第17話 真実-1

 一瞬、スサナの言ったことが理解できなかった。
 もちろんスサナが遠慮がちに言ったせいもある。はっきり『妊娠している』と言われたほうがまだ理解できたかもしれない。
 けれど、それを理解しても信じられなかった。
 私の中で、明らかにその可能性を考えないようにしていたから。

「そ、そんなこと……冗談はやめてちょうだい?」

 いくらなんでも……と思っても仕方ない。でもそういうことをしているのだし、出来ても可笑しくはない。
 でも……それだけは信じたくない。

「冗談ではありません。私が知っている限りでも、もう四ヶ月以上経ちます。それに、王はシェル様の所へ、それ以前から来られていたのではありませんか?」
「それは……」
「失礼を承知で言いますが、その……シェル様は月のものも最近ありませんわ。ですから……」
「でもそれは昔からのことよ? 特にここへ来てからは緊張からか、いつもしっかり来たことがなくて……」

 自分でも語尾が弱くなっていくのが分かる。
 今言ったように確かに私は不安定で、定期的にくるほうが珍しい。
 でも、いつからない? いつからセランと関係をもつようになった?
 ……最初にセランと関係をもったのは、後宮ここに来てから約一か月後――もう、半年くらい経っている。
 頭の中で後宮に入った日まで遡り、その日数と体調の変化に私は自分でも驚いて声が出せないでいた。

「し、シェル様……? あの……」

 スサナも私がこんなに驚くとは思わなかったのだろう。おろおろと私を見てどうしようかと迷っているようだった。
 確かにそうでしょう。殺しにきたはずなのに、逆にその男の子を宿しているかもしれないなんて。
 さらに、私はその子供の父親が、王でないことを知っている。
 これでは次に王の前に立った時は、自分の死を宣告される時になる。何も出来ずに終わってしまう。

「わ、私、ちょっと出かけてくるわ」
「シェル様!?」
「心配しないで。外には出ないから」

 そう答えながらショールを羽織り、私は慌ただしく部屋から出た。
 相談できるのは……ルイス様しかいない、と思いながら。

 

 ***

 

 いつもなら、ルイス様からお呼びがあって訪ねるか、もしくはミセス・マレコットを介してルイス様に承諾をもらってから訪ねる。
 一応、王も承認(?)しているので、普通に行くことはできるけど、あまり表立って西のほうに行くと、誰かの目に留まりかねないので、それは控えていた。
 でも今は、一刻も早くルイス様に会いたくて、ミセス・マレコットを通すことなく、西の部屋に足を向けていた。
 何をどう順序だって相談していいのか分からない。でも、少なくともルイス様はセランのことを知っていて、そして、セランが私に対して好意的だということを知っている。
 他の人には相談できないことができる。その気持ちが私をルイス様の所へと向けていた。
 ルイス様の部屋へとたどり着くと、一息ついてから扉を叩く。すぐさま「どうぞ」という返事が返ってきたので、静かに扉を開けた。

「失礼します」
「あら、シェルじゃないの!」

 私のほうから訪ねていくのは珍しい。
 そのためルイス様は椅子から立ち上がって喜んで迎えてくれた。

「少し……よろしいでしょうか?」
「少しどころかゆっくりしてってちょうだい。シェルから来てくれるなんて嬉しいわ」

 ルイス様は喜びながら、ミセス・マレコットにお茶を持ってくるよう指示する。彼女も主が喜んでいるのを見て、「急いでお茶を持ってきますわ」と答えて出ていった。
 今、この部屋にはルイス様と二人になった。話をするのに丁度いい。
 ルイス様はとりあえずとばかりに椅子をすすめた後、部屋にあったお菓子を目の前に置いた。お茶はまだだけど我慢してね、と言いながら。
 でもお菓子をつまむ気にはなれず、それを見た後、話を切り出した。

