なんというか、あちこちから居心地悪い視線を感じる。
そりゃ、王子から一人だけ贈り物をもらったというのは、残っている人達からすれば色んな意味で興味を引くだろう。こんな感じでは寛げない、とばかりに、集められたサロンから早々に退室した。
出る時に睨まれはしたけれど、王子は部屋の中にいるため、すぐに視線を王子に戻し、何もなかったかのように談笑を始める。その笑い声を聞きながら、静かに扉を閉めた。
部屋に戻っても特にすることがないので、そのまま庭に出て散歩をすることにした。
今日は天気がよくて、雲がほとんどないほどすっきり澄み渡った青い空だ。少し眩しいなと思って見上げていると、「ミス・オリファント?」と、後ろから声をかけられる。
聞いたことがある声だったけれど、いつもと呼び方が違うので、別人なのかしら? ……と思いながら、「はい」と答える。
振り返ってみれば、そこにはアールの姿。
「なんだ、アールか。まじめな声のかけ方をするから、他の人かと思っちゃったわ」
「あの……別人、なんですが。ミス・オリファント」
「……は?」
目の前にいる、アールの顔をした男は頭に手を当てながら、困ったような表情をしている。
さて、ここで質問です。
目の前にいるのはアールじゃない。
王子はサロンで女性に囲まれていた。
なら、この人はダレでしょう?
「ええと……確か、世の中には自分によく似た人が三人はいると聞いているけど……新たな第三の人、でいいのかしら?」
なら、彼の立場はなんなのかしらね。
というか、わたしはこの顔に縁があるのか?
それはそれで奇妙な縁だなあ……などと考えていると、目の前の人は、小さな声で。
「アルフィージです」
と、自分の名を告げる。
えっと、アルフィージって…………………………………………………………数秒、時間を要した後、王子の名前だということに気づく。
「おおおおおおおおおおうぢさまですかっ!?」
「はい、まあ……」
ちょっと照れくさそうに肯定する様子は高圧的なものがないし、アールのような気軽さもない。確かにシャイな王子様という噂は嘘ではないようだ。
でも、王子様はサロンにいるはずで……って、
「……ってぇっ、あっちがアールかああぁっ!?」
考えてみれば、あれだけ大勢の女の人に囲まれていても、にこやかに対応していたっけ。
目の前のまじめそうな王子様には無理な芸当な気がするわ。
……って、本当に面倒なことはアールに押し付けているのね。思わずガクリときて、へなへなとしゃがみ込んでしまう。
「あの、大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃないデス」
あなたのせいで――とまでは付けなかったけど。
元凶である目の前の人物はきょとんとした顔で首を傾げてる。
「で、何やってんですか?」
「いや、ああいうところは苦手で……」
「苦手って……あなたのためのものでしょうが」
「まあ、そうなんだけど、本当に大勢人がいるところは苦手で」
苦手も何も、と返すものの、王子は苦笑しながら。
「まあ、疲れちゃったもんで、アール頼んで代わってもらったんだ。とりあえず、いればみんな気にしないし」
いや、それは間違いなく問題アリだと思うんですが。特にバレた時に――そう思うものの、やはり口にしない。
現状で、二人が入れ替わっているのを知っているのは、招かれた女の人の中ではわたし一人だけのようだし。これ以上クビを突っ込まないほうが絶対いい。
それにしても……と王子の顔を見ると、確かにアールとそっくりだった。又従兄弟でもこれだけ似るのか、と思うほど。これなら確かに気づかない人は多そうだ。
特に王子がアールの真似をするならともかく、アールが王子の真似をしたときなんか。
「で、わたしに何か用ですか?」
楽になりたくてきたのなら、なんでわたしに声かけるのか。
呼ばれなかったら普通に庭を歩いてから部屋に戻ったのに。
たぶん、二人のことを知ってるわたしに、何らかの口止めをしたくて声をかけたに違いない――と判断したんだけど。
「いや、特に用ってのは……ただ、アールがあれほど気にしている人だから気になって。それに昨日、贈り物をしたときの反応も新鮮だったし」
「はぁ」
そんな理由でですか。
あ、贈り物で思い出した。ドレスとか綺麗だけど、家に帰ったら絶対没収されそうだし、もったいないから、次の使い道を考えていたんだけど。
「あ、そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「なに?」
「いえ、このドレスは王子様からですか? それともアール?」
「半々、かな」
「半々?」
うーん、それはまた微妙な。
というか、半々って、アールのヤツ、王子を脅して半額出させたのかな?
