初めから決めていた数日の滞在を、優花はもやもやした気持ちのまま過ごした。
そしてとうとう宮を出る日になった。
(なんか……こんな状態でベルさんと二人きりで大丈夫かな?)
何も教えてくれないベルディータに、優花は不信を持ち始めていた。
二人で居ると問い質したくなるので、優花は宮に居る時にはテティスをはじめ宮に仕える若い者たちと一緒に過ごした。
それはそれで楽しかったのだが、夜になって一人になると、ついいろいろ考えてしまう。
そのため、ベルディータに対する気持ちが少しずつ変わっていった。
さらに言えば、その間、ヴァレンティーネが出てきて説明をしてくれることも、ファーディアンドと話をすることもなかった。
なぜ、慎一たちの存在を教えてくれないのか?
また、ヴァレンティーネの存在するなら、日本へ戻ることは可能なのではないのか?
どうしてその事について何も言ってくれないのか。
何度もベルディータに聞こうとした。直球では聞きづらかったので、何か言うことはないのかという曖昧な聞き方でしかなったが、それでも優花の物言いたげな様子は伝わっていただろう。
それに、宮に居る人たちに慎一たちの事を聞かされたことは知っているはずだ。
「ベルさんの馬鹿……」
好きだと告げたばかりなのに、心を揺るがすようなことを聞かされて、優花はどうしていいかわからない。
まだ、ベルディータから事実を聞かされて、それでもこのままいて欲しいと言われれば、まだ違うのかもしれない。
でも、ベルディータはなにも言わない。
(ベルさんは……何も言ってくれない。好き、って気持ちは本当……だけど……)
優花は自分の気持ちを自覚して、相手に告げた。
ただ、日本に戻れると分かった時、還らずにベルディータの傍に居ることを選ぶか――というと、優花ははっきりとベルディータの傍に居るという選択がまだ出来ない。
好きという気持ちに嘘はないが、日本での生活全てを捨てても一緒に居たいと思うほど、盲目的に好きになっているわけではなかった。
どこかに感じるベルディータの壁が、優花がこれ以上踏み込むのを躊躇わせている。
ヴァレンティーネは優花ならきっとわかると言っていたが、今の優花には理解できなかった。
***
出かける前に、ファーディナンドの部屋を訪れた。
そこで何か話していたはずなのに、優花の思考はまたベルディータのことを考え始めてしまう。
しばらくしてファーディナンドが「どうしたのですか?」と問いかけた。
「あ……」
「体調が悪いようでしたら、出立を明日にしますか?」
「……そういうわけじゃ、ないんだけど……」
優花は言葉を濁して、曖昧な笑みを浮かべた。
迷っていると、ファーディナンドの方から切り出した。
「心配事……ですか。宮の者から何か聞きましたか?」
直球の問いかけに優花の目が大きく見開かれる。
まさかファーディナンドから、優花の迷いを解消する切っ掛けをくれるとは思わなかった。
「あ、の……慎ちゃ……友達のことなんですけど……。なんか、見習いの子が家に戻った時に友達に似た子たちがいるって……。もしかして、わたしをこっちに呼んだ時、一緒に来たってことは……」
なんて言っていいのか分からず、しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。
口にしながらも、もしそうなら、どうしたらいいのか――優花には思いつかない。
そんな優花の様子を見て、ファーディナンドは軽くため息をついた。
「少し、落ち着きなさい」
「で、でも」
「彼らのことは分かっていました。ただ――」
「ただ?」
先を急かすように前のめりになる優花に、ファーディナンドは苦笑いのような表情を浮かべた。
分かっていたのに放っておくなんて酷いなと思ったのに、ファーディナンド達には何か考えがあるようだった。
「正直、最初の頃は貴女のことを認めていないということもあり、フリでも神の真似をするのに別のことに気を取られていては困りましたので、告げない方がいいと判断したのです」
「それは……」
ファーディナンドの言うとおり、最初に聞いていたら早く見つけなくては、と自分のことも疎かになっていただろう。
それでなくてもファーディナンドのやり方に頭に来ていたのだ。そこに慎一たちの情報を追加されれば、彼らと合流して逃げることを選んでいただろう。
この世界の真実を知らずに。
「これは、あくまで私の意見です。後は、ベルディータ様経由でヴァレンティーネ様のお言葉を聞き、申し訳ありませんが、ユウカ様には黙っていることに致しました」
「どうして?」
「それは……いずれ分かることだと思います」
「いずれ、分かる……?」
何が分かるのだろう?
優花は納得いかない顔で首を傾げた。
「ユウカ様はベルディータ様に、貴女よりこの世界のことを優先するのを許しているのではなかったのですか?」
納得しない優花に、ファーディナンドは質問を投げかける。
「それって……」
リグリアでベルディータに告白した時に言った言葉だった。
「確かにそう言いましたけど」
「ですから、ベルディータ様は貴女のご友人のことを話すのをやめました」
「それは、わたしが慎ちゃんたちに気を取られて、神様の真似をすることも魔物を消すことも疎かになるって分かっているから?」
「その一面もあるでしょう。ですが、それよりもユウカ様の心の負担を増やしたくはなかったのですよ」
「え?」
ファーディナンドの言うとおり、最初の頃に聞いていたら宮で大人しくしていられなかっただろう。
今も魔物を探して消す旅をしていて、そこに慎一たちが加わるのを考えて、想像がつかなくなってしまった。ベルディータたちのことを話していいのか迷うし、優花の立場を明かすのも躊躇われた。
「それに、彼らはすぐに精霊術を覚えたり、剣を使って魔物を倒しています。はっきり言って、ユウカ様よりこの世界に対して順応してましたよ」
「……」
ファーディナンドの言葉に、優花は何も言葉が出なかった。
どうやら、優花が宮で神様業を嫌々ながらしている間に、魔物退治で生計を立て逞しく生きているらしい。