第10話 物語はハッピーエンドで〆るもの?

 結局、自分の思うようにしか動かないユージアルを、どうにかしようなんて考えるほうが馬鹿らしくて、私はあっさり黙り込んだ。
 その間もクリードさんとヒュウが文句を言ってくれているので、そちらに任せる。
 私はというと、起きてしまったルチルの相手。お腹が空いたと」いうので、テルルさんに軽く食べられるものを用意してもらって、食べさせているところだった。

「ほら、あんまり慌てないで……ほっぺに付いているよ」
「んぐぅ?」
「はい、ミルク」

 サンドウィッチを頬張っているルチルの口の端に付いたバターを拭いながら、水分補給にコップに入ったミルクを差し出す。
 ルチルは口の中のものをなんとか飲み込んだ後、コップを手にとってコクコクと飲んでいく。

 それにしても、かなりの時間が経っているのに、ユージアルはまだ頑張っていて、逆にクリードさん達の顔が険しくなってきている。
 どうも説得するネタが尽きてきたという感じで、二人の旗色が悪いけど、私が口を出してもユージアルの意見を変えさせるようなものはないので、歯痒い思いしかできない。
 それにしても本当にタヌキだよね、この王子様――もとい、ユージアル。
 有能というのは認めるけど、冷たいといった世間一般の評価は全く違っていた。超マイペースで我が道を行く。でもそれは人の道から外れまくっているわけではない。
 だからこそユージアルの考えを正そうとするのが大変なわけで。
 今もクリードさんとヒュウが一生懸命説得しているのに、ユージアルの方はまったく気にしていないといった表情だ。

「いい加減、あなたは第一王子であり、もうすぐ王位を継ぐ身だと自覚してください!」
「そうは言うが、そのために王妃になる女性が必要なのだろう?」
「確かに義姉さまは面白くて兄様と結婚してくれたらって思うけど、義姉さまについてその子を送ってくるなんて危険なことには賛成できないよ」

 いいぞ、ヒュウ、もっと言ってやれ。
 こうなると最初にマイペースだと思っていたヒュウのほうが常識的に見えてくるから不思議だ。

「だが、フォリーを一人で行かせたら、ぜったい戻っては来ないぞ」

 当たり前でしょうが――と心の中で同意する。

「かといって、腕の立つのがついていっても撒かれる可能性が高いし」

 あらら、お見通しで――とまた心の中で同意。
 それにしても人のことをよく分かっているわ、ユージアルのヤツ。
 クリードさんは説得する内容が尽きたのか深いため息をついているし、ヒュウもそろそろネタが尽きはじめているようだ。このままだとユージアルが勝ちそう。
 でも本当についてくる気なのかね? 私はもういい加減面倒くさくなってきた。あまりにコト(王子と結婚云々)が大きいのと、展開の速さに、私の頭は考えることを投げ出したいよ、もう。

「あーもう、勝手にすれば?」

「義姉さま!?」
「フォルマリールさん、何を言うんですか!?」
「だってユージアルは、どれだけ説得しても自分の考えを曲げない王子様なんでしょ。ってことは、何を言っても無駄ってことじゃない?」
「それは……でも、あなたも嫌がっていたじゃないですか?」

 やけくそ気味に言うと、クリードさんは意外そうな顔をして、更にその後、投げやりにならないで説得してください、というような懇願する表情になる。
 うーん……日頃のクリードさんの苦労が忍ばれるようだ。でも、こっちも考えがまるきりないわけではない。

「だから今も嫌だって。でも、ユージアルは自分の意志を曲げるつもりないんでしょ?」
「当然」

 すかさずユージアルが答える。
 この間髪入れない答えから、どれだけ時間をかけて説得しても、絶対に首を縦に振らないのが手に取るように分かる。
 だから。

「だから、本人が納得するまで付いてくればいいんじゃない?」
「ですが、フォルマリールさん、ユージアル様は――」
「クリード、出過ぎるな」

 クリードさんが何か言いかけたけど、ユージアルの鋭い声と視線でそれを制す。それを見たクリードさん、気の毒に青ざめて大人しくなっちゃったよ。
 それにしても、ユージアルは人を従わせるような威圧感を持ってるのか。気をつけなければ。

「話戻すけど、それよりも付いてこれるなら付いてくればいいんじゃないの?」
「分かった」

 あっさり頷くユージアルは、ルチルの家までどれくらいかかるか考えていないようだった。

「ただし、ルチルが住んでいる所まで大人の足で十日くらいかかるから。その間ほぼ歩き。根を上げたら即座に置いていく。というより、しぶしぶ了承だから、ルチル抱えてでも強行軍で行く。それに付いてこれなかったら、即、終わりってコトで。で、何かあっても私は決して助けない。それでも構わないというのなら、付いてくればいい」

