Step 1 「出会い」

 それはよく仕事帰りによるマッ●に入った時だった。

「いらっしゃいませー」

 高い、いつもより大きな声がオレを迎えた。カウンターの向こうには小さな女の子。高校生のバイトかな? と思った。赤い大きな目が好奇心いっぱいでオレを見ている。そこには、通常見る女の打算なんかない。ただ来る客が面白いのだろう。
 カウンターの前に立つと、少女が「ご注文はお決まりですか?」と尋ねる。オレは「これとこれと……」とメニューを片っ端から上げていく。
 少女は顔色を変えずに手早くレジを打った。最後に「お持ち帰りですか?」と聞くのに、「いや、食ってく」と答えると、少しだけ驚いた顔をした。
 それはそうだろう。今注文した量はざっと六人前程度か。それでも少女はすぐに元に戻って、「少々お待ちください」という言葉とともに、すぐにトレイにハンバーガーを積み始めた。
 ただ単に、そんな些細なやり取りだった。

 何回か足を運ぶと、少女はまた来たなという顔になる。それは嫌な意味ではなく、面白い客がまた来たという感じだ。
 今日はいつもより遅かった。こんな時間までバイトしていて大丈夫だろうか、と心配になりながら注文した。少女はオレの心配など気にせず、注文したものをトレイに載せていく。それを受け取ってよく見ると、ポテトが載っていることに気づいた。

「あれ? オレ、ポテトは頼んでないけど」
「いつも気前よく買ってくれるからおまけ、ね」

 と少女は笑みを浮かべた。
 オレは「ありがとう」と返し、ハンバーガーとポテトとジュースがたくさん載ったトレイを持って入口近くのテーブルに座る。ハンバーガーをパクついていると、少女はどうやら仕事が終わったようで、スタッフルームへと消えていくのが視界の片隅に見えた。
 オレは残りを急いで食べ終え、出てくる少女を外で待った。

「さっきはありがとう」
「うわ、……びっくりした」

 いきなり声をかけたオレに、少女は大きな目を見開いてこちらを見る。
 カウンタ越しには分からなかった、少女の細い足。そういえば、この子は小柄というだけでなく、どこそこ細いなと、そんな観察をしてしまう。

「驚かせて悪かったよ。でもちゃんとお礼言いたくて」
「別にいいわよ。ポテトひとつだもん」
「そうはいかないだろ。売り物をおまけにつけてくれたんだし」
「だって、いつも楽しそうに食べるんだもん。見ていて楽しいのよね。だからつい」

 少女は小さな舌を出して笑う。
 大人の女がしたら、ぶりっこ(死語)だと言われるだろう仕草も、少女がすると可愛げがある。

「あたしもよく食べるのよ。だからあんたの食べるのを見てるとちょっと親近感が、ね」
「お前さん、そんなに細いのに、そんなに食うのか!?」
「うっさいわね! どうせチビよっ!!」

 ぼすんっ、と持っていたバッグで体をど突かれて、慌てる。
 なんか、見た目より凶暴のようだ。

「オレ、細いって言ったんだが……。小さいなんて一言も言ってないだろう」
「あたしにとっちゃ、似たようなもんよ」
「……」
「あたし、『小さい』『胸なし』の類義語を言ったヤツは遠慮なくド突くことにしてるの。あんたが言ったのも同じことだから」
「おいおい、それはちょっと……それにあんたって……オレにはガウリイという名前があるんだが」

 口も早いし、手も早い。黙っていれば可愛いのに、性格はかなり過激みたいだ。

「ガウリイね。別に名乗ってもらわなくてもいいんだけど……」
「んー、なんかお前さんに興味持ったから」
「興味って……ガウリイってばそういう趣味!?」

 驚いた、と手をあげて大げさなポーズを取る少女。そのリアクションは面白いが、趣味を肯定する気にはなれない。

「違う! ただ単にポテトのお礼を言いたかったし、今はお前さんが面白くて、もっといろいろ話してみたいと思っただけだ」
「なんだ。良かった。てっきりロリコンかと……」
「オレはまだ二十四だ。おじさんじゃないぞ」
「あたしはまだ十八歳だもん。ほーら、六歳も年が違うじゃない。おじさん。おじさん」

 確かに小中学生から見れば立派なおじさんの部類に入る年かもしれない。
 だけど、高校生にそう言われるなんて……ついいじけたくなってしまう。いや、オレだってまだ若いはずだ。

「お前さんだってすぐにオレの年になるぞ」
「ふふんっ、その頃にはあんたは三十じゃん。やっぱりおじさん♪ あ、ちなみに、あたしリナって言うのよ。お前さんって言うのやめてよね」
「リナ、か」

 なんだかんだ言って結局名乗ってくれたリナ。
 なんか苛められている(?)のに、なんかすごく楽しい気がする――そう思うと、リナとの間には、何の打算もないからだということに気づいた。職場でのライバル関係、男と女の駆け引き、友達だと思っているヤツでも、年収やら女との付き合いなど、なんとなくそういうのを気にしている。
 だけど、リナとはそういうのがない。言葉尻を取って揚げ足取りして、でもただ単にそういう風にじゃれているだけのような気がする。

「なあ、ポテトのお礼させてくれよ」
「は?」
「今度のバイト休みっていつだ?」
「明日よ」
「明日か。明日飯食いに行かないか?」
「もしかして……ナンパ?」
「だから違うって」

 確かにポテトは安い。でも、金銭の問題じゃないんだ。名前も知らない人に笑いながらくれる――リナの好意が嬉しかった。
 しかもそれは、顔でもなく、勤めている会社でもなく、ただオレがたくさん食べるのが見ていて気持ちいいという理由だ。大食というのは、どちらかというとマイナスポイントとして見られていたのに、リナはそれがいいというのだ。
 そう思うと、せっかく話しかけたのに、また店員と客の関係に戻るのがつまらない。

「あたしたくさん食べるのよ。ポテト一つの代金じゃとても足りないけど?」

 リナはおごってやった、と偉そうに言わない。たかが、ポテト一つだと。

「でも、お前さ……いや、リナがしてくれたことがそれだけ嬉しかったってこと」

 ちょっとした優しさが身にしみる時がある。今まさにそんな感じだ。
 だけど、リナはそれが分からないようで、うーん、といった顔をしてオレを見る。

「まあ社会に出るとさ、嫌なこととかあるんだよ。そんな時に、リナのしてくれたことが嬉しかったわけ」
「ふうん。いろいろ大変なのね。まあ、明日は暇だし。たくさん食べても奢ってくれるって言うならいいわ」
「んじゃ決まり。時間は……七時にここでいいか?」
「七時ね。大丈夫よ」

 オーケーをもらい、リナに手を振って別れた。
 マンションに戻っても、リナの好意が嬉しくて、温かい気持ちで眠りについた。
 この日から、リナとの付き合いが始まったんだ。

 

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