第10話 確かめ合う

 帰り道、母エマから聞いた話を思い出すと、怒りがふつふつと湧いてきてどうしようもなかった。
 エマが話した話が本当なら、ミアディの怯えた様子も頷ける。疎まれ続ける生活が長引けば長引くほど、心は萎縮していくものだ。
 戻ってきたミアディを見て、どうして気づかなかったのか……自分の不甲斐なさにも腹が立った。
 怒りに任せて早足で戻ると、家にミアディの気配がなかった。

(どこへ行った?)

 いくら村人たちがミアディのことを疑っていても、直接危害を加えることはないはずだ。
 『天つ人』は人にとって大事な存在なのだから。
 だが、シュクルは知っている。
 自分たちにとって役立つ存在だからこそ大事にしているのであって、同じ人として無条件で大事にされているわけではないことを。
 役に立たない『天つ人』は必要ない。それどころか邪魔にさえ感じる――それが、村人、いや、この世界の人たちの本音だろう。人が普通に抱く好意や嫌悪が、天つ人に向けるときには何故か歪んだものになる。
 シュクルが幼い頃から感じていたものだった。それは、天つ人の父と普通の人の母を持つが故、他の天つ人より感じてきたことだろう。
 そして、ミアディも。
 いや、ミアディの父であるサリムについてこの村を離れたミアディは、シュクルよりももっとそれを感じたに違いない。
 この村に戻ってきたときの『家に帰る』『仕事をしないと』というミアディの主張は、人の視線から逃れたい願望と、刷り込まれ倒れるまで力を使わせられた――そう、洗脳とも言えるものから。
 だとしたら――

「……っ! シュクル……さん」

 入り口で音がして、それから小さい声が聞こえた。

「ミア!? 一体どこへ行っていたんだ!」
「それは、その……ちょっと石を取りに……」
「石?」

 聞けば石を採りに言っていたのだという。先ほどの怒りが残っていたせいか、少し怒鳴ってしまった。そのため、恐々とした表情でシュクルの様子を窺うように答えている。
 言い過ぎた、と思っても遅かった。
 なんとかミアディの緊張を解そうとしてみるが、予想外なところで思っても見なかった言葉が返ってきた。
 俯くな、とその行動を嗜めるようなものだったのに、ミアディの口から出てきたのは「お帰りなさい」という言葉と、ぎこちない笑みだった。

(ああ、ミアは必死に前を向こうとしているんだ……)

 過去をどうのと言うよりもシュクルの言った言葉を守ろうと。そして、シュクルに対しても逃げずに向き合おうとしている。
 それが分かったら、急に『さん』付けなよそよそしさが気になったので、その辺りを正そうとすると、名前で呼ばれるのではなく、いきなり『あなた』と言われた。
 そして、改めて「お帰りなさい、……あなた」と声をかけられた時、理性の箍が外れたと言ってもいいだろう。

「ただいま、ミア」
「しゅ……」

 健気に振舞う様子が微笑ましくて、浮かべた笑みが可愛くて。
 気づくとミアディを抱きしめていた。
 ミアディもシュクルの行動を拒まなかった。
 自然と流れでミアディに口付けていた。
 最初は唇を合わせるだけだったそれが、いつの間にか本能に従い深いものになっていく。くぐもった声がミアディの口から漏れるが、手加減など出来なかった。出来るほど、シュクル自身も経験があるわけではない。逆に加速していく心は制御できなかった。
 小さな頃からずっと想ってきた少女に拒まれなかったことが嬉しかった。
 婚儀のときにはミアディの意思など聞かないままだったので、嬉しいやら申し訳ないやら、とこの二つの間を行ったり来たりしていた。
 けれど今は――

「ミア、ミア……」
「……ん……しゅ……っぅ」

 しっかり名前にならない言葉。
 けれど拒まれない。それどころか、受け入れようと懸命になっている。
 しっかり前を見ろと言ったのは自分自身だったのに、自分はいったいミアディの何を見ていたのか――と、シュクルは自分のことなのに怒りを感じた。
 俯きながらも周りに怯えながらも、それでも逃げることはしなかったのに、どうして気づかなかったのだろうかと。

「……ごめん、ちょっと無理させた」

 顔を赤く染め、恥ずかしさから目を逸らしたミアディは、浅く呼吸を繰り返すため肩が小刻みに上下に揺れていた。
 その様子を見ながら、シュクルはやり過ぎたと反省した。
 けれど、拒まれなかったことに対する嬉しさの方が強かった。

 

 ***

 

