022 乙女会談

 ここに来てだいぶ経つせいか、タマキちゃんは人見知りはするものの慣れた感じでお茶を入れてくれた。
 タマキちゃんの様子を見ていると、カップを目の間に出される。

「どうぞ」
「あ、ありがと」
「いいえ。でも嬉しい。私にも同じような人がいて――」

 少し涙目で――というより泣くのをこらえて笑顔を浮かべる。その様子から心細かったのが分かった。
 聖地は鬼門。とばかりに思っていたし、乙女がいるという話が来たのも本当に数日前だったらしい。
 誰が行くのかという話がラ・ルースの上層部であったようだ。
 話し合いの結果、ラ・ノーチェにも話が行っている以上、魔力の低い者を使者として送るわけにはいけないということで――ラ・ノーチェに侮られたくないという理由らしい――フィデールに白羽の矢が立った、と。
 色んなことを押し付けられたフィデールは気の毒だったけど、ここにも乙女と呼ばれる人がいると聞いた以上は私も黙っていられず、私も素直に同行することになったわけだ。
 でも乙女だから大事にされていて大丈夫だろうと思ったけど、考えてみれば異世界にいきなり放り込まれたら不安のほうが強いのは当たり前だよね。
 私には現実逃避にちょうど良かったけど。

「ごめんね。私もタマキちゃんがいるのを聞いたのは昨日だったんだ。知っていればもっと早く来れたのに」
「いいんです。ここではみんな親切にしてくれてますし。でも、やっぱり不安で……」
「うん、普通はそうだと思うよ。よく頑張ったね」

 タマキちゃんの頭に手を置いて軽くなでる。子供にするようなことだけど、こうされると結構落ち着くから。
 でもそのせいで気が緩んだのか、タマキちゃんは堪えきれずに泣き出す。

「頑張ったね。一人で心細かったのに」
「ヒヅキさん……、ヒヅキさん……」

 私にしがみ付いて泣くタマキちゃんは純粋にかわいいと思う。
 こういう子にこうされるのって弱いんだ。軽く抱きしめながら背中をなでる。

「すみません、泣いちゃって……。でも、他にいた人がヒヅキさんでよかった……」

 タマキちゃんは落ち着いたようで離れて涙を溜めた目で、それでも笑みを浮かべる。

「ううん。私もタマキちゃんみたいな子で良かったよ」

 そう返すと更に嬉しそうに笑う。
 でもごめん。ちょっと裏事情もあるんで、そんなに素直に喜ばれても罪悪感が……とそういえば忘れてた。
 今更かもしれないけど――

『全ての魔法をこの部屋から遮断せよ――』

 乙女の力を使って、この部屋での会話を聞こえないようにする。

「何をしたんですか?」
「えっと……ちょっとした魔法、かな。ちょっと聞かれたくない話をしなければならないからね」
「え?」
「あのね、私はこの世界ではラ・ルースっていう国に最初来たんだけど――」
「大国の一つ、ですか?」
「うん、そう」

 どうやらタマキちゃんもある程度の知識は教えられているようだった。
 頷くとタマキちゃんのほうから知っていることを話してくれた。
 この世界のこと、 “玉の乙女” というものが何なのか。
 そして今回の乙女はラ・ノーチェ国王と結ばれるということも。

「でも信じられないです。それに――」
「ん?」
「ヒヅキさんがここにいるってことは、私じゃない可能性もあるんですよね? だとしたら私はどうすれば……」
「その辺はちょっと手を打ってあるから大丈夫――って、私が女ってこと知ってた?」

 “シエロ” での “ヒヅキ” は性別をはっきりさせていなかった。
 まあ、ちゃんと見れば区別はつくんだろうけど、仲間に可愛い女の子たちの夢を壊すんじゃねえ、という仲間の一方的な言い分で、どちらかというと男っぽくしていた。
 ヤロウ四人に詰め寄られたら、私だって怖いって。

「分かりますよ。ヒヅキさんやっぱり他の人たちと違いますもん」
「そーかなぁ?」
「でも、ヒヅキさん女の子に優しいから、やっぱり夢を見たいというか。それに女の人でもいいって子も多かったんですよ」
「あ、あはは……そう……」

 なんか笑いしかでないや。

「そういえば話って何ですか?」

 乾いた笑いをしていると、心配になったのかタマキちゃんのほうから尋ねてくる。

「あ、ごめん。でもその前に私のことは 珠生みおでいいよ」
「いい、んですか?」
「うん、そのほうが呼びやすいでしょ。他の人たちも名前で呼んでるし」
「じゃあ、ミオさんって呼ばせてもらいます。それでこれからどうするんですか?」

 タマキちゃんは少し心配そうな顔で尋ねる。
 そうだよね。異世界から来る乙女。それが自分だと言われて大事にされていても不安だったのに、もう一人別にいるとなると、いきなり手のひらを返される可能性もあるわけで。
 まあ、私がこんなナリだから乙女はタマキちゃんだと考える人は多いだろうけど、問題の二人は誤魔化せないし。
 仕方なく自分にかけてある乙女の魔法を解いて、本当の――黒髪黒目の姿を見せる。

「ミ、オ……さん?」
「うん、そう。本当の私はこの姿なんだ。バンドのせいで金髪にして合わせてカラーコンタクトしてたんだけど」
「じゃあ……ミオさんが乙女……なんですか?」
「うーん……どうも、そう、らしいんだよね。あまり認めたくないけど」

 苦笑しながら、また金髪に緑の目に戻す。乙女の魔法で他の魔法は遮断しているけど念のために。
 それと同時に、この姿で来たために乙女だと思われなかったことも話した。
 自分を呼んだ人物が間違ったお詫びに面倒を見てくれているのと、日本に還してくれることも。

「あ、ちなみに一緒に来た二人なんだけど、黒髪のほうが問題のラ・ノーチェ国王なんだ。アスル・アズールなんて偽名使ってるけど。もう一人がフィデール。ラ・ルースの第三王子で、あの国で一番魔力を持っている人」
「は、あ……というか、ミオさん、そんな重要人物二人に関わっていたんですね」
「まぁ、成り行きでね。んで、その二人から色々情報をもらってあるんだけど、どうも今回そのラ・ノーチェ国王と――って予言のせいで、乙女がいると困る人たちが多いみたいなんだよね」

 私はタマキちゃんに包み隠さず裏事情を説明した。
 知らなければいけないことだろうし、これからのこともある。

「それで、二人がどう考えてここに来たかは分からないけど、私はここにいる乙女を説得して一緒に還ろうって言いたかったんだけど……」
「そうだったんですか」
「うん。まあ残りたいって言うならそれでもいいけど、利用されないように色々説明したかったんだ。なんかこの世界、雲行き怪しいから」

 自分のせいで、とは思わない。
 こっちにしてみれば全く別の世界にいるんだから、こっちの世界のことなんて知るもんか、というのが本音。
 それに予言はこの世界で勝手に出たことだし、反対にそれに付き合わされる身になってほしいもんだ。
 ――なんて思っていると、タマキちゃんは。

「そうなると……ミオさんってアスル……アズールさんと結婚するってことですよね?」

 確かにきれいな人でしたよね。王族だけありますよね――などと付け加える。
 ちょっぴり夢見がちな表情になったタマキちゃんに、私は慌てて否定する。

「じ、冗談じゃないってば。あんなの真っ平ごめんだって!」

 多分、この時の私はかーなーり嫌そうな顔をしていたと思う。
 タマキちゃんは引きつった顔で小さく「すみません……」と呟くように言った。
 ごめん。でも本っ当に鳥肌もんだったから。それだけは勘弁して。

 

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