王子が花嫁を決めるためのパーティ。そのパーティに呼ばれたわたし、ティナ・オリファントは気づくと妙な状態に陥っていた。
 どうしてそうなったのか、原因を突き止めようとしても、何が原因なのか分からない。
 いや、あるとすれば、庭に出てアールのあの姿を見てしまったことだろうか。でもそれが原因だとは思えないというか、馬鹿馬鹿しくて思いたくない。
 だって、そうだとしたら、ほんのちょっとの行動で運命というものは変わってしまうからだ。今ここで、この紅茶を飲むかどうかだけでも、この先どう変わるか分からない。
 ああ、なんかわたしって哲学的よね。

「おい、いい加減現実逃避するのはやめろよ」

 呆れた顔でツッコミを入れるのはアール。

「そうだよ、せっかくお茶もあるんだから、考え事しないで美味しく頂かなくちゃ」

 ね? とのほほんとした口調と、お菓子を差し出してくれるのは王子であるアルフィージ。
 しっかりそのお菓子を手に取ってむぐむぐと無言で食べる。
 でも現実逃避したっていいじゃない。
 ちょっと前、王子がわざわざ尋ねてきた。
 これでまた他の女の人の鋭い視線が……ああ、痛い、というのはおいといて、どうみても特別扱いされてしまった。
 ご丁寧にお茶とお菓子持参で――お付きが持ってきていた――来られたら、追い返すことはできず、部屋に招くことになった。思ったよりわたしは流されやすい性格のようだ。
 お付きの人はお茶を机に置いた後、すぐに部屋を出たので、いきなり王子と二人きり!? と思ったら、窓からアールがひょっこり現れた。

「や。」

 軽く手を上げてにこやかに。
 王子と二人きりよりいい、と思って招いてしまったのが運のツキ。アールと王子が狙ってやったのに気づいたのは、置いていったカップが三つだったのを見たときだった。
 アールのヤツはちゃっかり椅子に座って、カップを差し出すのを待っている状態。深い深いため息を思い切り吐いた後、仕方なく三つのカップに紅茶を注ぐ。
 そういった経緯で三人でお茶をすることになったのだけど、こうなると、もう何か言えば墓穴を掘りそうで黙ったままのほういいような気がした。
 ――のに、お茶をするだけで二人は満足するわけもなく、先程のような、それぞれの性格を物語ったようなツッコミが入るのだ。

「で、あんたらは一体何をしたいわけ?」

 もう墓穴でもなんでもいい。馬鹿馬鹿しいこのお茶会を終わらせられるなら――と思って尋ねた。

「見て分からない?」
「分からないのか?」

 けど、二人して似たような返答が返ってくる。

「分からないから聞いてるんでしょうがっ!」

 が、こちらとてこれ以上振り回されたくない。
 ちょっときつめに返すと、二人はそれぞれ考えてから。

「僕は、今回の花嫁候補にティナの名前を一番にするつもりなんだ。だから色々話をしようと思って来てるんだけど?」
「俺としてもティナは面白いから、アルに譲るのもったいないって、俺もきゅーこんしてるつもり」

 王子の悪びれない返事と、きゅーこん、と気の抜けたような言い方をするアールに、もう脱力するしかない。
 力尽きて机の上に突っ伏すように倒れる。

「ティナ?」
「どうしたの?」
「いや、もう……あんたら二人にまじめに答えようと思ったわたしが馬鹿だったわ」

 もう、王子だの、近衛隊の人だの、そういったことは吹っ飛んで、普通の口調でぼやく。

「ねえ、なんでわたしなわけ? 王子もアールもその顔なら誰だって選べるでじゃない。それに、うちの事情知ってるでしょ? こんな面倒なの、選ぶんじゃないわよぅ……」

 頭がついていけなくて、何を言っているのか分からなくなる。
 ちょっと経って少しだけ頭の回転速度が戻ると、自分の言ったことに対して恥ずかしくなった。だって、これじゃあ家を、わたし自身を自分で貶めている。
 なのに、二人は。

