優花はベルディータの力でリグリアの近くまで移動した。ここからまた徒歩で移動になる。極力目立たないために、一瞬で移動できることは伏せるようにしている。
通常であれば優花とベルディータの間で会話が途切れることなどほぼないのだが、宮を出た後の二人はなんとなく会話が進まない。主に優花が。
ベルディータが話しかければ答えるが、優花のほうから話しかけることがない。
そのことにベルディータは訝しむが、その後、宮で同郷の存在を知ったのだろうかと推察する。
優花の友人たちのことを黙っていたのは故意だ。責められても仕方ないのだが、そのことについて直接訊ねて来るわけでもなかった。
さてどうしたものか――と思案していると、優花のほうから何かに気づいたように「あ」と小さな声を上げた。
「どうしたのだ?」
「あ、うん。ファーディナンドさんに『力』の説明を聞いてね。で、気になるなら北の森に確認しに行けばいいって」
「ああ」
「ここから北の森って遠いの?」
「まあ、それなりにな。気になるなら転移するか?」
訊ねられて、優花は小首をかしげて考える。
ファーディナンドはそれほど急いで考えるほどではないと言っていたし、同じ場所から何度も転移するとほかの人におかしな目で見られそうだ。
実際、宮に移動したときも、村から離れた所で転移してある程度離れた人のいない場所に戻ってきた。ゆっくり移動したように。
それを繰り返したら、隠ぺい工作(?)が無駄になるような気がした。
「ファーディナンドさんにそれほど急ぐことじゃないって言われたから、少し移動してから行きたいかな?」
「そうか」
優花の答えにベルディータはうなずくと、また歩き始めた。
優花は慌ててそのあとをついていく。
(そういえば、最初の頃は足が痛くなって困ってたのに、慣れってすごいなぁ)
もっとも、ベルディータの力のおかげでもある。
また、運動神経は変わらなくても、この世界は地球より小さな天体のため体が軽いのもあり、優花が慣れたということもある。
「ベルさん待ってよ」
「早くしないと野宿になるぞ」
「早くしなくてもそうなるんじゃないの? 地図見せてもらったけど、リグリアから近い町か村って結構あるでしょ?」
「よく覚えていたな」
「む。それくらい覚えてるってば」
優花はベルディータに軽く笑われてムッとする。
けれど、なんとなく前と同じような雰囲気が戻ってきた気がした。
(これなら聞けるかな?)
優花とベルディータは旅の間、二人の時は結構多い。
そのため、嫌なしこりは残したくなかった。
「あのね、ベルさん」
「なんだ?」
「ベルさんは知ってたの? 慎ちゃんたちのこと」
「……知っていた」
少しの間をおいて答えたベルディータに、優花は「そっか」と小さくつぶやいた。
先にファーディナンドから知らされていたため、優花はあまりショックを受けなかった。
「本当なら、ちゃんと先に伝えてほしかったな」
それでも、そういう風に思ってしまうのは仕方ないだろう。
視線をそらした優花に対し、ベルディータは立ち止まった。
「ベルさん?」
「すまなかった。伝えていいものかわからなかったとも言えるが……」
「どういうこと?」
伝えていいかわからない――という言葉に、優花は首をかしげた。
優花にすれば、自分が巻き込んだのだとしたら責任を取るべきだろう。
けれど、友人たちの面倒を見る――ということができるだろうか?
宮にいたときは自分のことでも手いっぱいだったのに。
「う、うん? なんか、みんなの面倒を見る予想ができない?」
「何を考えたか想像がつくが……、そういった意味ではない」
「じゃあ、どういうこと?」
この際、自分の考えを見透かされたことは置いといて訊ねた。
「ユウカは友人らに自分がこの世界の神になるために呼ばれた――そう言えるのか?」
「う、それは……」
言えるわけがない。
あの中で優花が一番いろいろな面で劣っていることを自覚している。
(その自分が神様……無理。絶対無理。言えない。言えるわけがない)
頭の中で速攻で否定して、冷や汗を流す優花。
とはいえ、話の本質と違うのではないか、ということに気づく。
「ベルさん、話が逸れてない?」
「そういわけではない。それも一つの理由ではあるし、また別の理由もある」
「別の理由って?」
優花が問うと、ベルディータはしばらくの間、言葉を探すように口を開いたまま固まり――
「前にも言ったが、私たちは自分の感情よりもこの世界を優先する。そうしてずっと来たのだ」
「うん」
「今もそれは変わらないだろう。そのため、ユウカが友人たちに気を取られるのは望ましくないと思ったのだ。それに――」
「それに?」
ベルディータの言うことは前にも聞いている。
千年もの間、この世界を優先してきたのだから、すぐに考えを変えるのは無理だろうし、変えさせる気もない。
それを考えるのなら、ベルディータ達の考えは当然だろう。優花の思いは置いておいて。
けれど、ベルディータは「それに」と付け加えるように足した。
優花はベルディータが続きを言うのを待った。
「ユウカが今していることは人に理解されにくいことだ。友人たちは何をしている?」
「魔物狩り、だっけ?……でも、みんなはこの世界の人たちじゃないし、話せばわかってくれるんじゃないかな?」
魔物は決して悪い存在じゃないと知っている優花は、話せば理解してくれると信じている。
日本では魔物に縁がなかったため、最初は驚くだろう。
けれど、人の強い感情に充てられていない魔物は穏やかな状態でいるのだから、魔物は悪しきもの――という前提はすぐに違うとわかるはずだと、ベルディータに力説した。
「だと、いいがな」
「ベルさん?」
優花の考えと、ベルディータの考えの違いを表すかのように、一陣の風が二人の間を吹き抜けた。