第16話 崩壊の兆し

 スサナを味方にするのは簡単だった。
 お姉さんが彼女の鎖になる――それに付け込むのは卑怯だと思うけど、なりふり構ってはいられなかった。でなければ、間違ってセランが殺されることになる。
 今でも王のことは憎い。
 でも、それだけでなくなっているのも確かだった。目を閉ざして見なかいふりをしていたことを止め、自分の周りのことが目に入るようになったせいで。
 それは自分の望まないことも多かったけれど、知らなければいけないこともあった。

 そして、今の私は復讐よりも、お父様が殺された真相を知りたい気持ちのほうが強くなっていた。
 セランに聞けば何か分かるかもしれない。けれど、もしお父様が本当に罪を犯していたとしたら――きっと、たぶん嘘をつく。適当な理由をつけて、私を余り傷つけない話を作り上げる。
 セランが何故ここまで私のことを気にかけてくれるのかわからない。でも、セランの口から真実が出てくる可能性は低いように思えた。

 なら真実を知るためにはどうしたらいいのかしら?
 うーん……と考えても、思い当たるのは王本人か、ルイス様くらい。
 でも王とはあれ以来会っていないし、ルイス様に尋ねても古傷を抉るだけのような気がして――ぐるぐる思考を巡らすだけで日々過ぎていく。

「シェル様、では行って参ります」
「気をつけて。やることが多いから今日一日では無理でしょう? お姉さんの所で休んできてもいいわよ」
「お気遣いありがとうございます、シェル様」

 今日はスサナの里帰りの日だった。
 彼女は今回、姉の様子を見ることと、遅効性の毒を探すこと、そして、私の知り合いに手紙を届けることが目的だ。
 スサナの行動に制限をかけられたけど、これで上手く毒を持ってこられたらどうしようと、こちらも頭を悩ませる。
 でもあれ以来、スサナは一度も王のことを口にしなかった。王を殺すということの難しさや恐ろしさを感じたのかもしれない。それにスサナは私のことを信用したようだし、上手くやれば暫くの間、適当に誤魔化して過ごすことは出来るだろう。

 それよりも真実を知るほうが私にとっては優先だった。でも他の方達は自分を磨くこと、得になること、そういったことに熱心で、世情に関しての知識は乏しい。
 仕方なくルイス様にそれとなく話を持って行ってみるが、四年前の出来事はあまり口にしたくないのか、あからさまに話題を変えられる。ミセス・マレコットも同様なのか、すぐに話題を逸らすためにお茶を注ぎ足したりとルイス様の間に入ってくる。
 結局、スサナとの会話の後、あまり進展していないというのが事実だった。
 その間もセランは何度か忍んでくる。意を決して尋ねようと思っても、やはりはぐらかされてしまう。
 私はなんのために後宮ここに来たのか……分からなくなっていた。

 

 ***

 

 スサナから手に入れた毒は、寝所に隠すように置いてあるが使うことはなかった。
 けれど平穏というのは永遠と続くわけではない。進展しないと思っていた日常が、少しずつ変わりだす。

 まず一つ目は、セランが前より忍んでくる回数が減ったこと。
 これは別にどうでもいい。何度も気軽に来られては、もう気を許したのでは? とスサナに言われかねない。
 彼女も一応私の方についたけれど、バレリー候を裏切ることに気が引けるのか、落ち着かない日々を送っている。
 彼女の姉のことは私が渡した手紙により保証されている。そのせいか、例え自分の身が危うくなっても、早めにケリをつけたいようだった。

 そして二つ目。王が後宮に足を運ぶようになったこと。
 こちらはすごく困る。もしなにかの間違いでセランが来ている時はち合わせしたら……なんて言い訳すればいいものか。いくら王弟といえど、後宮にいる女に手を出したなど、許されることではないだろうし。
 けれど王が後宮に足を向けるようになってから、セランの姿を誰かが見たのか――私の所にも来ていると勘違いしてしまった。
 こうなると、ばれるのはもう時間の問題で、最近の私は常に苛々していた。

「シェル様、少し落ちいてくださいませ」

 目の前に差し出されたカップと声に我に返る。顔を上げると心配そうにのぞき込むスサナがいた。

「ああ、ごめんなさい。つい考え事をして……」
「仕方ありませんわ。最近ここでは王の話題が多いですし……こうなると目的を果たすのも難しくなってしまって……」
「ええ、そうね」

 本当はそれだけじゃないけれど、という言葉を飲み込んで、スサナが出したカップに手をつける。最近、スサナは私の好みを理解したようで、ある地域の茶葉を仕入れるようになった。そして少し濃いめに入れてくれる。それを口に含んで味わうと、少しだけ落ち着いた。
 自分から味方になるよう引き入れたのだけど、スサナは献身的になってくれて、彼女の出したものなら安心して口にできるようになっていた。
 最近では王が私の所に来ている――という話のせいで、風当たりもきつくなっている。でも可笑しなことに、それが王の耳に入らないのか、まだ問い詰められていない。
 それが逆に怖い。いつだって平穏というのは急に破られるものだから。安心した時が一番怖い。だからいつの間にか気を張ってしまう。

「シェル様、少し気分転換でもされたらどうですか?」
「気分転換、ね。でも本はあらかた見てしまったわ。ここでは出来ることは限られているし」

 本来なら体も動かしたい。特に剣の扱いなどは日々鍛練を怠れば、すぐになかったものになってしまう。
 ここへきてもう半年は軽く過ぎてしまった。もう、トールに教えてもらったことを実践できるか怪しいほど時間が経ってしまっていた。

「でも……そうね、少し庭を歩こうかしら」

 それでも体を動かさないよりはましかもしれないと思って、カップに残っていたお茶を飲み干すと立ち上がる。
 でもそれをスサナが止める。

「スサナ?」
「あの、冷えてきましたので、あまり出歩かないほうが……」
「確かにまだ寒いけれど、まだ日が出てるわ。もうすぐ春ですもの」

 ここは内地で山に近いため、冬は雪がありかなり冷える。
 でもまだ日は出ているし、ここ数日晴れていたため、庭に雪もほとんどない。ショールでも羽織って出れば問題ないはずだった。

「ですが……」
「どうかしたの? さすがに庭に出てまで文句を言ってくる暇な方はいないわよ?」
「いえ、シェル様は気付いていらっしゃらないんですか?」
「何が?」

 歯切れの悪い言い方に、また少し苛々した気持ちが戻ってきてしまう。
 でも味方にしたのだから、以前のように八つ当たりするのは気が引けてしまう。
 仕方なく待っているとと。

「しっかり確認されているわけではないので、断言できませんが……」
「だからなんなの?」
「あの……もしかしてシェル様は、その……王の御子を身ごもられてるのではありませんか?」

 王の御子を身ごもられている――そう聞いても、私はすぐに理解することが出来なかった。
 だって、ここへ来た目的を考えれば、絶対にあり得ないことだったのだから。

 

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