最初の人――神がはじめて創った人間。そしてゼフィーリア王家の始祖。
それは小さな子ども以外誰しもが知っていることだ。
「創世記を見て、おかしいと思ったことがない?」
リナは真剣な表情でみんなを見た。
しかし、創世記というと、本の中でも分厚い部類に入るほどの歴史の蓄積だ。おかしな点などあちこちにあるといっていい。
その前にリナは自分のことを『最初の人』の先祖返りだと言っている。そうなると、『最初の人』のことに限られるだろう。
その後、ゼルガディスの顔色が変わり、衝撃に口元を押さえるのを見た後、リナはまた話しだした。どうやらゼルガディスは気づいたらしい。
「ゼルは気づいたみたいね。そう――創世記にはこう記述されているわ。
――赤の竜神は人という存在を創りたもうた。
そは、白い肌黒い髪に、赤の竜神を色を象徴する赤い色を瞳に宿した一人の女性。まさに赤の竜神の化身のような姿でもって、その後に創られた者たちの先頭に立ち国を興す。
神の力と魔の力が混ざり合う不安定なこの世界に、彼女は不思議な力を以って人々を安住の地を与えたという――
ねえ、おかしいと思わない? 赤い瞳というだけで、どうして『赤の竜神の化身のような姿』と言うのかしらね」
リナは苦笑を浮かべながら、リナが指摘する矛盾点を言う。
その話の内容に、他の者たちも「あ……」と思わず呟く。
「確かに……赤い瞳というだけでは、化身とまで行かない、な」
「そう、ですわね」
小さい頃から聞かされた話に、特に矛盾に思うこともなかったのだろう。
リナ自身、『混沌の言葉』を知り、そしてあの部屋に入るまで、自分がなぜ栗色の髪をしているのかまったく原因が分からなかったのだから。
「先ほど言ったあの部屋のことだけど、ゼフィーリア城は神話の時代、ゼフィーリアを建国した時からあるわ。年月によってあちこち改築とかは行われているけれど、基本的な所――特に地下は一度も改築したことがないの」
「それで?」
「だからね、あの部屋は神話の時代からあるってこと。そして、その部屋にあったものは、真実を書かれた本当の創世記――」
リナは昔の記憶を掘り返す。
あの部屋にはじめて入った時、『混沌の言葉』で閉ざされていた割には、中は質素で中央に小さな机が一つしかなく、お宝でなくてがっかりした。
その机の上にある、一冊の本を手に取るまで――
「創世記というと間違いかもしれないわね。ただの懺悔を綴ったものだし」
「どういうことだ?」
「騙していたの。ゼフィーリア王家は……ううん、『彼女』は……」
「騙していた? もう少しはっきり言ってくれないか?」
「……そうね、悪かったわ。話すと決めたのにね」
ここまで来たのに、全てを語るのに躊躇してしまう。
そのために、どうしても情報が小出しになり、その都度ゼルガディスたちは理解できずに顔を顰めた。
「そこで見つけたものにはこうあったの。赤の竜神が創りだした最初の人は、赤い髪に赤い瞳の女性だった――と。スィーフィードをそのまま人の形にしたような感じだとあったわ」
「……どういうこと、だ?」
「最初の人は赤い髪に赤い瞳の女性だった。彼女はその後に創られた人たちを率いて、人々が住めるところを作ったらしいわ。そして、それが人の始まりでもあり、ゼフィーリア王家の始まりでもある。それなのに、今の創世記ではどうしてゼフィーリア王家が黒髪赤い瞳だと伝えられているのか――そのことになるんだけど……」
核心に迫ると、リナに抱きついているアメリアの手に力が入るのが分かった。
気の毒に、と思う。自分と関わりを持たなければ、アメリアもこんな重い事実を知ることはなかったのに、と。
「黒い髪は魔を受け入れた証らしいわ」
「魔?」
「証?」
「受け、入れた?」
理解できないといった表情で口々に疑問符が出る。
リナは彼らの表情に苦笑した。
「神話の時代だから、完全に神も魔も居なくなったわけではなかったのよ。神が気にかける人をよく思わない魔族が彼女を唆したのね。どう言ったのかは分からないわ。でも、彼女はそれを受け入れた。そのために彼女の髪は闇色に染まってしまったらしいわ」
「……っ」
「……ちょっと待て。それじゃあ……」
