空にはいくつかの細い雲がたなびいている。その澄んだ青空を見上げながら、わたしは、はぁ、とため息をついた。
 すると、隣にいた白いふさふさした大型犬が、ウォンと、催促するように一声。

「ああ、ごめん。ジョン。はい、残りのお肉」

 そう言って、ジョンに持っていたお肉を上げると、嬉しそうにパクついた。
 お肉を食べているジョンの背を撫でる。ジョンはわたしに大しては食べている時でも触らせてくれる人懐っこい子だ。その毛並みを堪能しつつ、「日常っていいわねー」と呟く。
 お城での怒涛の日々をちょびっと懐かしく思いながら。

 

  ***

 

 お城で数日間滞在し、ついに王子が気に入った女性に声をかけるときがきた。
 その頃にはもう、わたしのことは知れまわっていて、みんなわたしのことを選ぶんだろうな、っていう目で見ていた。
 いや、わたしにはその気なんてないんですが。
 それはさておき、なにもかも王子とアールが何かしら声をかけてきたせいだ。
 でもあれは、口説くっていうより、ちょっかいって言うほうが合っているわ、うん。
 そんなこんなで、最初の日にパーティがあった大広間に呼ばれると、王子自らわたしに側に来て声をかけれた。

「ミス・オリファント、私と結婚してください」

 単刀直入なプロポーズに、周りの人もざわめく。
 ああやっぱり……と思わないでもなかったけど、用意しておいた返事を口にする。

「王子様にそう言われるのはありがたいことですが、恥ずかしながら、我が家はとても困窮しておりまして、まともな支度などできません。それでは選んでくれた王子様に恥をかけさせてしまいます。できましたら、他の方を選ばれますよう――」

 長々とお断りの口実を語ってから、深々とお辞儀をする。
 そのお断りの内容に、周りはざわめき、義姉と義母(なぜかいる)がものすごい形相で睨みつけている。
 そりゃそうだ。オリファント家の没落の様はすでに噂に上っている。
 派手な生活を好む義母と義姉。
 それを埋めるべく、仕事に明け暮れる父。
 その様子を見ながらも、それをオリファント家の者がそれを認めたことはない。

「いや、そのことについては……」

 と王子が口を出そうとするのを遮り。

「王子様はお優しいですわ。ですから、我が家のことを考えて下さっているでしょう。ですが、これは我が家の問題です」
「ティナ、だから……」
「好意はありがたく頂きます。ですが、王子様のお手を煩わせる気もございません」

 こうして、わたしは王子の申し出をきっぱりと撥ねつけた。

 

  ***

 

「いやー、それにしてもホンッとよくきっぱり断れたもんだわ」

 そりゃ、玉の輿にふら~っと傾きかけたことは否定しないわよ?
 でも王子に対しても、アールに対しても恋愛感情というより、異性の友達としか思えなかった。
 なんでかなぁ? と考えて、王子のボケっぷりや、アールのなんでも面白がる性質のせいだと気づく。
 そうよね、あれってあんまり口説かれてるって気がしなかったわ。
 しかも一人からじゃなくて同じ顔をしたの二人だから、なんていうか……そう、まるで三流SF小説を読んでいるような気分だ。
 とりあえず人生経験の一つとして思うようにする。

 あ、ついでにいいことが一つ。
 我が家の困窮ぶりを周囲に知られてしまって恥ずかしくなった義母は、父と別れることにした。
 見栄を張りたがる義母は、派手に遊び回っているのに、内情は家計は火の車というのがばれてしまったのが気に入らなかったらしい。噂になるほど我が家の没落ぶりは知れ渡っていたが、あくまで噂、認めようとしなかったけど、わたしの一言がとどめを刺したようだ。
 こんなことなら、さっさとばらせば良かった。
 まあ、多少同情しないわけじゃないの。あの人、どうもいい家のお嬢さんだったらしい。で、最初に結婚した人とは大恋愛したけど、貧乏な生活だったとか。
 結局、お嬢様がその貧乏暮らしに耐えられるわけもなく、数年で破局。家に帰ったものの、厄介者扱いだったところ、父と出会い、父が惚れて――ちょっと意外だった。でもまあ顔は綺麗だし――熱意に絆されて結婚に至ったらしい。

 でも、良家の娘として物を与えられていたのと、結婚して妻になり、その家の財産に手を出せるというのはまったく違うというのに気づけなかった。
 自分の手で何でも手に入ると思い込んでしまったのに、お金のほうは与えられていた頃と同じように思い込んでしまった。だから財産管理とか全然気にしなかった。
 まあ、でも同情っていってもちょっとだけね。
 一度は貧しい思いをしてるんだもの、その辺りをもうちょっと学んでいてもいいはずだ。

 それはさておき、お城で大声でわたしを罵倒し、周りに抑えられている間に――落ち着くように少しの間お城に置かせてもらった――わたしは家に戻って、あの人の金庫から全てを取り出した。
 そしてその後また鍵をかけ、作った複製の鍵は厨房の窯に放り込んで溶かしてしまった。
 証拠隠滅ってヤツね。
 戻ってきてからそれを見てまた煩かったけど、元々うちのものだし金庫の中身は別の所に移してあるから、証拠なんてどこにもない。
 喚き疲れた義母は、義姉と一緒に肩を落としながら出ていった。
 童話のシンデレラの続きは、義母と義姉はお城に呼ばれていった時、今までの報復にと真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされたというから、一文無しでも無傷で出ていけるだけマシってもんよね。
 わたしとしても、そんなラストは後味悪くて嫌だし、素直に出ていってくれてほっとした。

