魔法とは便利なシロモノである、と改めて思ったのは聖地へ行く時だった。
日本でなら新幹線、もっと早くしたいなら飛行機――と交通に関してはそんな感じだろう。
でもここには魔法がある。フィデールの説明によれば移動の魔法は主に二つあるという。
一つはそれぞれの国に置かれた転移用の魔法陣を用いたもの。これはその魔法陣がある所限定だし、許可が必要。
もちろん戦争なんかで使われないよう、一度に転送できる人数には限度があるし、一度使ったら自然にある力を集めるまで使えないため、私利私欲で使えるものではないらしい。
もう一つは個人で使う転移魔法。使う人の能力によって移動できる距離が変わるのと、一度行ったことがあるというのが条件。なんでも一度行って自分で記憶するのと、血印で繋がりを作っておかなければならないとか。ちょっと便利そうだけど厄介な魔法。
でも、ここは大国ラ・ルースの王城。転移用の魔法陣はあるし、同行する二人の力も強い。どちらのやり方を選んでもまったく支障がないらしい。
長々とした説明の後だったから、思わず早く言えよ、と突っ込もうとしたのは内緒だ。
結局使うのは転移用の魔法陣によって、正式な訪問という形になった。アスル・アズールはあの容姿なので、ラ・ノーチェ国王とまではいかないけど、王族というのはバレバレだった。
本人に言わせれば、出し抜こうとしたラ・ルースに対する牽制にもなって丁度いいと言って、大胆にもラ・ノーチェ代表として行くことになった。
こうなると、二つの大国の要人に囲まれた私としては遠慮したいんだけど、それに気づいていたアスル・アズールにがっしり掴まれて逃げられなかった。
へへへ、と苦笑いして誤魔化すけど、放してはくれない。
そのまま魔法陣の中央に連れていかれた。
円の中央に入ると、フィデールが何か呟きはじめる。ところどころ聞いたことがある単語が出て、呪文を唱えているのだと気づく。
それにしても私が練習用に使っている魔法よりも呪文が長かった。私がやっているのは魔法の初歩の初歩だと気づかされた。微妙にへこんだよ、私は。
……って、昨日から落ち込んでばかりいるよなぁ。
まあ、あとで聞いたら、魔法陣発動のための魔力注入、転移先の指定、人数(重さ?)などを、呪文によって魔法陣に組み込んで、それから転移魔法――となるらしい。個人で転移する魔法のほうがよっぽど楽だそう。まぁ、かなりの魔力保有者という限定だけど。
呪文を唱え終わるのと同時に足元の魔法陣が光り始める。淡い光はだんだん強さを増し、最後に光に包まれる。でもその光はすぐに収まり、徐々に光が消えていく。
そして次に目に見えたのは一面の緑。所々に花が咲いているのか赤や白が混じっている。
そして微かに潮の香り。よく見れば足元は石畳のようになっていて、そこにはラ・ルースと同じ魔法陣が刻まれていた。
「ようこそ、ラ・ノーチェ、及び、ラ・ルースの使者殿」
声がした方向を向けば、身なりは質素だけど清潔感のある白い長い服を着た中年の男性が立っていた。
正式な訪問のため、連絡が行っていて待っていたらしい。フィデールとアスル・アズールが略式と思われる挨拶をする。
「立ち話もなんですし、乙女が待っておりますので中へどうぞ。……と、そちらの方は?」
いきなりこちらを見るのでびっくりする。
ええと、なんて言えばいいのかな。同じように異世界から来たものです、なんて言えないし――と思っていると二人が口を開く。
「こちらはミオさん。現在、私の仕事を手伝ってくれている人です」
「ミオだ。諸事情で同行してもらった」
珍しくアスル・アズールがまともなことを言っている、と思ったのはこれまた内緒。とにかく二人が説明してくれたので名前を名乗って軽く頭を下げる。多少胡散臭げな顔をしたけど、二人のお墨付きなのでとりあえずそれだけで終わった。
そして石畳を歩いて神殿の中に入る。中は薄暗いけど、天井は高いみたいだ。所々明かりとりのため天窓があり、そこから光が差し込んで、廊下にポツポツと明るい場所ができている。
その中を進んでいくと、重厚な扉が目の前に現れた。
重い扉は魔法によってのみ開くらしい。手をかざし一言何か呟いたのが聞こえた。魔法のおかげでその扉は容易に開く。
「さあ、どうぞ」
迎えてくれた人は中のほうを手で示す。その指示に従って二人が動いたので、一緒に付いていく。
奥のほうに威厳と品を兼ね備えた白髪の老人と、そしてそれに隠れるように女性が一人。怖いのか恥ずかしがり屋なのか、俯いて顔が見えない。その二人に近づくと、白髪の老人が口を開いた。
「お久しぶりですな、フィデール=アルカ=イルミナード殿、そして――まさかここまで来られるとは……サフィーロ=シエン=ノクトゥルノ様」
あれ、もしかして、この人ってアスル・アズールがラ・ノーチェの王様だってこと知ってる?
