033 爆弾投下

 心にいつまでも残っていた記憶を吐き出すと、小さくため息をついた。
 わだかまっていた月日を考えると、思ったより淡々と語れたなと思った。
 でも、視線を落とすと、やっぱり口にすることに不安があったのか、カップを見るとお茶が揺れていた。
 そのお茶をくいっと飲み干す。そして、更に深く息をはいた。

「意外……だった?」

 何が、と言わない。
 でも、フィデールは「そうですね」と小声で頷いた。

「何が、って聞いてもいい?」

 意地悪く問えば、フィデールは小さく笑って。

「色々ですよ。恋愛経験もそうですが、別れていたとか――でも、そうですね。終わり方はなんかミオさんらしいので、最後はなんとなく、ああやっぱり……という感じでした」
「そう?」
「ええ、最後に我慢してしまうところが」
「我慢?」

 してるかな?
 してないよ。だって、優太たちに対して文句言ったよ。全然、いい終わり方じゃなかった。
 だからずっと心に残ったままで――

「全部、自分の気持ちを吐ききれずにいたから、その時から動けずにいるのではないですか?」
「なっなんで……、そんな、こと……っ」

 本当の気持ちを見透かされて動揺する。上手く言葉が紡げない。
 でも……確かにその通りなんだ。フィデールの言っていることは間違っていない。
 私は、ただ、怖いのだ。これ以上、自分を否定されるのが。このままの自分でいいと言われたのに、それを否定されるのが。
 次に進めないのは、同じことを繰り返したくないから。
 でも、自分を変えることはしたくないという、わがままな気持ちで。

「ははっ……うん、当たってるよ。フィデールの言うこと……」

 少しずつ、自分が拘っていたことが見えてくる。
 もう認めるしかない。自分がただの臆病者でしかないことに。

「あーあ、あんたに見透かされるなんてね」
「そう言われましても」
「長年付き合ってきた幼馴染みだって、私は強いから一人でも大丈夫って言ったのにさぁ」
「一人で生きていけるほど強い人間はあまりいないと思いますよ。その方たちは、ミオさんの本質を見ていなかったのでしょう」
「……」

 確かにそうかもしれない。
 それより、長い付き合いで、相手がどんな性格なのか知りつくしていると思って、お互い本質を見ていなかった気がする。
 私も、優太が裏切るなんて思っていなかった。女の子らしい奈々より、私のほうがいいと言った優太のままだと思っていた。
 月日を重ねれば、気持ちだって変わっていくのに。
 ……って、これは本質とは違う?

「本質か……よく分からないや。私だって周りの言葉を信じて、私一人で大丈夫! って思っていたのに、いざ、そうなってみると、心に残って一歩踏み出すのを躊躇うなんてさ……」
「そんなものじゃないですかね。人は完全なものではありませんし。どこかに弱い所があるんじゃないですか?」
「そ、かな? って、フィデールはあるの?」

 ふと、自分の意見に同意してくれるフィデールも、そういった所があるのだろうか、と思った。
 フィデールは生い立ちや今の生活環境を考えれば、きっと強くなければならなかっただろう。そのフィデールの弱さはなんだろう。

「ありますよ」
「あるんだ」
「ええ、まあ。立場上、弱みを明かすことはできませんが」
「まあ、そうだよねぇ……」

 弱みを明かせないと言いながらも、あると言うあたり、少しは信用されているのかな。
 考え出すと、細かいところまであれこれ考えてしまう。
 ここにきて、優雅な生活――と思っていたけど、あんまりそうじゃない?

