036 二人の乙女(アスル・アズール)

~アスル・アズール~

『あ、アスル・アズール……?』
『どうした?』
『いや、見たことない顔してるから……一体、何があったのかと……』

 先程のやり取りを思い出してクスリと笑う。
 本当に面白い。
 異世界から来た十一代目の乙女――ミオ。
 乙女と思われない色。なにより女とは思われない姿と口調。わがままで、平気で人に怒鳴り、自分の意見を曲げない。下手をすると、ミオは人のことを気遣わないような人間に見えるだろう。
 けれど、それは違う。ミオの目は、どこまでもしっかりと人を見ている。自分の立場も理解している。『玉の乙女』として、この世界に存在し続ける意味を理解し、拒否している。望まない贅沢などいらないということだろう。いや、それよりも自由のほうがいいのか。
 どちらにしろ、自分の立場を理解して立ち回っていたと思う。
 そうでなければ、俺がラ・ルースにたどり着くまでに、乙女だとばれているだろう。いくら見た目が他の女性とかなり違っても、しばらく一緒にいれば、性別に疑問を持つものだって出てくるはずだ。
 それを疑われもしなかったのは(フィデール除く)、ミオが『乙女』だと思われないように振舞っていたからだ。

 だが、聖地にいる『乙女』に会い、ミオは保身に走った。
 その変わり方に、少しばかり失望した。
 自分は俺を楽しませるオモチャではないと強い意志を持って言っていたのに、ここに来てからどこか落ち着きなく、挙句、まともに人と会話ができないほど気弱な少女を盾にした。
 そんなことをせずに、堂々としていればいいのだ。
 確かにこの世界で乙女の存在は重要だが、その発言力も一番だ。裏を返せば、乙女が『還る』といえば、止めることはできない。
 乙女が居なければ、この世界が存続できないわけではない。ただ、この世界で一番力を持っている王族達より、乙女が持つ言葉の力のほうが絶大なだけで。
 だから乙女を尊重する。大事にして、彼女たちから災厄の言葉をもらわないように。

 更に予言というものは、必ずしも当たるわけではないということ。
『新たな乙女はーチェ国王と結ばれる』――これは、乙女が出現していない時の予想。そして、実際はもっと曖昧な言葉で伝えられていて、解釈するとそうなるだろうというようなものだ。
 伝えられた言葉からいろいろな解釈をし、答えを探す。場合によっては、予言が成就してから理解できるようなものもざらだ。
 常に決められた未来などないと、俺は思っている。
 だから、あの予言は乙女が現れるまでの、これからあるだろう未来に対して、一番可能性が高いものだとしか認識していない。
 それに俺にだって選ぶ権利というものがある。出現した乙女の容姿、性格によっては、俺はまったく見向きもしないだろう。
 そう、利用できなければ意味がない――乙女さえも道具だと思い込んでいた。乙女は自国の民ではない。俺は王として、自国を護ることが一番だと認識しているため、乙女より自国の方が優先なのだから。

 どちらにしろ、逃げ始めたミオに対し興味をなくし始めていた。
 召喚したフィデールはミオの味方をしている。ミオも還る気でいる。それを覆すことは、ミオの意思を変えるしかない。
 それがどれほど重要なのかを理解せず、ただ、自分は乙女ではないと言い張り、偽者に目を向けさせた行為に、俺は失望していた。
 だからもう、どうでもいい思った。還りたければ還ればいい。還る道はフィデールが作る。俺はもう、乙女の存在に期待する気になれなかった。
 だから、タマキの所に行こうとするミオについて行き、最後の確認をしたかったのだが――

 予想外の行動に出たのは、まともに会話もできないと思ったタマキだった。
 ミオ抜きにして俺に話しかけ、そして、問い、願った。偽者だと知りながら。
 そして、俺の本質まで見抜いていた。
 いや、本質についてはミオも見抜いていたか。俺にとって利用できる駒ではないと、常に牽制していた。
 ただ、タマキの言葉のほうが響いた。
 おどおどした小娘――と、侮っていたからだろうか。
 よく分からないが、自分の目の前にいきなり鏡を突き出された気がした。涙で潤んだ大きな瞳に、自分の行動を問い質されてるようだった。
 乙女になれずとも、異界からくる存在は、何かしらの力を持っているのだろうか。
 そう思うとタマキにも興味が沸いた。
 飽きてきたミオの代わりに。
 それなのに――

 きちんと向き合って話し合えば、すぐに理解する。
 そして、こちらのこともしっかり見ている。

『いや……私だけじゃなく、アスル・アズールも変わったかな、と』

 なんで分かったのだろう。
 タマキの言葉に自分自身を突きつけられて、俺自身も少しばかり反省していたところだった。
 同時に、やはり面白いと思ってしまう。
 二人とも、真っ直ぐに相手を見て、そして本質を見抜く。
 そういや、フィデールのヤツも、ミオに結構入れ込んでるよな。まあ、立場を理解してもらって、更に変わらず接してもらえれば、疎まれ続けたアイツにすればそれだけで十分か。
 ましてや、勝手に召喚したという罪悪感もおまけ付きだしな。
 ふと、今度の乙女が変わった存在なのか、それとも歴代の乙女たちはこうした変わった存在なのか興味が沸いた。

 さて、これからはあの二人と食事を、そして、時間のある時には、フィデールと一緒に乙女に関しての資料を探してみるか。
 場合によっては、大神官のジジイと話をしてみてもいい。

 面白くなってきた、と思うと、自然に口元が緩んだ。
 フィデールが二人を還すにも、もうしばらくの時間が必要だろう。普通にしているように見えるが、大掛かりな魔法が使えるまでは魔力が回復してないに違いない。
 少なくとも、あと数ヶ月はここにいることになる。

 対照的な二人の乙女は、あとでどんな結果をもたらすにしろ、俺にとって楽しい対象になった。

 

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