「あ、半々ってのは、全部半分くらいってこと。デザイン選んだのも、お金もね」
「そ、そういう半々ですか。って、いつの間に……」
「最初の夜、アールを話してるのを偶然見て。そしたらその後、アールからドレスやら何やらを数点送りたいんだけど、って言われてピンときたんだ。顔を見てたから選ぶ時、こんなのもいいんじゃないか、って一緒に選んで」
「なるほど」
「で、それが?」
となると、二人の了承が必要になるんだろうか。
このドレスたちの次の使い道――売りさばくというのをするのに、贈り主の了承なくするのは失礼だし。
まあ、アールのヤツはまた適当に出てくるだろうから、とりあえず王子のほうだけでもオーケーもらっとこ。
「ええと、実は、我が家はとても困窮しておりまして。なので、戻ったら売りたいんですけど。一応頂いた物なので、贈り主に了承してもらいたいと思ったんですが……」
かなり恥ずかしい申し出だったけど、あれだけのものがあれば、当分の間はお金に困らない。古着になるので値は下がるけど、それでも一流の服飾人が作ったものだろう。そこそこ金持ちの家なら、買ってくれる人はいるはず。
義母に没収されて使われるより、よっぽどいい使い道よね。
「駄目、ですかね?」
黙ったままの王子に、もう一度尋ねてみると、口元に手を当てて笑いを堪えているようだった。
「あのー」
「ごっごめん。まさかそんなこと考えているとは思わなくて……」
「いえ、別にいいですけど」
王子様にはお金のない状態なんて分からないだろうし。
「それはティナに贈ったものだから、ティナが好きにすればいいよ」
「はあ、どうも」
……って、王子がわたしのこと、名前で呼んでる!? しかもいつの間にか普通の口調だし!
でも、王子にしろ、アールにしろ、お城には変わった人が多いのかな。
「なんか、変わってますね。普通なら嫌がりそうですけど」
「そういうもの? うーん……女性に贈り物なんてしたことないから分からないな」
「ないんですか? なら噂は本当なんですかね」
思わず気になっていたことをポロリとこぼしてしまう。けれど、王子は嫌な顔をしないで。
「うん、ないんだよ。今まで療養のために田舎にいたから」
「は?」
王子は確かずっと城にいたはずじゃあ……?
「あれ、アールに聞いてない? 僕は体が弱くて、ずっと田舎のほうで療養していたんだ。最近になって、体に合ういい薬が見つかって、少し元気になったら、速攻で城に戻されたんだ。それが最近」
「はあ……」
ええと、これは、『秘儀! 過去を明かして同情を得よう作戦』!?
これ以上聞かないほうがいいような気がしてくるけど、話を止めることができなかった。
「それまで王子のフリをしててくれたのがアールなんだ。だから、アールのほうがああいう場は慣れているし、そういうのがばれる前に結婚させなきゃ、ってのが父上と母上の考えみたいだね」
「そんな言い方……」
「でも、本当なんだよ」
王子はそれからもう少し細かく説明してくれた。いや、別にいらんけど……と切実に思ったけど。
王子としての振る舞いはアールのほうが相応しい。でも、血統でいけば王子のほうがいい。
でも王子は王宮に慣れないし体も弱いから、とりあえず子どもだけでも……ってのが王様と王妃様の考えだって。
「それは……本当なんですか?」
「嘘……なら、良かったんだけど、ね。父上も母上も、肉親であるけど、それ以上に国を治めるものだから」
諦めたような、寂しそうな笑顔をする王子が印象的で、そして、また厄介事に巻き込まれそうな予感がして、わたしは慌てて立ち上がった。
「あ、あの! わたしが口を出すのもなんですが、王子様が選ばれる女性は、明るくて王子様を笑顔にしてくれるような方がいいと思います!」
わたしみたいに、寂しそうな笑顔をさせてしまうような人じゃなくて。
と、心の中で思ったけれど、そこまで口にすることなく、王子の顔を見ずにその場を立ち去った。