 今は、父の仕事を手伝いと家事をしている。
 それにしても父のうっかりさんには驚いた。これじゃあ、仕事も上手くいかないはずだ、とため息をつきつつ、アドバイスをしているうち、気づくと結構口を出すようになっていた。
 今じゃあ秘書のような感じ。
 これが思ったより面白い。今まで家と町のちょっとしか知らなかったわたしにすると、とても新鮮だった。おかげで仕事一筋っぽくなっちゃってる。恋愛に関しては発展ないものの、充実した毎日を送っている。
 うん、やっぱりあの時しっかり断っていて良かった。

 

  ***

 

 大広間にいた人たちを戻してから、王子と二人きりになった。
 すると、どこからかアールが出てきて、王子のプロポーズを断ったなら、自分と――というから、ぼそりと小さな声で断った。

「いいえ。それに、わたしにはその……好きな………が、いますので」

 そんなこと聞いてない、と鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする二人。
 ははは、確かにそーだろう。言ったことなかったもん。
 王子より早く気を取り直したアールが、「誰!?」と聞いてくる。

「その……わたしの一方的な思いですので、言えません」

 目を伏せ気味に、片思いだから今まで言えなかったの、をアピールする。
 それで食い下がるアールではないし、一足遅れながらも、王子も「そこをなんとか」と聞いてくる。

「いえ、わたしのせいで迷惑をかけるわけにはいきませんので」
「でも僕としては、王子としての面子もあるんだけど」

 いえいえ、アナタのメンツなんて知らんがな、と心で呟く。

「俺も知りたい。俺たちを振ってまで好きな人ってどんなヤツ!?」
「ですから……」
「なら勝手に調べるけど?」

 う、それはマズイ。

「言ったらそんなことしませんか?」
「一応、納得できれば」
「そうだね、仕方ないけど……」
「そうですか」

 仕方ない、ここは二人を納得させるためにも――

「名前はジョンと言います」
「ジョン?」
「またありふれた」
「でもそういう名前ですから」
「ふーん、じゃあファミリーネームは?」
「ナイショです。」
「勝手に調べるよ?」
「してもかまいませんが、それが分かった時点で、修復不可能なほど嫌いになります。たとえ王子でも、プライベートに勝手に立ち入る人を許せるほど、わたしは寛容ではありませんから」

 そう言ったのが聞いたのか、二人の追及はやんだ。ああ、良かった。

 

  ***

 

 過去に思いをはせていると、ジョンがかまって欲しいのかいきなり飛びついてくる。

「うわっ、ジョン!?」

 大型犬のため、飛びつかれるとけっこう重い。倒れそうになるのを堪えながら、ジョンの頭を撫でる。
 ふふ、好きな、ってのが犬だたなんて思わないでしょうね。
 そしてその時の二人の顔を思い浮かべると、声に出して笑いそうになる。

「あー、でもジョンのことは好きよ、ホント。あんたのことをほったらかしにしてお城に行っちゃうのも気が引けたし」

 ジョンは飼い犬じゃない。近くの森にすんでいる野良犬。でも元は飼い犬だったみたいで、すごく人懐っこい。わたしにもすぐに懐いた。きっと寂しかったのかも――そんな風に浸っていると。

「ふーん、ジョンって、犬だったんだ」

 聞いたことのある声で、ピシリと固まる。

「ということは、僕たちは犬に負けたってこと?」
「そうらしいな」

 あ、あはははは……どうやら、王子まで一緒のようで。
 でも悔しいから表に出さず、振り返りもせず。

「そうよ、わたし、好きな……っていったけど、人と限定してないかったもの」
「おい、それって詐欺じゃあ……」
「あんたたちに言われたくないわね。それなら、あのとき残った人たちを先に騙したのはあんたたちだし」

 王子と二人で話をする前のサロンで、あろうことは二人は入れ替わっていたのだから。
 痛いところを突かれたのか、二人はそれ以上そのことは言わなかった。
 けれど。

「でも、ティナの片思いだっけ? しかも犬。となれば、再チャレンジしても問題ないよなぁ?」
「はあ!?」

 アールの言葉に、思わず振り返ってしまう。
 ニヤリと笑ったアールの顔を見た瞬間、しまった――と思った。

「俺と結婚し――」
「ちょっと待った! プロポーズなら僕のほうが先にしてるんだから。僕だって、まだ諦めたわけじゃないんだし!」
「…………ハイ?」

 アールの言葉にかぶせるように、王子のこれまた意表をつくセリフが飛び出して、わたしは目が点、としかいいようのない状態になる。

 まてまてまて、さっきまで、ほっとめでたし、じゃなかったの!?
 違うの? まだあるの!?

 心の中でツッコミを入れていると、案の定、二人は牽制しながらもわたしに言い寄ってくる。
 あー……客観的に見ればすごいことなんだろうけど……ああ、駄目だ。この二人に対してそういう目で見れない。

「あー……、がんばっている最中ごめんなさい、失礼しますっ!」

 と、それだけ何とか返して、脱兎のごとく逃げ去った。

 それから……奇妙な三角関係を続けることになる。
 が、その三角関係がどう収束を向かえたのかは、もう疲れ切ってしまって詳細は語りたくもない。
 ただたまに、あの怒涛の数ヶ月を思い出すのみ。

 

あとがき

サイト再構築中に、ブログで続けたもの。
いやもう・・・恋愛には発展させられませんでした(汗)
ティナの性格と二人の性格で・・
(一応最初は恋愛に発展させるつもりだったのよ。でも、アールはあんな感じだし、王子は大人しい感じだけどどこかずれているし、どちらもティナは選ばなさそうで;)
まあ、こんな終わりもあるさ!ということで、終わらせるのだ;

2010.3.10 ひろね

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