第11話 旅の再開(2)

「あー……うん、みんながわたしよりしっかりしているのはわかっているけど……」

 優花はファーディナンドの説明に項垂れたくなった。
 確かに、慎一などは優花が変な夢を見た――言うだけで話を膨らませて、何か期待したような状態だった。それを体験するのが優花ではなく自分自身だとしたら、どれだけ面白がるのだろうか?

(いや、でもさ。還れないかもしれないんだよ。日本より危険だし。そういうの、心配したら落ち着いていられないと思うんだけどな……)

 優花自身も小心者の自覚はあるが、かといって図太い神経をしていても、ある程度は悩むものなのではないのか――そう考えると、納得できない。

「まあ、ユウカ様はそうでしょうね」
「……ファーディナンドさん、わたし、何も言ってないんだけど……」

 心の内を見透かすような物言いに、優花はげんなりして答えた。
 これ以上言っても、おそらく『見ていれば分かる』と言われて終わるのがオチだろう。
 先まで見えて、優花はこれ以上何か言うのをやめた。

「余り思い詰めないようにしたほうが宜しいかと」
「……」
「ユウカ様、一つだけ」
「はい?」

 優花はファーディナンドを見上げると、先ほどの面白がっている表情とは打って変わって、真剣な表情になっていた。

「この件については、ベルディータ様を責めないでください。全ては、私が決めた事ですので」
「ファーディナンドさんが?」
「ええ、先ほど言いましたよね? 最初は彼らに気を取られ、自分の立場を疎かにしないようにと思いました」
「じゃあ、今は?」

 ベルディータと旅に出て、すでに三ヶ月以上経っている。
 その間も、慎一たちのことを話すことはなかった。
 慎一たちがこの世界に馴染んで生活しているように、優花も自分のやることを自分で決めて実行しているつもりだ。
 少なくとも、今投げ出すようなことはしない――と思う。
 教えられたら、気にはなってしまうが……。

「今、私が説明しても理解できないと思います」
「ファーディナンドさん?」
「ユウカ様はご自分で仰ったように、色々なことを同時にこなすのは難しいのでしょう?」
「う、そうだけど」

 ファーディナンドは優花に対してかみ砕いて言う。
 一つ目、魔物を探して歩くこと。これはいくらこの世界が地球より小さいと言っても、ほぼ徒歩で移動のため、時間がかかる。また、人の感情によって激高している魔物と対する場合は危険も伴うため、人から離れた所にいる魔物を探さなければならない。
 二つ目、ベルディータとの関係だ。初めて会った夜に交わした言霊は未だに優花に根付いている。宮に戻る前にベルディータに想いを告げた。その想いとベルディータから送られる力によって、優花の体に変化が起きる可能性が高い。これはファーディナンドが気にしていることだ。
 そして、優花が魔物を減らしたことによって、北の森にある『力』がどのような変化をもたらすのか。
 これについては優花は今説明されたばかりだが、実際はベルディータが何度も『力』を確認しているらしい。

「えと、その『力』って、魔物による鎖がなくなったらどうなるんですか?」
「分かりません。ただ、一番の可能性は、留めるものが無くなれば、飛散するでしょう。『力』には『意思』がありませんから」
「飛散って、溶けてなくなってしまう感じ……ですか?」

 優花は問いながらも、それならばそれほど心配するものではないと考える。
 となると、どちらかというと爆弾が破裂するような衝撃だろうか。そうすると、それはどこまで被害を及ぼすのか。確か、代償になったのは五十三名ものイクシオンの人たち――その数字に、優花はゾッとした。
 ベルディータが隣にいるため、人と違う『力』を自在に扱うのを目にしている。
 それらが、五十三人分集まった『力』。

「わたしが、魔物を消していくのは良くない……の?」

『力』を縛る鎖は魔物を生み出す術式。
 それを無くすということは、『力』の暴走を引き起こす可能性がある。
 今まで魔物を消していくのはいいことだと思っていたのに、聞かされた内容に動揺してしまう。
 ファーディナンドはため息をついた後、落ち着いた声で優花に言う。

「少し、落ち着きなさい」
「でもっ!」
「今はいいとも悪いとも言えません。『力』に関しては、ベルディータ様も都度確認しておられます。それに、まだ魔物の数はかなり残っています。まだ心配するには尚早というものでしょう」
「でも」

 確かに宮から出てからかなりの魔物を消してきたが、あとどれくらい残っているのか、優花にはわからない。

「気になるというのなら、ベルディータ様に一度北の森へ連れて行ってもらうといいでしょう」
「北の森へ?」
「ええ。実際、見た方がわかるかと」
「そう、ですね」

 宮を出て旅をしていれば、北の森に近づくこともあるだろう。その時に、ベルディータが千年の間居た所を見せてもらえばいい。それまでにやることはたくさんあるだろう。
 自分の力では大したことはできないのだから、焦っても仕方ない――と優花は思い直した。

「とりあえず、最初の目的を果たすことに専念します」

 北の森の『力』については、自分はわからないから。
 それなら、ベルディータに任せよう、と。

「その方がよろしいかと。この世界を移動して回るだけでも、かなりの労力になるでしょうから」
「そうですね。最初の頃は足を痛めてばかりでしたし」
「ですが、やめる気はないのでしょう?」
「うん、まあ。ここまでやったんだから、頑張るつもり」

 恐らく、普通の人よりは上質な革靴を用意してくれているのだろうが、一日中歩き続けるのは日本ではなかったことだ。
 靴擦れもできるし、筋肉痛も出た。最近ではマシになったが。
 ファーディナンドに苦笑しながらそんな話をして、改めて宮から出ることにした。
 そして、ベルディータと合流する前に気付く。

「あれ? 途中から大事の話で、慎ちゃんたちのこと誤魔化された?」

 そう気付いた時にはすでに遅く、ベルディータが少し離れた場所で待っている姿が見えた。
 これで引き返しても何か言われそう――と思い、優花は諦めてベルディータと合流した。

 

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