑った後。

「他の者はたいてい私が王子だからという心構えで接してくる。だけどフォリーはそれをしない。だからかな、フォリーの存在を煩わしく思わないのは。気を遣わなくていいというか――家族といるような気がする……」

 いやいやいや、いっそ不敬罪だと怒ってくれてもいいんだけど。それに家族って……
 でも、そんな風に思われるなんて、王子という立場はユージアルにとって窮屈なものなのかな。家族は仲よさそうだったけど、それ以外では気が抜けないのかな。

「うーん、まあ……半分は地で、半分は怒って放り出してくれてもいいやーって思ってるからね。それにもしも、よ。もしも、このままいくしかないなら、さっき言ったように本音くらい出せなきゃ一緒にいられないでしょ」

 うんうん、けっこう前向きだよね、私。
 ――なんて思っていると、ユージアルは爆弾をひとつ落としてくれる。

「そうは言うが、王子である私との結婚となれば、それなりの義務も生じるのだぞ」
「まあそうだよね。堅苦しい礼儀作法やらなにやらからは開放されないんでしょうね」
「それだけではない。一番望まれるのは世継ぎだ。その意味が分かるのか?」
「世継ぎ……?」

 世継ぎってことは要するに子どもを生むってことで。
 そうなるとユージアルとそういうことをしなくてはならないわけで――

「人が前向きに考えようとしてるのに、爆弾発言するなっ!」

 急に恥ずかしくなって、思わず持っていた本をユージアルの顔目がけて投げつけていた。

 

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