016 フィデール攻略-2

 爽やかな笑みと、話の内容は必ずしも一致するものではない、と思う。
 今まさに自分がそれだ。いつもより極上の笑みを浮かべている(はず)けど、内容は相手を脅すもの。

「場合によっては黒い髪のかつら被ってスカート履いて、実は女でしたーって言って回るからね?」
「ななな何をいきなり……」

 青ざめてどもる様子を見ていれば、私が女だとバレるのを避けたいと思っているはず。
 ましてや聖地に乙女がもう一人――なんていえば尚更だろう。

「だから言ったじゃない。私は還りたい。フィデールも乙女を利用したくない。アスル・アズールは最初、ラ・ノーチェ側も乙女は要らないといった――だからお互いいいようになるよう、協力しましょ♪ って言ってるの」
「あの……意味がよく分からないのですが……」

 そりゃ、まあそうだろうね、私だっていきなりって思うもん。
 だけどアスル・アズールの反応や、新たな乙女の出現のおかげで、私のほうも何とか手を打たなければならなくなったわけで。
 でも私一人で大国の要人二人を相手にするには、政治とか駆け引きとかそういったのを知らなさ過ぎる。絶対ボロが出るに決まってる。
 だから味方が欲しい。その人物にフィデールは打って付けなのだ。
 フィデールが、アスル・アズールの考えに賛同するなら味方につけ、って言うのは難しそうだけど、どうもそうじゃないみたいだし。

「だから言っているじゃない。聖地にいる乙女ってのが本当かどうか分からないけど、政治的に利用されるのは気の毒だし、アスル・アズールだって本当はその気じゃなかったんでしょ。アスル・アズールは……さっき言ったように、私だったから興味持ったって感じみたいだし」
「ええ、まあ……」
「なら聖地にいる人を素直に乙女と認めて、ラ・ノーチェに連れて帰る可能性って低くない?」
「確かに。でも私としてはそのほうがいいんですが……」

 そりゃフィデールとしてはそうでしょう。でも、こっちにすると、アスル・アズールが本物は聖地にいる人じゃなくて、あくまで私だと言い切った場合に困るんだ。
 乙女特有の力で姿を変えてるから、そうそうバレることはないだろうけど、アイツの場合、何をしでかすか分からない。自分の思い通りにするなら、何でもやりそうなんだよね。自分もそうだからよく分かるけど。

「じゃあ聞くけど――フィデールは聖地にいる人が本物の乙女だと思ってる? それとも自分が召喚した私だと思ってる?」
「それは……その……」

 言い淀むところに付け込む隙を見つける。
 ごめん、疲れているところに悪いけど、こっちも人生かかってるから。

「私だっていう可能性、捨ててないみたいだね」
「……はい。というか、昨夜彼と話をしたんですが、乙女が出現する時に、数人現れることがあるようです。でも本物はただ一人だと」
「なるほど」

 それなら聖地に乙女だと言われる人が、もう一人いても可笑しくないわけだ。
 とはいえ、日本語を喋れるようになった私のほうが、その人より先に本物になっちゃったわけで。

「ミオさんは、昨日、この世界の言葉ではない“言葉”を使いましたね」
「あーうん。気づいてたか」
「ええ、彼は言っていました。元の世界の言葉を取り戻した者が本物の乙女だと。だとしたら、聖地にいる方はその可能性があったかもしれませんが、すでにミオさんが言葉を取り戻している以上、聖地にいる女性は本物とは言えません。ミオさんが本物の乙女なんです」

 なるほど。そんなからくりがあったのか。
 そういえば私は最初から自分の名前を正確に名乗っていた。日月ひづき球生みおと日本語で。
 そこからして、もう候補でも何でもなかったわけだ。
 アスル・アズールとのやり取りは切っ掛けでしかなかったってことか。まあ、あのおかげでするっと日本語が出てきたんだけど。
 ……って、だからアイツと結婚なんて嫌なんだってば!