 一気に言い切ると、どうだ、とばかりにユージアルを見る。口だけでなく、有言実行を見せてみろ、と。
 いくら小国とはいえ、田舎のほうに行けば綺麗な道ばかりじゃない。それに、危険な所だってある。ここに来た頃の私のように、目立たないようみすぼらしい格好で、それでも場合によっては命の危険を感じる時もある。
 そんな中を、私についてルチルの母親のところまで辿り着いたら、ユージアルの言っていることを信じようと思う。

「分かった。それでいい。ただし、無事たどり着いた時は――」
「私の負けってことになるね。そしたらもう一度ここへ戻ってくるよ」
「では決まったな」

 こんな試すようことは嫌だけど、ユージアルだって私を利用しようとしたんだし――まあ、おあいこってことで。
 それに理想的だからという理由だけで、そこまでする必要はない。だから、そこまで出来たら、それなりに私のことを思ってくれたのかなーなんてことも考えている。
 要するに、私ははっきりとした答えが欲しいんだと思う。そして、自分の中にも答えを見つけたい。このあいまいな感情をどうすればいいのか、を。

「さて、本人も承諾したことだし、これで問題はあるまい。ヒュウ、お前は政務をクリードからしっかり教わるんだ。もし私に何かあっても利用されないようになれ」
「ええ!? 急に言われても!」

 私が心の中で自分の気持ちを整理しているところに、ユージアルはまったく動じずに話を次へと進める。
 急に言われたヒュウも驚いて、諦めてうつむき気味だった顔を思い切り上げた。

「急にではない。前から考えていたことだ。今回は期間限定だし丁度いいだろう。それとも病弱な父上に仕事をさせるほど、おまえは薄情な弟だったか?」
「う……」

 いきなり仕事を押し付けられた挙句、薄情などと言われて言い返せないヒュウ。また、気の毒に。
 それにしてもユージアルはやっぱりタヌキだ。私に付いていくのを利用して、ヒュウまで鍛えようとしてる。

「だいたい結婚するとなれば、フォリーの家族に挨拶も必要だろう。今は養子縁組してきちんとティレーの姓を名乗っていることだし、その子の親はフォリーにとって義姉――家族だろう?」

 他人事のように聞いていたけど、いつの間にか進んだ話に、思わず口を挟む。

「ちょっ……こら待て! 付いてくるのは勝手にしろと言ったけど、結婚に関しては頷いてない! 挨拶って何よ!?」
「私がわざわざついていくのは、フォリーの家族に挨拶をするという目的からだが? いくら王族とはいえ、いきなり呼びつけるような真似はしたくない。ここへ戻ってくるというのなら、即、結婚になるが?」
「けっ……」

 …………いつの間にかに目的が摩り替わっていたようで。しかも城に戻る、イコール、結婚って……。
 ……ったく、本当にタヌキだよ、あんたは!

 開いた口が塞がらないうちに、ユージアルは朝一でローザのところに伝令を飛ばすよう指示し、それからユージアルを連れて戻ることになった。

 

 ***

 

 結局、タヌキはどこまでもタヌキだった、と結論に達したのはローザの家に程近いところまで来た頃だった。
 最初は馬車で移動したけど、田舎になってくると道が整備されてなかったり細かったり――とかなり迂回することになるため日数がかかってしまう。四日くらいから徒歩で移動になった。
 子供のルチルに合わせてゆっくりではユージアルを撒くことはできない。なので、場合によっては道を短縮するために山の中をルチルを抱えて移動したりした。
 一応、次期国王を山の中に置き去りにするのは気が退けたので、宿で一言「もう無理だ」と言ってくれれば、城に連絡を出し、その間、宿に泊まらせておけばいい、と思いながら。
 お城で育ってきたユージアルにはきついだろう。次の日には筋肉痛になって泣き言をいうに違いない、と決めつけていた。なのに、歩き始めてもう四日。文句ひとつ言わずに私の後をしっかり付いてくる。
 ふう、とため息をついた後、ルチルのためにも休憩を取ることにした。確かこの辺りは綺麗な小さな川が流れているため、水の補給のためにも丁度いい。

「はい、休憩」
「休憩?」
「そ、近くに川があってね。お水がほしいから」
「あたし、お水くんでくる!」

 ルチルは元気に言うと、水筒を抱えて走っていた。城から出たのと、そろそろ見知った所まで戻ってきたので、元気になっている。
 まあ、この辺りに人の気配はないし、大丈夫だろう――とそのまま見送った。

「子供は本当に元気だな」
「まあね、ローザは師匠の跡を継がなかったけど、それなりに稽古をつけられていたし、ローザの旦那さんもその筋の人だし。そのせいかな、ルチルも元気な子なんだよね」
「そうか」
「それにしても、ユージアルの口からそんな言葉が出るってことは、そろそろ根を上げる気になった?」

