第4章 伝説と真実、そしてライゼールへ-4

 隠していた自分の秘密はあらかた話し終わった。
 後は、彼らが自分を見る目がどう変わるか――実はそれが一番怖かった。
 大事、なのだ。彼らが。
 リナにとって大事なのは家族、そしてゼフィーリアだけだったのに、いつの間にかそれ以上に大事に思うものができた。
 その彼らに、自分の存在を否定して欲しくなかった。

「あたしの隠していたことはこれだけよ」
「……そうか」
「ええ」
「そういえば、先祖がえりだと言ったが、その根拠を聞いて言いか? 生まれ変わりという説もないわけではないだろう?」

 ゼルガディスの問いに、リナは少し躊躇った。
 リナ自身、その説を考えなかったわけではない。けれど。

「ないわ。あたしはあの部屋で彼女の手記を見ても何にも思わなかった。もし、あたしが彼女の生まれ変わりだとしたら、何らかの感情が湧いてもいいはずだわ。でもそれがなかったの」
「そう、か」
「ええ」

 それに輪廻というものがあったとしても、彼女の生まれ変わりだとしても、現在リナはリナであり、前世が影響を与えることはない。
 彼女の手記を見たとき、自分の容姿の謎が解けたという思いだけだった。

「聞きたいことはそれだけかしら?」
「ああ。とりあえずこの情報を整理するほうが先だ。それからライゼールが――ゼロスとやらがどう動くかを考えなければ」
「そうね。あたしのことよりそっちのほうが先だわ。エルメキア王を暗殺しようとしていたこと、ゼロスが知っていたゼフィーリア王家の秘密、そして彼の力――それらがあたしたちに知られてしまった以上、ゼロスは動くでしょうね。もう秘密裏に動く必要はないもの」
「ああ、早急に兵をまとめなければ。それにゼフィーリアを守るために、かの地に兵を駐屯させることにもなるだろう。了承してくれるな?」

 了承も何も、ゼフィーリアのことに関してリナは口を出す権利はない。
 たとえ前ゼフィーリア女王の実子といえど、リナはその存在を認められていないのだから。
 けれど、エルメキアが公にしてゼフィーリアに使者を出すとなると、時間がかかる。それはそれだけの時間をゼロスに与えてしまうことに繋がる。

「――分かったわ。『ハト』を貸してちょうだい。あたしの名で父さん――前王に伝えるわ」

 ハトとは鳥の足に文書をつけて手紙を送るシステムのことだ。
 この場合鳥はなんでも構わないが、この手紙のやり取りが始まった時、鳩を使ったため、その名残として“ハト”と呼ばれる。
 他に手っ取り早く会話が可能な水晶球オーブなどもあるが、魔力を使えば魔の力を持つゼロスに筒抜けになる可能性もあるため、時間はかかるが安全そうなハトを選んだ。

「そうしてくれ。そのほうが早い」
「ええ。ゼロスが動く前に先手を打たなければ……ね」
「ああ、そういうことだから、ルーク」
「なんだ?」

 呼ばれて、今まで黙っていたルークが答える。

「急いで軍の準備にかかってくれ。ライゼールが全力でもってゼフィーリアを攻めるとしたら、かなりの人数になるだろう。それを食い止めるだけの派兵が必要だ」
「分かった。出立はどれくらいがいい?」
「できるだけ早く、だ。『ハト』で連絡さえ出来れば、ゼフィーリアのほうも受け入れてくれるだろう。連絡の『ハト』が帰って来たらすぐに出れるくらいがいい」
「了解。んじゃ、俺はこのまま準備に行くわ」
「頼む」

 ルークは快諾すると、すぐさま部屋から出ていった。
 兵をまとめ、出兵させるとなるとかなりの大仕事なのだろう。リナはその辺りに詳しくはなかったが、大人数が移動すると考えればだいたいは分かるような気がした。
 いきなり大軍を駐屯させるのは、ゼフィーリアにとって心配だろうが、エルメキアは春の同盟もあり、それほど民も不安に思わないだろう。
 いや、思わないで欲しい。ライゼールに侵略されて、ゼフィーリア王家の抱える秘密が暴露されるよりいいから。
 複雑な思いを抱えながら、リナはルークが出ていった扉を見つめていた。

「ゼルガディスさん、わたしにも『ハト』を貸してください。父さんにも連絡しておいたほうがいいと思うんです。これからは個々の国ではなく、お互い団結する必要があると思います」

 アメリアの凛とした声により現実に戻る。
 大国であるエルメキアとライゼール、そして聖地であるゼフィーリアが渦中にあれば、セイルーンも動かざるを得ない。
 ゼフィーリアまで侵略されてしまえば、セイルーンもライゼールの魔の手から逃れることはできないだろう。
 となると、ここは力を合わせてライゼールを討つべきだ。

「分かった。すぐに手配しよう」
「お願いします」
「あたしも早く手紙を書くわ」
「頼む」

 各々やることを見出した後は、それぞれ素早く行動する。
 ゼルガディスはハトの手配を、ルークは軍部にすでに向かっている。
 アメリアもセイルーンに向けて文書を送るべく、ゼルガディスに付いて行った。
 シルフィールは伯父デビットの様子を見るために部屋を出た。
 残ったのはベッドの上で手紙を書こうとしているリナと、心配そうにしているガウリイの二人。
 ガウリイの視線が痛くて、リナは目の前にある羊皮紙に集中しようとする。

「リナ」
「な、なに? 今これ書いてるから話しかけないでくれる?」
「……」
「し、心配かけさせちゃって悪いと思うけどさ、話とかもあると思うけど、ちょーっと待っててね」

 返事がないということは、不満はあっても了承したということだろう。
 そのためリナは手紙に専念した。鳥が運ぶため、内容は短めに、けれどしっかり情報が伝わるよう、文章を推敲する。
 そして一通の文書を書き終えると、それを小さく折りたたんだ。
 その後、はじめてガウリイのほうを見た。

「リナ」

 心配そうなガウリイの顔。多分これからのリナのことを考えているのだろう。
 でも、だからこそ巻き込んではいけない――と思う。
 リナは深く息を吸い込んだ後、自分の出生の話をする時に決めた言葉を紡ぐ。

「ガウリイ、約束を果たすわ」
「リナ?」
「さようなら――よ。ガウリイ」

 リナのセリフに、ガウリイの目が大きく見開かれる。
 本当なら、一人で出ていこうと思っていた。
 これは国同士の問題でもあるけれど、それ以上にゼロスと自分の問題であると思っているからだ。
 というより、魔の力を持つゼロスをなんとかできるのは、『混沌の言葉カオス・ワーズ』による魔法を使えるリナと、光の剣を持つガウリイくらい。
 けれど、ガウリイは大国エルメキアの王だ。彼を連れていくわけには行かない。
 リナは一人で行かなければならない。
 別れの時だった。
 別れの時はちゃんと別れの言葉が欲しい、というガウリイの願いにリナは応えようと思った。

「ガウリイを暗殺しようとした犯人は捕まったわ。最初の約束だと、暗殺の問題が片付くまで――そうだったわね?」
「それはそうだが……」
「それが片付いた以上、あたしがここにいる理由はないわ」
「リナ……」

 ここに居れば、ある程度の安全は得られる。
 けれど、それと同時に大事な彼らを危険に晒すことにもなる。
 だから。

「あたしがここでやるべきことは終わったわ。だから……さよなら、ガウリイ」

 リナは努めて笑顔で別れを告げる。ともすれば、泣きたくなる気持ちを抑えて。
 いきなり訪れた別れのために。

 

目次