「なあ、今度遊園地に遊びに行かないか」
始まりは突拍子もない発言だった。
この発言をしたのは、ガウリイ――バイト中に会った社会人の男の人。一言で言うと、よく食べるでっかい美形のにーちゃん。黙っていればモデルのようで、ナンパなんてしなくても女の人のほうから寄ってくるくらいカッコいい。
でも、見た目と違って割りとフレンドリーで話しやすいんだよね。何回かバイト中に来て話をしたんだけど、こんな風にバイト以外で、このにーちゃんとどこかへ行くなんてことは今までになかった。
「えっと……なんであたし? 確か彼女がいたわよね? 彼女と行けば?」
あたしの口から出るのは疑問符だらけ。
ガウリイは彼女という言葉で、ふと悲しそうな表情になった。
「えと、彼女とは、その……別れたんだ」
「そ、そぉ……」
「その……寂しいってのもあるし、絶叫系が好きだから、それに乗ってすっきりしたいなーって思ったんだ」
「うーん……」
「オレが誘ったんだし、遊びに行くのは全部オレ持つから、悪いけど付き合ってくれないか?」
「ならいいけど……」
こっちは渋々承諾したのに、ガウリイは途端ににこやかになった。
笑うとお日様みたいな温かさを感じる人だ。こういう人はけっこう貴重かもしれない。
「じゃあ、土曜日の九時頃……と、どこで待ち合わせしようか。面倒なら迎えに行くけど」
「え……」
「一番近いところでも車で行ったほうが早いから」
「あ、うん。そうだね」
あたしはまだ高校生で、友だちと遊びに行く時はたいていバスとか電車を使う。だから、車でと言われて少しとまどった。
男の人と二人きりの空間になるのがなんとなく怖い。相手は社会人でしかも六つも離れているんだから、そういう対象になる可能性は限りなく低い。意識しすぎと言われればそれまでだ。
でもあたしはそういうのを経験したことなかったし、またマッ●で話をするだけの人といきなり二人きりで出かけていいものだろうか?
現役高校生のくせに、あたしはこういうことに疎いのだ。
「もしかして警戒してる?」
「え? えっと……」
うんと頷くことができなくて、気まずい表情になってしまった。ガウリイからすればバレバレだろう。でもって、子どもに対してそんな気はない、と笑われるんだろうかと考えた。
でも返ってきたのは予想外の言葉だった。
「あー、まあ心配しても仕方ないよなあ。女の子だし」
「……」
「あ、でもそういうつもりじゃないから! そうじゃなくてだな、純粋にリナと行ったら面白そうだからで、オレはそんな疚しい気持ちは……」
慌てて訂正するガウリイ。手まで振って大げさだ。
反対にそこまで大げさにするのを見て、ツッコミを入れたい気分になった。
「ふーん。じゃあ、ガウリイはこの若くてかわいーリナちゃんに対して、そんな疚しい気持ちは一切ない、と言うのね?」
「お前なあ、自分で可愛いとか言うなよ。それがなければいいや……いや、なんでもない」
ガウリイの言葉にあたしは目を細くして睨みつけると、途中で言うのをやめる。
が、ここで追求をやめるほど、あたしは甘くないのだ。
「ほほーぅ。ならガウリイは一人でめでたく失恋パーティをしたい――そう言うのね?」
「…………すみません。わたしが悪うございました」
「よろしい」
結局こんな問答を繰り返し、気がつくと家の近くの公園にガウリイが車で迎えに来ることになっていた。
ガウリイをちくちく苛めたつもりなのに、気がつくとガウリイのペースに嵌っていた。まったく、亀の甲より年の功だ。
まあいいか、と思いつつ、なんだかんだいっても土曜日が楽しみだった。
***
約束の日は早く起きて準備をした。
相手がなんとも思ってなくても、やっぱり女の子は相手によく見られたいもの。顔を洗って化粧水を肌に染みこませ、クリームを塗る。肌は綺麗なほうだからファンデーションなんか塗らない。その代わりに、グロスのリップクリームを唇に塗った。少しピンク色で艶が出る。