 ローザの所までこの進み具合ならあと一日。
 予想より一日早く付きそうで、私としては焦っていた。ユージアルには明日には着くと言っていないけど、ルチルの変わりようから気づいてそうだし。なんとしてでも根を上げさせたいところ。
 そんな思惑はすでにバレバレなのか、ユージアルは意地悪そうな笑みを浮かべる。

「まさか。これでも十年くらい前、国中を歩いて回ったからな。これくらいで上げるような根などないさ」
「へ!? じゅうねんまえ、くにじゅうをあるきまわった?」

 目が点、とはこのことだろう。思わず棒読みのような口調で繰り返す。

「ああ、父上が即位して約五年、どれくらい国内が安定してきたか確かめるため国中を見て回ったからな」
「マジで!? 十年前って言ったら、ユージアルは十二歳くらいでしょう!?」
「ああ、それくらいだったな」

 そんなのを外に出す親がいるのか!?

「信っじらんない!」

 道理で余裕あると思ったよ! 本っ当にタヌキだよ! まったくもう!!

「私の方から頼んだことだ。父上も渋々出したといった感じだったな。だが、十五年前のようなことはしたくなかったのと、自国を知るために父上を説き伏せて、無理やり外に出た。十五年前のことは被害にあった国民だけでなく、私たちも心に傷が残った。もちろん命を亡くした者や、その家族にすれば軽いと言われるだろうが……」

 ユージアルは本当に各地の様子を目にしてきたのだろう。
 ため息混じりに語る様子から、それが窺える。

「そりゃ、まあ……たしかに被害の大きい所は、かなりのものだったって聞いたけど……」
「ああ、私もそう聞いている。だが、それは防ごうと思えば防げるものだ。上に立つ者のせいでこうなったのだから。だから、二度とそのようなことにならないよう、その光景を目に焼き付けようと思ったのだ」

 ユージアルは感情を抑えながら淡々とした口調で語る。でも感情を抑えているっていうのは、私にだって分かった。
 そうか、ユージアルが冷たいとか言われるのは、自分の感情を相手に悟られないためなのかな。相手が家族ならともかく、仕事をなら年上の人が多いだろう。
 ユージアルがいつから国王代理として政務をこなしていたか知らないけど、見くびられない様にするための手段だったのかもしれない。
 ……って、やっぱり無理だわ。私は割りと感情的だから、ユージアルのような真似はできない。それに庶民出身ということでいろいろ言われそうだし。

「ユージアルが……、いい王様になるよう努力してるのは分かったよ。でも、私はなんの手伝いも出来ない。だから……」
「ある。フォリーにしか出来ないことが」

 有力な後ろ盾も何もない。ユージアルの足を引っ張るようなことをしかねない。だから断ろうとしたのに、私の言葉を遮るように言われる。
 それと同時に手首を掴まれて引っ張られる。油断していたため、抵抗する間もなくユージアルの腕の中に納まってしまう。

「ちょっ……」
「家族以外に本音で話せるのは、フォリーしかいない。それに――」

 あごに手をかけられて上を向かされる。ヤバイ、と思った時はもう遅い。逃れることが出来ずにユージアルの唇が私の唇に重なっていた。
 それは触れるだけでなく、悪戯するかのように唇を軽く噛んだりしてくる。時間をかけてやられて耐え切れなくなって、思い切り息を吸いたくなって口を開けると柔らかいものが入ってくる。
 墓穴掘ったー! と心の中で叫んでも遅い。
 更に時間をかけて舌で口の中をまさぐり、そして私の舌に絡めてくる。執拗にといっていいほど。ユージアルはなかなか離れず、途中から何も考えられなくなった。

「…………っは、ぁ……」

 やっと開放してくれた頃には頭が麻痺して体の力も抜けていて、頼りなくユージアルに体を預けてしまう。
 ユージアルはそれを逃さず、私をぎゅっと抱きしめて耳元で囁く。

「こういうことをしたいと思うのもフォリーだけになったし」
「……」

 いや結構です、そんなの――なんて言えるわけがない。もちろん色んな意味で。
 うまく声が出ないのと、何を言っても逃げられそうにないのと、その……自分の答えが分かりかけていたから。
 だって……気づいてしまった。
 理想的な結婚相手というだけなら、ここまでしない。
 旅をしている間も、ルチルをずっと抱えて移動していると、休みを取ろうと言ったり――断るとルチルを抱くのを代わってくれたり。休みを取るのも、旅に疲れたというわけではなくて、私のためだとすぐに分かった。
 それに、気になって振り向くと、冷たい王子という面影はどこにもなく、汗を流しながら私を見て笑みを浮かべる。その目には優しさが見えて、その表情に悔しいけど惹かれていった。
 いつの間にかユージアルに向かって『嫌い』という一言を言えるような存在ではなくなっていた。