疑問を感じていると、フィデールがそっと小声で説明してくれる。
「王位につく場合は聖地の大神官の承認が必要ですから。さすがにこの方だけは、彼も誤魔化せないのですよ」
「なるほど」
となると、昨日あれこれ推理した意味がないや。
まあ、ここで聞いて騒ぐよりマシなんだろうけど。
「さすがに覚えてましたか。いい加減忘れてくれてもいいんですがね」
「そういきたいものですが、貴方のその力は忘れられるものではありませんよ。私も王位の承認を何回か行いましたが、貴方ほど力の強い方はいなかった。かなり強烈ですよ、貴方は」
彼の言葉にアスル・アズールは苦笑する。
これまたそっとフィデールが説明してくれたんだけど、目の前の人はフィーシオという名の人で、現在聖地を治める大神官の地位にある人。
けれど乙女が存在するなら、その地位を乙女に譲らなければならないらしい。
でも今回はあの予言のせいでどうなる分からない――とも。
「そしてそちらの方は? 変わった方のようですが」
変わ……別にいいけどさ。初対面でそう言われるとちょっと…・・・口元がひくつくよ。
「ああ、失礼。変わっているというのは何も性格ではないのですよ。ただ、この世界のどこにも属さない感じだったので」
「あ、そういう意味なんですね。ええと、私はミオと言いますが――」
さて、なんと説明したものか――と思っていると、フィーシオさんの影に隠れていた子が飛び出してくる。いきなりだったのでただ驚いていると、その子に抱きつかれた。
「ヒヅキさん!」
「えっと……あの……?」
「良かった。私にも他に居た……っ!」
しがみつかれてどうしたものかと思っていると、なんとなく聞き覚えのある声。
ええと、この声は……記憶を手繰っていると、ここに来る前のことを思い出す。
「あ! もしかして、あの時の!? ナンパ男三人!!」
「はいっ! あの時はまともにお礼を言えなくて済みませんでした。“シエロ”のヒヅキさんですよね?」
「あ、うん。知ってたんだ……」
“シエロ”というのは私がいたバンドの名前。空という意味で、なんとなく大きい気がしていい、という理由から。
あと仲間に大地という名前がいるから、それに対になるようにしようというのもあった。
なんか懐かしいなあ。
「おい、知り合いなのか?」
昔を懐かしがっていると、アスル・アズールが少し困惑した表情で問いかける。
「知り合いというか……ここに来る前にちょっと」
「ほう、それで」
「それだけ。えと……あ、今更だけど名前聞いていい?」
気づいたら私は彼女の名前を知らない。彼女を見て尋ねると、彼女も今頃気づいたようで恥ずかしげに名乗る。
「タマキ、です。すみません名乗るのを忘れてました」
「タマキちゃん、だね」
「はい」
やっぱり彼女は日本語で名前を名乗らなかった。
でも恥ずかしげに頬を染めて名乗る姿が可愛らしくて、ああ、女の子だよなあって思う。あの時も可愛い子だと思ったけど、顔だけじゃなくて性格も可愛いんだよね。なんかスレていないというか、純粋培養されて育ったという感じで。
いくら乙女じゃないって分かっていても、可愛い子ならまた別だ。しかも黒髪黒目と乙女の条件を満たしているんだから。
だから念のため釘を刺す。
「言っておくけど、タマキちゃんに手出し厳禁だからね、アスル・アズール」
タマキちゃんを抱えながら、アスル・アズールに対してびしっと指差す。
本当は人を指すなんて失礼だけど、相手はアスル・アズール、そんなことは置いておく。
「なるほど、少しは焼いてくれたのかな?」
「はあ? どこをどう取ったら焼けるのさ? 辞書で言葉の意味を調べろよ」
「意味は合っていると思うけどな。俺がその子に向くのが嫌で言ったんじゃないのか?」
「どこをどう取ったらそんな風に曲解できるのか聞きたいね。今の言動や行動からはこれっぽっちもそんなもの見当たらないと思うけど」
もう、ほんっとコイツいやだ!
心の中で叫んでいると、事情が見えないのかタマキちゃんが不安そうな表情で見ているのに気づく。
そうだ、ちゃんと説明してあげないと。それには二人は邪魔なんだよね。となると――
「あの、私、彼女の知り合いなんですけど、少し事情説明のために二人きりにさせて頂けませんか?」
異世界から来た人と知り合いなんて怪しさ満載なんだけど、タマキちゃんがどう思っているのかとか、どこまで知っているのかなどを聞きたいのであえてフィーシオさんにお願いする。
するとフィーシオさんは気軽に承諾してくれて、部屋を一つ用意してくれた。