第11話 旅の再開(4)

 慎一たちに対して二人の見解は相違を見せた。
 そのせいか、二人の間にまた微妙な空気が流れる。

(確かに、わたしがしていることって、他の人とは反対のことをしてるんだよね。でも、魔物狩りをしているのはこの世界で生計を立てていくためだろうし、話せばきっとわかってくれると思うけど……)

 けれど、ベルディータはそうは思わないのだろう。
 この世界の人と同じように、魔物を脅威と感じ、排除することを選択する、と。
 その考えも一理あるが、優花としては平和な日本で生きてきたのだから、魔物であろうとも命を奪うのには覚悟が必要だろうと思うのだが。
 その考えは甘いのだろうか?――つらつらと思考を巡らす。
 もし、甘い考えだとしたら、宮にいた自分は大事にされてきたのだろう。
 ファーディナンドのスパルタはきつかったが、それでも命の危険はなかったのだから。
 それに、この世界の真実を知ることができた。
 魔物は人の感情から生まれるが、怖いものではない。穏やかな心で向かい合えば、魔物に襲われることなどないのだから。

「ベルさんは、慎ちゃん達がこの世界の人と同じように、人を脅かす存在だと思ってるの?」
「おそらく、この世界に来て最初に教わるのが、魔物の脅威だろう。力なくば逃げ、力があれば立ち向かう――そう、言われるはずだ。優花のように自ら知ろうとしなければ、人の話を鵜呑みにするだろう」

 そう言われて、優花は考えるように首を傾げた。

(日本では魔物はいなかったけど、小説とかだとやっぱり『魔物』は悪いものとして書かれるよね。そうなると、この世界の人から『魔物』と聞けば悪い方に考えてしまうのかもしれない)

 優花はベルディータに言われて、少し不安になった。
 けれど、やはりどこかで説明すれば分かってくれるはずだと、思い直した。

「とりあえず、深く考えないようにするよ。わたしには慎ちゃん達が今何を思って行動しているのかまではわからないし」
「そうだな、まあ、そういったことが心配だったので、言い難かったと思ってほしい」
「うん」

 優花は人の考えていることに聡いほうだが、完全に理解できているわけではない。
 それよりも、千年もの間、人を見続けてきたベルディータのほうが詳しいかもしれない。
 そのため、早期に答えを出すのは止めることにした。

(旅をしていれば逢うこともあるよね。その時の様子でどこまで話すか決めよう)

 今はただ魔物を消して行くことを考えよう、と改める。
 ファーディナンドに言われたように、優花にはたくさんのことを一度に処理できるような器用さはなかった。
 気を取り直して、優花はベルディータに話しかける。

「ここから一番近い村町はどっちかな? あ、遠くても魔物がいそうなほうがいいかな?」
「そうだな……ここから、北東の方に魔物の気配と、もう少し先に町があったはずだ」
「じゃあ、北東に向かって進もうか?」
「分った」

 二人の旅は行き先を特に決めてはいない。
 魔物も移動するし、場合によっては魔物狩りの人に先を越される場合もあるので、町は食料調達と情報収集をし、町を出るときは来たときと別の方向へ行く――というのが移動方針だった。
 今日は晴れていて雲も少なく、歩くと汗ばむようなので暑さだった。
 そのため、木陰を見つけると一休みし、水分補給を心がける。
 それでも日本の夏のように湿度が高くないだけましなのだが。

「暑っ! 旅を始めた頃より軽装になったけど、暑いね」
「今は夏だからな。暑さは仕方あるまい」

 常春の聖水鏡宮から戻ったせいか、急に暑さを感じて思わずぼやきが漏れる。
 それはベルディータも同じだったようで、同意するような言葉が続く。

(あ、ベルさんも暑さとか寒さとか感じるんだ)

 と、少々的外れなことを思いながら、日本の夏を思い出した。

「そうなんだよねぇ。日本よりはマシなんだけど」
「ユウカの故郷はそんなに暑いのか?」
「暑いには暑いけど、もっと暑い国はいっぱいあったよ。日本はそれに湿度が高かったから、こう……ねっとりと暑さがまとわりつくというかね……」

 優花は日本の暑さを思い出して、少しため息をついた。
 キトの暑さは純粋に暑いだけだ。
 それに、その暑さも日本と大差ないとだろう。温度計というものがないのではっきりわからないが、優花の体感的に同じくらいだと思う。
 それよりも湿度がないから、こちらのほうが過ごしやすのだ。乾燥しているのと暑いので、お肌にはよろしくないが。

「ベルさんは……さ」
「なんだ?」
「もし、慎ちゃん達と会って合流したとしたら、やっぱり嫌なもの?」

 優花は勢いのままベルディータに問いかける。
 心に蟠りを持ったまま、二人で旅をするのはきついと思ったからだ。
 ベルディータは顎に手を当てて少し考えた後。

「嫌というより、困るというほうが正しいか」
「困る?」
「先ほどの問いかけだ。ユウカの友達がユウカのしていることに納得してくれるならいい。だが、納得いかず、魔物を殺してしまうとなれば、旅の意味がなくなってしまう」
「……確かに」

 説明してわかってもらえれば問題ない。
 けれど、ベルディータはそこまで楽観視していないのだろう。
 最悪な状態も考慮しての答えだった。

「もし、納得してくれたら?」
「それなら、ユウカが拒まない以上、私に拒否権はない」
「……。それって、つまり、わたしの説明と慎ちゃん達が納得するかどうか――ってこと?」
「そう言える。そもそも、私たち世界のためにユウカをこちらに呼び込んだのだ。本来、ユウカはこの世界のために動く必要も、ここに居る必要もないのに、だ」

 ここに居る必要もない――という言葉に、優花の胸は小さく痛んだ。

「居る必要もない……か。そう言われるとちょっとキツイよ」

『要らない』と言われた訳ではないが、それでも不要と思われていそうで息苦しさを感じる。
 心の中だけに収めることができず、ついポロリと呟いてしまう。
 ベルディータの言葉通りなのだが、それでも自分で勝手に帰るということができない以上、突き放されたようで辛い。
 優花のその表情に、ベルディータは己の失態に気付く。

「すまない。そういう意味ではないのだが……」
「わかってる。ベルさんの言いたいことは。でも……その言い方だと、わたし達の帰し方が分かったら、帰ってもいいの?」

 ベルディータはこの世界のことを大事に思っている。
 それが分かっているから、ずるい質問をしている自覚はあったけれど、それでも優花はベルディータの気持ちを知りたかった。

 

 

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