 

 ***

 

 今日は天気が良かったので、息子のレニエルを外で遊ばせていた。それを見ながら古びた本を開く。
 見ているうちに見入ってしまい、最後には笑っていた。締めくくりの言葉が、

『タヌキはやっぱりタヌキだった』

 で終わっていた。

「おかあさま、なにわらってるの?」

 レニエルは今年で三歳。書いてある文字が読めず、それを見て笑う私に問いかける。

「これ? これはね、日記なの」
「にっき?」
「そう、その日あったことを忘れないようこうして書いておくの」
「ふーん」

 レニエルにはその意味が分からず、すでに興味をなくしたのか蝶を追いかけて走り出した。
 あの頃は仕事のこともあったから日々のことをきちんと記録していた。もちろん城に来ていろいろあったことも詳細に。これはその頃を綴った日記だった。

「何を一人で百面相していた?」
「ユージアル」

 見上げれば、出会った頃よりも威厳が出てきたユージアルがすぐ傍まで来ていた。

「日記。それもここに来た頃の」
「ほう、そんなのを書いてたのか」
「そりゃね、仕事が仕事だったから。まあ、仕事の内容は分からないように書いてたけど」
「見せてもらってもいいかな?」
「それは……」

 ユージアルは私がいいと言う前に私から取り上げて目を通し始める。
 仕事で文章を読むのに慣れているのか、ユージアルの文章を読む速度はかなり速い。ぺらぺら捲っていって、すぐに最後のページに辿り着く。

「おい」
「なに?」
「最後のこの言葉はどういう意味だ?」
「見ての通り。他になんの意味があると思うの?」

 簡潔な返事にユージアルが眉間にしわを寄せる。
 でもタヌキでしょ、ユージアルは。
 結局ルチルを送っていった時だって――と昔を思い出す。

 

 ***

 

 しびれた感覚が体から抜けなくて、ユージアルにもたれかかった状態の時、不幸なことにルチルが戻ってきた。

「お姉ちゃん……」
「る、ルチル!?」

 こっちを見て顔を真っ赤にしてるルチルを見れば、何をしていたのかなんてバレバレだろう。
 頬を赤く染めたまま、ルチルの表情は嬉しそうになって……。

「やっぱりお兄ちゃんはお姉ちゃんの“だんなさま”なんだね!」
「はい?」

 ちょっと待って。なんでいきなりそうなるのよ?
 頭を疑問符だらけにしていると、ユージアルが「そうだよ」と勝手に答える。

「やっぱりー。お母さんたちとおなじことしてるからそうだとおもったー」

 と、邪気のない笑顔で平然と言う。
 ローザぁ……娘の前で何やってるのよーっ!?
 そんな私の叫びも虚しく、ルチルにまで認定されてしまった。
 ローザの元に辿り着くまで、ずっと『お姉ちゃんのだんなさま』と言われ続け、最後には言い直させるのも馬鹿らしくなっていた。

 が、それが悪かった。
 帰った途端、ローザたちにルチルが「お姉ちゃんのだんなさまなのー」とユージアルを指差した。
 それに乗じてユージアルは笑みを浮かべて名乗りながら、しっかりローザ達から結婚の承諾をもぎ取った。
 ルチルのせいってのもあるけど、あの素早さに口を挟む暇などなかった。
 ローザ達はユージアルが王子であることに驚いて固まったけど、ルチルを助けてくれた人だと分かるとすぐに打ち解けた。なまじ師匠のせいで色んな人と関わってきたせいか、ローザたちの順応性が恐ろしいほど高かったのもある。
 結局、私は何の反論もできないまま、勢いづいたユージアルに引っ張られるようにして王都に逆戻り。そして準備ができ次第、盛大な結婚式になったのだ。
 今思い出しても怒涛の数日間である。

「まさか『有能だけど冷たくて感情がない王子』が、人を騙すのが大得意の『タヌキ』だったとは――本当に化かされたよ、私は」
「何を言う。それでもそれに気づいたり、分かった時に平気で突っ込めるフォリーもすごいと思うが?」
「突っ込まなきゃやっていけないでしょ!」

 結局、お互い本音で言い合える相手ということと、決定的に拒否出来るようなものがなかったため、気づくと結婚しちゃってた――って感じ。
 まあ、後悔してないのだから、悪いことではなかったんだろう。
 そう思いながら、ユージアルに対して「これからはユージアルのことをタヌキと呼ぶわ」と言いながら笑った。

 

 

あとがき

いろいろ書き足りないところがありますが、とりあえず完結です。
あと番外編を1つ入れたいなと思ってます。

2008.7.29 ひろね

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