コホンと咳払いを一つして気を取り直す。
「ええと、見苦しいところを見せちゃって悪かった。アイツのことを言われると、どうしても拒否反応が出てねぇ……」
「いえ、それにしてもミオさんって、そんなにアスル・アズールさんのことが嫌いなんですか?」
綺麗な人なのに、と付け足しそうな感じで尋ねられる。
ここでまた、う……、と答えに詰まる。
嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、それは人として、というより面白いからいいなんだ。
でも異性としては――
「うーん……悪いヤツじゃないって分かってるけど、癖があって扱いづらい」
「あの、ミオさん?」
「あ、ごめんごめん。答えにすると『嫌いじゃない』よ。でも、予言のようなことは無理」
「無理……ですか?」
「なんかねぇ……あいつとは似てるって思うところがあって――そのせいかな、恋愛対象にでもしたら、まるでナルシストみたいじゃないか、と」
フィデールには似ていないと言われたけど、育った環境によるものが大きい気がする。本質はあまり変わらないというか、似ているというか。
そう思うと鏡に向かって自分っていいヤツ、なんて言っているようで嫌だ。
「よく……分からないです」
「まあ、私も分かるように説明するのは無理かな。でも仲間としてなら一緒にいられるけど、恋愛対象ってのなら無理なんだよね」
「余計分からないような……」
「ごめん、ごめん」
考え込んでしまったタマキちゃんに対して、手をパタパタと軽く振って場を和ます。
それよりも他にしなければならないこともあるし。
「話がそれちゃったけど、タマキちゃんはどうしたい? はっきり言って、このままいけばタマキちゃんが乙女って認められる可能性は高いんだよね。あの二人は誤魔化せないけど、見た目から絶対タマキちゃんのほうだと思うだろうし」
「それは……でも。私は……私は違うんですよね?」
タマキちゃんが不安そうな表情で私を見る。
チクチクと良心が痛むけど、本当のことを言わなければならない。
そのため、ちくちく痛むところを無視して、フィデールから教えてもらったことを掻い摘まんで話す。
「うん、まあ……この世界に来て、自力で自分の世界の言葉を取り戻した人が乙女だって。どういう力でそうなっているのかよく分からないけど」
ついでに、これは私の見解なんだけど――と付け足す。
「この世界にはこの世界の理があって、異世界から来た人は本来その理から外れている存在なんだと思う。だけどこの世界にいる以上、この世界の理のほうが強くて、別の世界から来てもその中に封じられちゃうんじゃないかな」
「ええと……それが今の私、ってことですか?」
タマキちゃんの問いに「たぶん」と曖昧な返事を返す。
時には数人が異世界から来るらしいんだけど、乙女になれるのは一人だけ、とフィデールから聞いたことをタマキちゃんに説明しながら、私達のあり方を考える。
「うーん……なんとなくだけど……乙女になれるのは、多分それってただ単に早いもん勝ちなんだろうけど、その理を破って、何でもいいから元いた世界のものを取り戻せれば、この世界から外れた存在になるんじゃないのかな、っていうのが私の考え」
「む、難しいです」
「とりあえず、戻りたいと思って自力で元の世界の何かを引き出すこと――または、そういう意思が必要……なのかな。でも普通なら言葉が通じるし、不便じゃないものね。無理に元の世界の言葉を取り戻さなくても話が出来る」
「そうですね。私も不安でしたけど、話が出来るのは安心できました」
「私が日本語を話せるようになったは、意地でも話してやる、って気持ちからだったから」
ホント、意地でも日本語を口にしてやる、って思った結果だったし。
でも、私自身もまだしっかり分かっているわけじゃないから、人に説明するのは難しい。
あれこれ考えた後、この世界の理から外れることで、この世界ではできないことなんかもできるようになるのかな、というところに至った。
この世界で珠玉のように大切な――と表現されていたけど、実際はこの世界の理から外れた異分子であって、そしてこの世界にどういった影響を及ぼすか分からない存在。
その影響力を考慮して、“玉の乙女”として大事にされるのではないのか。
要するに変に力もあるし、ちやほやしてご機嫌を取っておけば、この世界も安泰だから――という身も蓋もない考えからだろうと思う。
その最たる存在が、六代目の乙女なんだろう。
乙女の機嫌を取ってラ・ルースは大国になったし、その影響がいまだに残っている。
多分、乙女という異分子の扱いには困るものがあるのだろう。聖地で大神官という地位を得て、安穏としているのが一番いいのかもしれない。この世界にとっては。
私の考えを説明したあとのタマキちゃんの感想がなんとも言えない。苦虫を噛み潰した、という表現があっているようなそんな顔。
「私も昨日の夜からあれこれ考えて出した答えだから、合っていないかもしれないけどね」
「なんか……裏事情を知ってしまうと、大事にされても喜べませんね。私も六代目の乙女の話は聞いていますから、そう考えれば分かる気もします」
あ、聞いていたんだ。まあ、今回は予言があるからなんだろうな。
アスル・アズールがラ・ノーチェの王様だったら乙女を利用することはなさそうだけど。あれでも公私混同はしないヤツだと思っているから。
ただし、何をしでかすか分からないヤツでもあるという、もっと厄介な心配がある。
と、気を取り直して。
「聞いているなら話が早いよ。んで、私は黒髪じゃなかったし男のような恰好をしてたから、偽物だと思われてて、フィデールに還してもらうことになってる。それにタマキちゃんが一緒に来るかどうかなんだけど」
「還れるんですか?」
「多分ね。フィデールは……押しに弱いけど、出来ないことを出来るとは言わないと思うから」
「ずいぶん、その方を信用してるんですね」
タマキちゃんに言われて、確かに……と心の中で頷く。
そういえば、フィデールのことはかなり最初から気を許していたかな?