「うーん……」
「どうしたんですか?」
「あー、なんか、最初は優雅だなぁ、って思ってたのに、気づくとあれこれ考えていて、思った以上にのんびりできないなーって」

 あー、あれだ。アスル・アズールのせいだ。アイツが出てきてから急に周りがバタバタしだしたんだ。
 ……と、思っていると、元凶であるものの声が聞こえた。

「それは大変だな。けど、まあ、貴重な異世界小旅行なんだから、慌しいくらいのほうが楽しくていいだろ?」

 と。
 そりゃもう、嫌な予感バリバリで、恐る恐る振り返ると、ニヤニヤした顔のアスル・アズールが見下ろしているのが見えた。

「なにし来た?」

 しかめっ面で問いかける。どちらかというと、声もかけたくないんだけどね!
 ったく、何が楽しくていいだろ、だよ。私は、最初の頃ののんびり優雅な生活のほうがいいんだよ! それでなくても極貧生活を送ってたんだから、少しくらい栄養がつくもの食べて、のんびりしたってバチ当たらないと思う!
 …………食べ物の恨みは怖いのだ。
 まあ、アスル・アズールが来てから食事が寂しくなったわけじゃないけどさ。ただ、美味しさが半減しただけで!
 憤慨していると、アスル・アズールは呆れたように。

「勝手に出ていった馬鹿を探していただけだ」
「……う」

 そういやそうだった。
 二人の話の内容にショック受けて、勝手に飛び出しちゃったからなぁ。
 あ、そういえば、あの鏡……大丈夫かな。あれを見られたら、私が何をしていたか分かってしまう。

「全く、なにを思い出して急に出て行ったか知らないが、書き置きくらいしていけ」

 ため息をつきながら呟くアスル・アズール。
 …………あれ?
 もしかして、気づかれてない?

「あの……タマキちゃんは?」
「ああ、あまり外に出てないみたいだな。お前を探すのに一緒に出たら、もう一人迷子が増えそうだったから置いてきた」
「……おい。」

 少なくとも、私は迷子じゃないぞ。
 ツッコミどころはそこじゃないけど。
 ……いかんいかん、ヤツのペースじゃないか。落ち着け落ち着け。
 はーっと大きく息を吐くと、ちょうど手に持っていたお茶を一口口に含む。すでに温くなってしまっていたけど、気を落ち着かせるにはちょうどいい。
 ついでにケーキを一つつまんで優雅さを演出する。
 そして。

「私はヒマだったからこうして外に出て、フィデールとお茶をしてただけだけど?」

 動揺なんてしてないフリをしながら、アスル・アズールににっこり笑う。

「……口元、引きつってるぞ」
「そう見える?」
「ああ、他になにが見えると?」

 にゃろぅ……今すぐすかしたコイツの顔に思い切り蹴りを入れたい。
 今すぐ立ち上がろうとする気持ちをなんとかおし止めていると、フィデールが小さく笑った。
 きっと、睨むと、フィデールは慌てて。

「すみません。でも……私はそろそろお邪魔します。フィーシオ様の所へお伺いしようと思っていたので」

 腰を上げ始めたフィデールの肩をがしっと掴んで、「それを逃げるというんだよ、フィデール」とジト目で言う。
 が、敵もさるもの。

「逃げるなどとんでもないですよ、ミオさん。思わず長居してしまったせいで、早くしないと間に合わなくなってしまうくらい、時間が経っていただけです。別に、ミオさんに彼を押し付けようというわけではありませんよ?」

 勿体ぶったような言い方に、やっぱり逃げるんじゃないかと、口元がまた引きつった。
 それにしても、フィデールは逃げることに関しては上手だと再確認する。君子危うきに近寄らず――がモットーか。
 でも、聞いてもらっただけでもすっきりしたから、これ以上言うのはやめておこう。

「はいはい、どうぞ行っておいで。まあ、私も気が紛れたから深く追求するのはやめとくよ。あ、カップは片付けておくから」

 といって、カップとお菓子が入った入れ物を持って、フィデールのカップを受け取ろうとした。

「はは、すみません。では――」

 フィデールはそう言いながら、カップを渡すために前のめりになる。
 そのとき小声で。

「でも、彼と話をしていると、元気になるみたいですね」
「……っ」

 と囁いたのに、咄嗟に反論出来なかった。

「それでは」
「……」

 軽く笑みを浮かべながら立ち去るフィデールに、なんて爆弾落としていくんだ――と心の中でぼやいた。
 爆弾が、すぐ近くにいることも忘れて。

 

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