その後は服を選んだ。遊ぶからやっぱりGパンかな。だったら細身のものにして、上着はTシャツを選ぶ。上半身に目がいった時、胸がないのが寂しいから誤魔化せるように大きなイラストの入ったものにした。
朝ごはんを食べ、ふと時計を見ると九時五分前で、慌ててあたしは残りのご飯を食べきって、急いで家を後にした。
公園の前の道路には、白い大きなワゴン車が止まっていた。他に車がないので、きっとあれがガウリイの車なんだろう。体だけでなく、車までデカイのかと思いつつ、近づいて覗き込むとやっぱりガウリイだった。
何か夢中で本を見ていてあたしに気づかない。仕方なく窓をコンコンと小さく叩いた。
「リナ。おはよう」
「おはよう。待った?」
「ちょっとな。とりあえず乗れよ」
「うん」
ドアを開けて助手席に乗り込む。中は広くて割ときれいだった。
でも初めての空間で、なんかドキドキする。緊張を隠すようにガウリイに話しかけた。
「タバコ、吸わないのね」
「ん、ああ。あんまり好きじゃないんだ。それより……」
「ん?」
「いや、やっぱりお前さんちっこくて細い………わーやめろっリナ!!」
「んっんっんーっ。あたしにとってそれが禁句だってこと忘れたのかしら?」
持っていたバッグでガウリイの頭をバクっと殴りつけると、ガウリイは大げさに騒いだ。
まったく大げさなやつだ。
「まったく、脳みそ大丈夫? ちゃんと使ってる? 使わないとそのうち溶けちゃうわよ」
「使ってるよ。一応」
「そうかなー。ガウリイの頭ってくらげみたいにぷよぷよしてそう」
「……どんな頭だよ……」
はーと大げさにため息をついたのを見て、あたしはやれやれといった仕草をして、シートベルトに手を伸ばす。カチンと音がすると、ガウリイが嬉しそうに笑う。
「お前さん、ちゃんとしてるな」
「これくらい当たり前でしょう」
「でも出来ないヤツもいる」
「そうだけどさ」
ガウリイは本当に嬉しそうにいうと、今度はあたしの頭に手を乗せて撫で撫でした。
……これって完全に子ども扱い……よね?
こめかみに怒りのマークがぷつぷつと浮かんできた。
「だああああっ! いい加減子ども扱いしないでよっ!!」
あたしはまだ未成年で、子どもといわれれば子どもだ。でも、ガウリイの態度はまるで、小学生くらいの子どもに対するものと感じる。
年の差を見せ付けられているようで、何かカチンと来るのだ。
「してないぞ。偉い偉いってしたんだ」
「それが子ども扱いでしょうがっ!!」
「じゃあ、大人扱いして欲しいのか?」
「は!?」
「だから子ども扱いが嫌なんだろう? だったら大人として扱えばいいのか?」
騒ぐあたしに、ガウリイが近づいてきて――思わずカウントを始める。
三十センチ……二十センチ……十センチ……五センチ……
……ぃゃあああっ駄目えええぇっ!!
「くぉんのおおおおおおぉっ、なにするんじゃあああああっ!! 馬鹿っアホっくらげっ変態っ! このセクハラ大魔王めええええぇぇっ!!」
めごっ、と不自然な角度のため、威力はあまりないけど、あたしのアッパーカットがガウリイの顎に炸裂した。
「ててて……」
「ふんっ自業自得よ」
「だってリナが……」
「なんか言った?」
「う……」
「あのねえ、子ども扱いしなかったら大人として扱うというのは分かるけど、なんで一足飛びにそうなるのよ?」
「いや、そういう意味かと」
「ふざけんな。」
あたしは拳を握り締めたまま、ガウリイに笑顔を向けた。ガウリイは顎を手で押さえている。
でもその姿が結構かわいくて、また、思いっきり騒いだせいか、最初の緊張はどこかへいってしまった。
「まったく、セクハラ大魔王なことしてるからふられるのよ」
「してねぇよ」
「したじゃん」
「だからしてないって。それより、そのセクハラ大魔王はやめてくれ」
「じゃあ、エロエロ大王?」
「…………もっと悪い」
ガウリイを社会人で大人として見てはいけない。格好つけても情けないところが結構ある。
なんていうか、あたしの中でガウリイのポジションが決まった時だった。
でもそう認識すると、あたしはガウリイに対して警戒心が解けて、遊園地までの道のりはとても楽しいものになった。