さすがに大人の男性であんな風に取り乱す姿を見て、親近感を覚えたのか――よく分からないけど、フィデールのことは今も信用している。
それはフィデールは言ったことは必ずしてくれるってのが最大の要因かな。また口調が穏やかで落ち着かせてくれるのもあるかも。
「まあ、この世界で一番信用できる人――って感じかな」
「そうですか。でも、ミオさんは信用できる人がいて良かったと思います」
「うん、そだね」
「ここでは皆さん、私のことを大事にしてくれますけど……」
「タマキちゃん?」
大事にしてくれる、というのに、その表情には翳りがある。
「それは、皆さんが乙女だと思っている……からで。なんていうか……大事にされていても、安心は出来ないんです」
と、ここでの話を少ししてくれた。
それはもう、大事に大事に扱われたそうで。ただ、大事にはしてくれるけど、心が伴っていない気がして、安心出来るものではなかったという。
「……そっか、ごめんね」
「ミオさんが謝ることじゃないですよ」
なんとか笑顔を浮かべて返すタマキちゃんに、それ以上同情するような言葉は控えた。
それよりも日本に還る話に戻して。
「じゃあ、話を戻すけど、タマキちゃんはどうする? 実際、ラ・ルースは乙女がラ・ノーチェ国王とくっつかなければ問題ないんだろうし。乙女そのものがいなくなっても問題なさそうだから、脅せ……もとい、頼めば還してくれると思うんだ」
いかんいかん。つい昨日フィデールを脅したのを思い出してしまった。信用しているとか言いながらも、私はフィデールのことを利用してもいるんだっけ。
ちょっと居心地悪くなって、タマキちゃんが入れてくれたお茶を飲んで誤魔化す。
それがちょうどタマキちゃんが考える時間になったようで、しばらくの間俯いて考え込んでいるようだ。
しばらくしてからタマキちゃんは顔を上げる。
「やっぱり、私も還りたいです」
私のほうを見てはっきり答える。
「ここにいたら大事にはしてもらえるかもしれない。でも、それは“特別”だから。そんな“特別”より、私はやっぱり自分のいた所の“普通”の方がいいです」
「うん」
「それに、お母さん、お父さん……友達にも会いたい……」
「そうだね。なら、帰ろっか」
「はい」
やっと本当の意味でタマキちゃんは笑顔になった。それを見ながら、還るまでの間のことを考える。
もう、ラ・ルースには戻れない。戻る時にタマキちゃんが同行するのは可笑しい。フィデールの説得のおかげで――と言うこともできるけど、アスル・アズールがいる以上その言い訳も説得力に欠ける気がする。
かといってラ・ノーチェなんかに行けない。そうしたら予言どおり――この場合はタマキちゃんでも私でも――になってしまう。
となると……やっぱりここに居座るのが一番いいのかもしれない。
でもタマキちゃんなら分かるけど、私まで居座るのはここの人たちが納得してくれなさそうだし。
うーん、と考えた結果。
「ねえ、タマキちゃん」
「何ですか?」
「私、一応男に見える?」
「え、と……」
「素直に答えてくれていいから。というより、男に見られたいから、女に見えそうなところを指摘してくれたら嬉しいんだけど」
「は、い? えと、そうですね……ミオさんが何が言いたいか分からないですが……」
理由が分からないながらもタマキちゃんは素直に答えてくれた。
「口調とか雰囲気とか……難しいな。口調は別に変えてないし、雰囲気だってそうだし」
「あの、どういう意味ですか?」
「タマキちゃんには悪いけど、見た目から乙女はタマキちゃんってことにして欲しいんだけど。駄目、かな?」
「え? あの、その……」
ごめん。自分でも思ったけど話がかなり飛び飛びだわ。
そのため最初に戻って、自分の思いついた案をタマキちゃんに話した。
「こういうの、駄目かな?」
「いいです! それいきましょう!」
「い、いいの?」
ものすごく喜んでいるタマキちゃんに、私のほうがちょっと動揺する。
「はいっ、だってそのほうが不自然じゃないですし……そうすれば戻るまでの間一緒に居られますよね?」
「う、うん。だって離れたほうが不自然だから」
「なら、喜んでやります!」
あまりに喜ばれるのもちょっと考え物だけど……とりあえずタマキちゃんを抱きこむことには成功したらしい。
とにもかくにも、これで帰るまでの間は安泰になった。