「二人ともそこまで知っちゃってたのか。でも、それなら私が女だと言って回ったらヤバイよね? フィデールが気づかなかったとしても、それはフィデールの失態になっちゃうし、知っていて黙っていたなら反逆の意思あり、って見做される可能性、あるよね?」

 ちょっとズレた話を戻して、私はなんで自分が女だと言って回るのか――その説明をする。するとやっと気づいたのか、青ざめていた顔が更に生気がなくなった顔になった。
 うーん……ちょっと罪悪感がチクチクとするなぁ。本当ならこんな顔させたくないんだけど。

「まあ、私としても女だとバレて、乙女として窮屈な生活はしたくないわけで」
「そうですか」
「もうちょっと気のある返事してよ。こっちだってない知恵絞ってるんだから」
「はあ……」

 うーん、駄目だこりゃ。
 仕方なくフィデールの目の前でパンっと思いっきり手を合わせて大きな音を立てた。

「わっ……何するんです!?」
「ちゃんと聞かないからでしょ。ホラ、あんたにもいいようにって考えてるんだから、ちゃんと話に付き合いなさいってば」
「はあ」

 うわ、私の言うことマジで聞いてないよ。返事に全然気持ちがこもってない。
 でもとりあえずそれはおいといて。

「とりあえず、聖地にいる人には会ってみなければどんな人かは分からないんだけど……説得する振りをして時間を稼いでいる間にさくっと私を帰して欲しいんだけど。もちろん、聖地にいる人が還りたいって言うなら、その人も一緒に――」

 この世界で珠玉のごとく大事な乙女――とフィデールは最初にそう言った。だから皆乙女の発言を大事にするのだと。
 でも私は“乙女”の存在が必ずしもこの世界にとっていいとも思えない。だって現に乙女を巡って大国が水面下で動いているような状態なんだもん。
 それに、本当なら別の世界の人が他の世界に影響を及ぼすようなことをするのは良くないと思うんだよね。だから聖地に行ったら、乙女だと思われている人も一緒に連れて還りたい。
 そしてこの世界のことはこの世界の人たちに任せればいい。ラ・ノーチェは現状維持になるだろうし、ラ・ルースはちょっと荒療治が必要そうな気がするけど、でもやっぱり私が出しゃばることじゃないと思う。
 私はそこまで説明すると、フィデールは感心した眼差しを私に向けていた。

「なんか……ミオさんはすごいことを考えますね」
「そーかな?」
「ああ、でも彼も同じようなことを言っていました。本当に同じような考え方をするんですね、貴方たちは」

 確かにアスル・アズールも言っていたな。乙女と下手な予言のせいでここと緊張状態だって。
 でも似てると言われても、あんまり嬉しくない気が……

「確かに、この世界のことはこの世界の人が、この国のことはこの国の者が――そうするべきなんでしょう」
「うん、だから乙女はいなくなったほうがいい、って思う」
「そう……ですね」

 場合によっては“力”を使えば多少のことは乗り切れそうだけど、でも、その“力”もこの世界にどう影響を与えるか分からないしね。出来ればそういうのを使わないで話を進めたい。
 そのために力強い味方が必要なんだ。

「だから協力してほしい。私が乙女だと他の人にバレないように。聖地にいる人が利用されないように。そして、この世界があるべき姿のまま未来へいけるように」

 ちょっと最後のは大げさだけど、乙女ってのは別にいらない存在なんだと、できれば例外を作りたいから。
 六代目の乙女の時のように、国の力関係を歪めたりしないようにしたいし。

「そうですね、ミオさんが言いたいことは分かります。まだ何をしていいのかまだ分かりませんが……」
「まあ、それは私も雲を掴むようではっきりとしてないけど――とりあえず、私はアスル・アズール対策かな。あっちがどう動くか分からないから、できればこれ以上、私が女であることを認めさせたくないというか……」
「そうですね。確かに彼にその気になられたら手の打ちようがありませんし」
「そうなんだよ……」

 本当にこれが一番厄介なんだよね。
 でも、たぶん、私はアスル・アズールを……ううん、誰かを好きになることはないと思うから。
 恋愛に関する話は、私にとって嫌な過去を思い出す。
 好きでこんな性格になったわけじゃない。女として可愛げがないのも百も承知だった。
 でも、それでもいいって言っていたのに。

球生みお……球生は僕がいなくても一人で大丈夫だから。……だから、別れてほしい……』

 よく使われる別れの言葉。
 でも、それでも言われるほうはキツイんだよ。
 未だにあの時の言葉は胸に突き刺さったまま、抜ける気配がないままでいる。

 

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