024 時には逃げるという選択肢も必要なのだ

 タマキちゃんとの間で話がまとまった。
 もう一度、二人の関係を口にしてタマキちゃんに確認を取る。

「じゃあ、おさらいでこんな感じでいい?」
「はい。それと偶然だけどここに一緒に来たことで、私がミオさんと離れたくないって言うんですよね。やっと会えた同じ世界の人だし、しかもそれが憧れていた人ですもん」

 にっこりと笑って返される。けど話の内容にちょっと顔が引きつってしまう。
 とはいえ、自分が言い出したことなんだけどね。

 説明するとこんな感じ。
 私が異世界から来た、というのは誤魔化せないだろうということを前提で考えた。
 だってね、大神官であるフィーシオさんも、タマキちゃんと知り合いって言っても全然動じてなかったし。それにアスル・アズールとフィデールを残して来ちゃったってのもある。絶対あの二人は説明していると思うんだよね。
 ――ということから、タマキちゃんがこっちに来るときに近くにいたために、何故か一緒に来てしまったという無理やりな理由にした。
 タマキちゃんが聖地、私がラ・ルースに来たのは、『分からない』で通す。うん、無理やり。それにラ・ルースが勝手に召喚魔法を使った、というのは探られたくないだろうから、フィデールもそれを誤魔化すのを手伝ってくれるだろう。
 だから、二人でどうしてこうなったか分からない、という一点のみで押し通すことにした。

 んでもって、もう一つ。
 私たちは元の世界では接点はあまりなかったけど、バンドという理由がある。タマキちゃんのほうが私のことを知っていたのと、ここに来る前に助けたのでお互いに意識していた、ということ。
 タマキちゃんは憧れで――というとちょっと恥ずかしいな――、私は助けた時に可愛い子だと思ったことで。
 恋人だったとか言うと、たぶん無理が出る。だから互いに知っていて意識している程度に留めてみたのだ。全く嘘ってわけじゃないから、話は合わせやすいけど、私は男として振舞わなければならないので注意が必要かな。
 タマキちゃんには性別を偽っていたわけじゃないから、バレてもいいけど、そうなるとやっぱり厄介そうだし。まあ、それまでにフィデールには日本に戻れるよう頑張ってもらうつもり。
 だから大丈夫だよ――とタマキちゃんには笑ってみせる。

「ミオさんの話を聞いていると少しほっとします。そうですよね、なんとかなりますよね」
「良かった。ま、話がまとまったから、これからはそんな感じで頑張ろうね。そして二人で日本に帰ろう」

 立ち上がってタマキちゃんに手を差し出す。
 タマキちゃんは泣きそうな顔になりながらも、私の手を取って笑う。

「……はいっ、頑張りますっ」
「うん、頑張ろう」

 フィーシオさんの影に隠れていた時はちょっと心配だったけど、話をすれば結構しっかりしている。
 というより、頑張ろうとしている。
 うーん……タマキちゃんってホント健気でしかも可愛いんだ。思わず守ってやりたくなる。
 私は触れた手をぎゅっと握って。

「それまでは、私がタマキちゃんを守るよ」
「……っ、嬉しい……」
「タマキちゃん!?」

 泣き出してしまったタマキちゃんに慌ててしまう。覗き込んで見ると、タマキちゃんは顔を赤くしながら。

「ミオさんが本当に男の人だったら良かったのに、なぁ……」
「タマキちゃん?」
「だって優しいんですもん。さらっと“守る”って言ってくれるし」
「いやだって……」

 もしかしたら、タマキちゃんは巻き込まれただけかもしれないんだから――そう言いかけたのを、なんとか喉元で押しとどめた。
 信じたくはないけど、私はこっちに来てすぐから日本語を使っていた。
 きっと、フィデールの召喚魔法は間違っていない。そうなると、召喚魔法を使った時、乙女になれる可能性のあるタマキちゃんを、私が巻き込んだとも言える。
 だから、私がタマキちゃんを守るのは至極当然のことなんだと思う。
 でも、そんなことは言えないから、タマキちゃんの手を取って。

「最悪、ここにいられない場合はどこかへ逃げちゃおっか?」

 ちょっとおどけた感じで湿っぽさをなくす。

「ミオさん?」
「なんか乙女の力ってこの世界の魔法と違うみたいだから、使っているの、気づかれないみたいなんだ。だから危なくなったら二人で逃げちゃおうよ。乙女の力もあるし、少しすれば慣れるだろうから、最初は生活するのに大変だろうけど、きっとなんとかなるよ」

 不安がないわけじゃない。私が知っているのはラ・ルースの王宮の一角だけだし、タマキちゃんも聖地しか知らない。
 でも、生きていくのにやることは大して変わらないと思うんだ。言葉は通じるし、タマキちゃんの髪の毛とかも、乙女の力で見た目を変えれば気づかれないだろう。
 それにここから逃げる場合には、悪いけど金目のものを少しばかり拝借していくつもりだし。開き直って、こっちは異世界のゴタゴタに巻き込まれた被害者ってことで、その慰謝料代わりに。
 心の中でいくつかの選択肢を決める。ただ、内容が内容だけに、タマキちゃんには内緒なのもあるけど。
 考えがまとまると、後はどれだけ太々しくなれるか――だった。

 