「俺にとって面倒ってのは、楽しいってことなんだけど?」
「僕は……僕の手をとってくれれば、ティナの家の問題なんてすぐに解決できるよ?」

 …………あの、更に脱力するようなこと、言わないでください。
 って、それよりも。

「あのね、うちのことをどうにかしてくれるのはありがたいけど、王子が何かするってことは、この国のお金で解決するってことよね?」

 借金はもちろん、家の維持にもお金がかかる。なにより金食い虫がいる。
 それらを何とかするというのなら、相当なお金が必要になる。
 王子は軽く首を傾げて少し考えた後。

「うん、そうだと思う」

 思うって……自分が何をしようとしているのかあまり自覚がないのか!?
 そう思うと、頭に血が上って。

「あのね! 王子がうちにお金を使うってことは、国のお金を使うってことでしょ!? それって税金払っている身になれば、すごく嫌だと思うんだけど!!」

 わたしはともかく、父はそれなりに税金を納めているはずだ。
 それだけじゃない。いつも行く質屋のおじさんだって、肉屋のおじちゃんだって、八百屋のおばさんだって……みんな働いてお金を稼いで、その一部を税金として納めている。
 それを勝手に使うなんてできないし、あっさりと言う王子にも腹が立った。

「うちのことはうちのこと! あれは父のせいなんだから、父が責任を取ればいいの! 金食い虫はお金が無くなれば居なくなるわよ!」

 ……その前に、我が家が破産してるだろうけどね! と、心の中で毒づくが。

「そういうもの? でも、この国の未来の王妃になるなら、実家が破産ってのも困るんだけど」
「それはそっちの勝手! 人の家の事情に口出すより、もうちょっと国政について勉強しなさい!」

 興奮して机をバンッと叩きつつ、王子に説教たれる。本当はそんなことを意見できる立場じゃないのは承知しているけど。
 と、怒りと反省が頭の中を行き交っていると、今度はアールが口を出してくる。

「なら、俺は?」
「は?」
「俺ならティナの家に入ってもいいし。婿ってヤツ? これなら国の金使わないで住むし、見たとおり俺って口八丁手八丁だし。役に立つと思うけど」

 と自慢げにアピールする。
 でも確かに、アールの処世術は見事だと思う。あのサロンにいて、誰一人、王子と入れ替わっていることに疑問を抱かなかった。それは口八丁手八丁に加え、機転が利くからだと思う。
 と、ふら~とアールのほうに傾きかけている時にはっとなる。

「……念のために聞くけど、商才とまでは言わないけど、商売をしたことは?」

 確か父が借金返済のために何かしていたはず。
 そう、借金返済のためには働かなければいけないわけで、そうすると、今、父がやっている事業を継いで上手く回していくのが手っ取り早い。そのためには商才が必要だ。

「うーん、商売に関しては……俺、近衛隊だし、後はアルの代わりやってたし」
「なら却下」
「えー?」
「口八丁手八丁でも、すぐ使えないなら意味ないの!」

 不服そうなアールに対して、きっぱりと言い放つ。

「えと、じゃあ、ティナの義母と義姉を捕まえて牢に入れるとか?」
「は?」

 いきなり突拍子もないことを王子に言われ、間抜けた顔になる。

「だってティナの話だと、その二人がいなくなれば多少は良くなるみたいだし」
「捕まえるなら罪状は?」
「えっと……ティナの家を破産させようとしてるんだし……」
「そうはいっても法的に父と結婚していて、その財産は共有することになる以上、牢に入れるような罪じゃないと思うけど」
「うーん……」
「勝手な思いつきで変なこと言わないで!」
「えーと、じゃあ今度は俺――」

 まだ何か言おうとするアールに頭を抱える。
 頭を抱えながらも、自分の頭で考える。こいつら二人の思惑なんてどうでもいい。
 それに何より先にすることは、夢のような生活でもなく、理想を追うのでもなく、現実的に可能なことを探すことだ。

 そう、哲学的、なんて何も生み出さない。
 わたしにとって必要なのは、現実的な考えなんだ。

 

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