「あの、ご相談したいことが会ってきたのですが……」
「何かしら? もしかしてセランが悪さでもして?」

 さすが母親。セランの性格をよく知っているようで。
 舌を巻くとはこのことかしら。
 でも何から相談しよう……と思ったところで、はたとセランの居場所を知らないことに気づく。後宮に忍んでくるのだから、近くに住んでいるのだろうし忍び込む方法も知っているだろう。
 となると、まずルイス様に相談するより、セランの居場所を聞いて彼と話をしてからのほうがいいのかしら? さすがに後宮に入った女性が、王族であれど他の男と密通しているなど、かなり衝撃的だろうし。

  ……って、ちょっと待って。
 私は後宮ここにいる貴族の娘と知っている。
 ……ってことは、ルイス様は私が何のためにここに居るのか知っているってことよね。だとしたら、どうしてセランとの関係に口を出さないの?
 セランに釘を刺しているわけでもなく、また、私を咎めることもなく――そして、王に言うわけでもない。

 どう……して?

 ふとした疑問は大きくなり、次から次へと湧き出てくる。

「シェル?」

 質問したいことがあると言っておきながら、黙って青ざめてしまった私に声をかける。
 肩に手が触れた時、私は驚いて体が軽く跳ね上がった。

「どうかしたの? シェル」

 心配そうにのぞき込むルイス様に、何か言おうとしても震えて言葉が出てこない。
 何か言わなければ……と思っていると、ミセス・マレコットがお茶を持って戻ってきていた。

「ああ、ありがとう。それとベス。悪いけれど席を外してもらえるかしら?」
「あ、はい。どうかされたんですか?」
「少しシェルの気分が優れないようなの。場合によっては休ませたいから。ごめんなさいね」
「いえ、それでしたら失礼させて頂きます。何かあればお呼びください」
「ありがとう」

 ミセス・マレコットが頭を下げて部屋を出ていくのを見える。
 話をしなければ――そのために来たんですもの。心を落ち着かせるために大きく息を吸って、それからルイス様を見上げる。

「あの……セランと少し話がしたいのですが、ルイス様はセランがどこにいるか、ご存知ですか?」

 問えば、今度はルイス様のほうが青ざめる。
 私、そんなに変なこと聞いたのかしら?

「あの……ルイス様……?」
「……あ、ごめんなさい。そうね、シェルには知る権利があるわね」
「ルイス……様?」

 知る権利ってなに?
 私はただセランの居る所を尋ねただけなのに。
 でも、ルイス様にはそう思えなかったみたいで。

「ちょっと外に出たいのだけど、付いてきてくれるかしら?」
「は、はい……」

 いきなりすぎてルイス様が何をしたいのかわからなかった。
 でも促されるまま席を立った。背もたれに掛けたショールをもう一度羽織り、庭へ続く大きな窓から部屋を出る。
 ルイス様は私の前を何も言わずに歩く。
 声をかけられるような雰囲気ではなく、私も無言のまま付いていった。

 どれだけ歩いただろうか。後宮の中がこれだけ広いとは思わなかった。
 いいえ違う。もうここは後宮ではない。
 もういくつか門をくぐり抜けた。そのたびに人がいて、ルイス様を見て静かに頭を下げ道を譲った。ルイス様がここを歩きなれていると見ていいのだろう。
 そして少しずつ人気も物もなくなり、閑散とした場所になる。城の中だというのにかなり広い場所に出ると、中央には小さな石碑が一つ。

「ルイス様……ここは……、いえ、これは……」

 嘘、違う。こんなの、違う。
 頭の中で否定する。
 でも、私が言ったことに、ルイス様が答えてくれるのだとしたら……

「たぶん……あなたの想像通りよ、シェル……」
「……」
「ここで眠っているのが、本当の『セラン』なの」

 ルイス様が答えたのと同時に、一陣の風が私たちの間を吹き抜ける。その風の冷たさ以上に、全身が冷えていくような感覚に陥った。
 信じたくなかった。そんな言葉。
 なら、私の前に現われていたのは誰だというの?

 答えは、ひとつしかない。

 あの、明るく気楽に見える男もまた、王、だったのだ。

 

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