   ***

 

 部屋から出て広間に戻ると、フィーシオさん、アスル・アズール、フィデールが待っていた。
 彼らに頭を軽く下げて礼を言う。うん、第一印象はある程度良くしておかなければ。

「少しは落ち着きましたかな?」

 とフィーシオさん。

「ええ、お互いにどんな状況だったのかを説明しあいました。二人がいる以上誤魔化せませんので、単刀直入に言いますが、私も彼女と同じ世界から来た者です」

 声が震えそうになるのを堪え、なるべく淡々とした口調で説明する。
 するとフィーシオさんはともかく、残りの二人も自分からバラすとは思わなかったのか、少し驚いた顔になる。

「では、あなたも異世界から来た、と?」
「ええ、そうです。何故かは分かりませんがね。とにかく私はフィデールの召喚魔法によりこちらに来ました」
「ちょ……ミオさん!」

 これではラ・ルースの思惑をばらされてしまう、と察したのか、フィデールが青ざめる。
 さっきは召喚魔法についてはフィデールが誤魔化してくれるだろうと思ったけど、バラしておいたほうがこちらとしていいような気がして。
 フィデールには悪いけど、私たちは還るほうが優先なんだ。特に私一人ならまだしも、今はタマキちゃんがいる。
 そっと心の中でフィデールに謝りながらも、説明は終わらない。

「まあ、どうして私まで――とは思いますが、偶然ですが彼女の傍に居たせいかもしれません」
「成る程。しかし、そうなるとあなたも乙女の可能性がある、ということですかな?」
「さあ、それはどうですかね? どう見ても私は乙女としての条件は満たしていませんからね。自分がそうだと言われても信じられませんよ」

 肩を竦めて笑ってみせる。

「そうですか。とはいえ、立ち居振る舞いや言葉遣いなど、女性的なところもあるようですが?」

 このタヌキが――と口元を引き攣らせつつ笑みは絶やさないよう努める。伊達に年を重ねてないって感じだ。
 でも、こっちも負けるわけにはいかない。

「そうですか? どうも異性が多い中で育ったので、その影響を受けているのかもしれませんね」
「なるほど」
「ああ、それでですね。私もこんな姿なのでラ・ルースにいるのも居づらいですし、それに彼女も一人で不安だったようで。なので出来れば彼女と一緒に居たいんですが、よろしいですかね?」

 こういう人を相手に長く話をしているとボロが出そうなんで、さっさと本題に入る。
 それにタマキちゃんのため、と言えば断りづらいはずだ。たぶん、タマキちゃんの怯え具合を見ていただろうから。
 案の定、フィーシオさんはため息を一つついた後、仕方なくといった感じで承諾する。

「分かりました。とはいえ、乙女であるタマキ様の近くに男性と思われる方を近づけるのに抵抗があります」
「ええ、それは分かります。部屋は別々で構いません。まあ、彼女の所に近ければそのほうがいいですけどね。私はただ、少しでも彼女を安心させてあげたいだけです」
「分かりました。では程近いところの部屋を用意致しましょう」
「お願いします」

 にっこりと満足げな笑みを浮かべて返す。
 これで還るまでの間の衣食住は確保できた。でもってタマキちゃんの側に入れるから、還れると思ったらタマキちゃんも連れて逃げ出せばいい。

「さて……同じ世界から来たというミオ殿は残るようですが、サフィーロ殿とフィデール殿はどうしますかな?」

 ここでやっと黙っていた二人に声をかけるフィーシオさん。

「俺は予言のこともある。乙女と言われる女性のことをよく知りたいので、しばらくの間、滞在させて欲しいのだが?」
「かしこまりました」
「おい、あんた仕事どーすんのさ? “王族の義務”ってヤツがあるんだろ?」

 あっさり滞在したいと言うアスル・アズールに、ついツッコミを入れてしまう。

「大丈夫さ。国には姉がいる。ラ・ノーチェでは女性に王位継承権はないが、政に関わるのが好きな姉でな。だから俺も好き勝手させてもらってる。とりあえず連絡さえ取れれば問題ない」
「いいのかよ、それで……」

 うーん……頭痛くなってきた。あっちもこっちも問題ありまくりな国ばかりじゃないか。
 そしてフィデールはと言えば――

「先程、ミオさんがいったように、私の国は内部事情で乙女を無理やり召喚しようとしました。間違って呼んでしまったミオさんを戻さなければいけませんし、このような事例は初めてなので、出来ればこちらにある乙女に関する書物などを拝見させて頂きたいと思っています」

 と、穏やかな口調で答えた。
 あらら、意外だ。私が先にバラしたとはいえ、それに便乗して居座るとは思わなかった。
 なんせあの国、フィデールが居なくなったら大変そうだからなぁ。
 でもフィデールはそんなことはおくびにも出さず、淡々とした口調で言ってのけた。

「なるほど、ではしばらくの間滞在したい――ということでよろしいですかな?」
「はい、お手数をかけますが」
「では部屋を三つ用意致しましょう」

 フィーシオさんは面白そうな表情で答えた。うーん、やっぱりこの状況を面白がってるな。
 まあいいや、タマキちゃんと一緒に居られれば逃げるのも逃げやすいしね。
 フィーシオさんの表情を見ながら、軽く肩を竦めた。

 

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