リナは最初の人を彼女と称し、彼女にあったことを簡潔に説明した。
実際、彼女がどうして魔の誘いに乗ったのかは分からない。あの懺悔を記した書にもそこまで書かれていなかったからだ。
けれどその魔の誘いに乗ってしまったために、彼女の髪は闇の色に染まったという。
魔の誘いにのっても、神への信仰心がなくなったわけではなかったため、かろうじて瞳の色だけは赤が残ったのだと。
「彼女は人々の中で過大ともいえるほどの支持を得ていた。だから、スィーフィードは彼女のことを許したし、人々も彼女のことを許したとあるわ。だから、ゼフィーリア王家の始祖としてそのまま残れたらしいの」
「にわかに信じられない話だな」
「ああ、確かに最初の人の末裔かもしれないが、闇に染まった人間だったとは――」
「そうね。その後ゼフィーリア王家には黒髪に赤い瞳しか生まれなかったみたいだから、それが定着しちゃったのね」
「その話は本当なんですか?」
否定したいのだろう。リナ自身、それを見たとき否定したかった。
けれど、その書の古さと、『混沌の言葉』をもってしてでければ入れない部屋――それらを統合すると、彼女が懺悔のために書いたものだと考えるしかなかった。
「あたしも……否定したかったわ。でも、否定できるだけの要素がないの。それに――」
「それに?」
「創世記のこの一説――彼女は不思議な力を以って人々を安住の地を与えたという――これは多分、『混沌の言葉』のことだと思うの。彼女だけははじめて創った人ということで、『混沌の言葉』を理解する、また使える能力があったと思うわ」
「なるほど……」
「それにね。神話の時代、彼女以外色をまとう人はいなかったらしいの。みんな黒い髪黒い瞳だったらしいわ。でも、今は違うわよね?」
彼女は一番最初に創られたというだけで、後は他の人と同じなら、彼女はここまで特別扱いされなかった。けれど、スィーフィードは彼女にだけ赤い色を与え、他の人たちは黒髪黒い瞳だったらしい。
もしかしたら、彼女が魔の誘いにのったのは、彼らと同じようになりたかったのかもしれない、とリナは思った。特別視されるのに、疲れていたのではないか、と。
「でも、それならガウリイやミリーナ、黒以外のほかの色を持っているやつはどう説明すればいい?」
「それは、スィーフィードが彼女が闇の染まったことを嘆いて、他の人にも色を与えたため、らしいわ。だからガウリイみたいな色をもつ人は後からできたのよ」
「そうか」
みんなやっと納得がいったという表情をする。
けれど同時に、ショックもあるだろう。
「あと、あたしが先祖返りだと言ったのは、この髪と『混沌の言葉』を解することからかしら」
「その『混沌の言葉』だが、どうしてリナは知ったんだ?」
「あたしには特別なことじゃないのよ。空にも大地にも『混沌の言葉』が刻まれている。それを自分なりに解釈して組み立てたのがあたしが使う魔法ってわけ」
リナには特に特別なことではなかった。そういったものは、自然が、精霊たちが自然と教えてくれる。それを理解し組みたてれば、自ずと『混沌の言葉』を使った魔法ができた。
「だけどね、完全な先祖返りじゃないの。彼女は赤い髪だったけれど、あたしの髪は、はどう表現しても赤じゃないわ。近いけれど、栗色が一番あっていると思う」
「あ、ああ」
「だから、彼女と同じだけの力がないんだと思う。そうでなきゃ、魔族の欠片を相手にあれほど手間取ることはないと思うもの」
事実を知ったとき、力の強さより先祖返りなどないほうが良かったと思った。
それよりも、みんなと同じ黒髪黒い瞳であったのなら、自分の場所を確保できたのに、と。
それでも、今は感傷に浸る暇はない。リナは顔を上げると、真剣な表情でゼルガディスを見た。
「ゼロスはその事実を魔族の力のおかげで知っているんだと思うわ。人々が今まで人の祖だと信じていたゼフィーリア王家が、実は闇に染まった人間だったと知ることになる。そうしたら、ゼフィーリアに対する不信感は募り、ゼロスが直接手を出さなくても自然とこの世界に争いを生むことになる――そう考えていると思うわ」
それを避けるために、リナはあえて自分の秘密を曝け出した。