037 朝の一幕

 小鳥のさえずる声と明るくなってきた視界に、ぼんやりと覚醒する。
 もう、朝か……
 なんか、昨日今までの自分を反省し、タマキちゃんにも謝って、アスル・アズールにも邪魔をしないと約束して、代わりに日本に還れる時は私たちの意思を優先すると言ってくれた。
 今まで悩んでいたことが一気に解決したせいか、ぐっすり眠ってしまったようだ。
 ベッドから降りて寝間着のまま汲み置きしてある水で顔を洗い、普通の服に着替える。私は一応男だと主張しているので、Tシャツにズボン、そして体形を隠すための上着を羽織った。

「よし」

 鏡はないけど、ここに来てからいつも着ている服なので特に問題ないだろう。
 今日からタマキちゃんと一緒に朝ご飯だから、早くいかないと。
 時計がないのが不便だ。今が何時かはっきりしない。
 神殿で祈祷やらなにやらの時間になると鐘が鳴るけど、それ以外は時間が曖昧なんだよね。
 この世界での不便さというか曖昧さを考えながら扉を開け、アスル・アズールとフィデールが居る部屋へ向かう。
 扉の前で一応ノックして声をかける。

「おはよ」

 声ですぐわかるのか、扉が開かれフィデールが「おはようございます」と丁寧な返事をした。

「おはよ。アスル・アズールから聞いていると思うけど、今日からタマキちゃんも一緒にご飯を食べようと思って」
「はい、伺いました。珍しく彼がその気になっているのが気になりますが……」
「あ、やっぱり?」
「ええ」

 昨日、タマキちゃんに興味持ったって言っていたもんなぁ。
 私自身、タマキちゃんは気が弱いイメージがあったけど、アスル・アズールと向かい合ってきちんと自分の考えを口に出せるくらい芯がしっかりしていた。

「ミオも来たし、タマキの所に行くか」

 後ろからアスル・アズールが出てきてこちらが了承する前にスタスタと歩きだす。
 やはり我が道を行くヤツだ。

「……って、タマキちゃんと一緒にご飯食べるのは許可もらえたの?」
「ああ、大神官から許可はもらった。タマキの隣の部屋に用意するようにしたらしい」
「仕事早いな!」

 まあ、今から許可もらうよりいいかと、アスル・アズールの後を付いていく。
 フィデールも付いてくるけど、「私も一緒でいいんでしょうか?」とちょっと心配そう。
 確かにフィデールは乙女と予言に関りはないけど、フィデールを抜きにして三人で食べるのもなんか違うと思う。
 私は「いいじゃん、一緒に食べよ」と、フィデールを促してタマキちゃんの隣の部屋に向かった。

 部屋に入ると食事はすでに用意されていて、食欲を刺激するいい匂いが充満していた。
 私たちが入った後に、タマキちゃんが後から入ってくる。

「おはようございます。すみません、遅くなりました」
「おはよ。そんなに待ってないから気にしないで」
「おはよう、ミオの言う通り気にする必要はない」
「おはようございます。初日にお会いしましたが、もう一度――ラ・ルースのフィデールと申します」

 フィデールは初日に顔を合わせたくらいだったので、改めて挨拶をしている。
 タマキちゃんも慌てて「タマキです。よろしくお願いします」と答えている。
 なんか、初々しくて見ているこっちが恥ずかしくなるようなやり取りだ。
 ついでに言うと、私を召喚した時と様子が全然違うのは気のせいかね? あの時は取り乱していたのもあったけど、『このにーちゃん、大丈夫か?』という感じだったのに、今は落ち着いた好青年のように見える。

「フィデールはアスル・アズールと違って真面目で親切だから、危険じゃないよ」
「……おい」
「いや、だってそうじゃない?」
「……お前な」
「アスル・アズールと同じだと思って接してたら、タマキちゃん疲れちゃうよ。というか、お互い気を使い屋さんみたいだから、話にならないかもしれないし」

 タマキちゃんは大人しいというほうが合っているけどね。
 でも、フィデールと二人にしたら、互いに会話を譲り合って話にならないのが予想できる。
 ま、二人で居ることもないんだろうけど。接点ないからね。アスル・アズールは一応ラ・ノーチェの王様だから、予言のことも踏まえて会うこともあるだろうけど。
 当のアスル・アズールは私の説明が気に入らないのか、顔をしかめている。けど、多少は分かっているのか、反論はなかった。

「ふふっ……お二人ともいつもそのような会話をしてるんですか?」

 タマキちゃんが私たちのやり取りに笑みを浮かべて尋ねる。
 私は大げさにため息をつきながら、「こんなんだから、会話にならないんだよ」と返す。
 アスル・アズールはアスル・アズールで「こいつは変なところで頑固だから、話が進まないんだ」とこれまた大げさにため息を吐く。

「あの……お二人とも、私にいたずらをする時は意気投合しているように見えるのですがね……」

 堪りかねたフィデールが引きつった顔でボソリと呟いた。

 


目次