 その後、二人は家の中で寛いでいた。
 互いに食事をしたばかりだったため、香草茶とエマにもらった果物を食した。
 会話自体はあまりなかったが、それでもお互い離れていた時のことをポツポツと語り合った。
 特にミアディにとっては、友達だったティニとまた打ち解けられたこと、嫌われていたロシにも挨拶したらちゃんと挨拶が返ってきたことなどは嬉しそうに語った。
 シュクルの方は仕事でどこへ行っていたとか、どんなことをしていたのかなど。
 互いに語り合った後、魔払石の話になった。

「それは……」

 明らかにミアディが言い淀む。
 シュクルは辛い過去を掘り起こすような真似をしたくはなかったが、ミアディが魔払石を作ると言い出したため、村を出ていたときの話を聞くことになったのだ。
 もし、エマから聞いた話が本当なら、今のミアディに無理をさせたくない。

「魔払石を作ることは、体に負担がないのか?」
「……たぶん。だいぶ体調が戻ってきたから、たくさん作らなければ問題はないと思う」

 天つ人の力は、使い過ぎると体力、命を削ることになる。けれど、体を休めるとある程度回復する。
 元々、寿命の短い天つ人だ。その辺は割り切っている。
 たくさん作らなければ――という言葉にシュクルは引っかかったが、今はミアディの気持ちを優先させることにした。
 それに、責めるべき相手はミアディではない、作るよう命じたミアディの祖母――イラだ。

「わたし、今は自分から思うの。わたしにとって大事な人が守れるなら、わたしの力をみんなの為に使いたいって」
「ミア……」
「シュクル……は反対する?」

 上目遣いで見られて、シュクルは動揺した。
 ミアディの表情と、何よりシュクルのことを呼び捨てにしたことが、シュクルに対して喜びを感じさせた。
 ほんの少しかもしれない。けれど、二人の間は縮まったと思えた。

「ミアが……そうしたいなら」
「いいの?」
「ああ。ただし、無理はしないようにな」
「うん、うんっ!」

 そう返事をしたミアディは、昔と変わらないあどけさを残していた。
 その表情が可愛らしくて、シュクルはミアディを引きよせる。

「シュクル……さん?」
「またさん付けか?」
「あ……えと、シュク、ル?」
「ミア、今日は一緒に寝よう……」

 もちろん、一緒に寝ると言うのは、ただ二人並んで横になることでないことは、ミアディも分かった。
 けれど、拒まなかった。

「……はい」

 頬を染め返事をするミアディを引きよせ、顔を近づけ唇を重ねる。
 深い口づけのあと、そのまま押し倒すようにミアディを横にし、その上にミアディの負担にならないように気をつけながら圧し掛かる。

「これからも、ずっと一緒に居てくれ……」

 切実な願いを口にしながら、ミアディの服に手をかける。ゆっくりと服を肌蹴させながら、ミアディの白い肌を露出させる。そして、いつもより早く上下する胸に、シュクルは顔を埋めた。
 ミアディの肌は村の誰よりも白いと思った。それも当然だろう、エマの話では家から出してもらえなかったのだから、日に当たることもほとんどなかっただろう。
 その肌に、シュクルは吸い付き赤い痕を散らしながら、胸へと辿り着く。まだ熟れていない果実のような固さを持つ胸を手のひらで包んでゆっくりと揉みしだいた。

「……んっ、はぁ……」

 ミアディの口からいつもと違う甘い声が漏れるのに、シュクルは安堵しながら頂を口に含んだ。

「ひゃっ!?」

 びっくりしたミアディの声に、一瞬口を離すが、すぐに戻して頂を舌で転がすようにしたり甘噛みをしたりし始める。
 ミアディは堪えきれずに「や、やぁ、しゅ……」とこぼしながら、シュクルの頭を放したいのか分からない手の動きをした。
 どちらにしろ、シュクルに取ってはミアディの抵抗など可愛いものでしかなく、可愛らしい胸を味わった後は臍、下腹部へと更に下へと向かう。
 ミアディの腰巻き――下着のようなもの――に手を掛け取り払う。そして、足を広げて秘所を晒した。
 薄い下生えの奥の秘部にそっと手を持って行く。

「シュ……ま、待って……」
「大丈夫、最初ほど痛くはないはずだから……」

 二度目では痛みは残るだろう。けれど、それを言ってしまうと、ミアディは拒絶するかもしれない――それが怖くて、シュクルはミアディに嘘をついた。
 代わりといっては何だが、愛撫は念入りにし、ミアディからあふれ出る愛液で十分に満たしてから、己が猛りをミアディの中に沈めた。
 村の外れの小さな小屋から、嬌声が僅かながらに漏れる。
 けれど、それを気にする村人はいない。

 そうして、二人は結婚後、二度目の夜を迎えたのだった。

 

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