第4章 伝説と真実、そしてライゼールへ-2

 ゼルガディスの真摯な瞳に、リナは降参するしかなかった。
 もし自分が隠していたせいで、自国やエルメキアに不利になっても困る。それに、ライゼールを、ゼロスを相手にするのに、一度でけりをつけなければ被害者の数も多くなるだろう。
 それはリナも望むことではない。

「――分かったわ。でも、一つだけお願いがあるの」
「なんだ?」
「あたしがこれから話すことは、ゼフィーリア王家においても知らないこと。王族はもちろん、神官、魔道士たちも知らないこと――それを分かって欲しいの」
「話を聞かなければ判断できないが、リナの知っていることはリナ以外誰も知らないこと――そういう意味だな」
「ええ」

 リナが生まれた時、誰しも知らなかったこと。そして、時が経ち、自分の手で自分の秘密を知った。
 それまで、リナはただどこかでゼフィーリア以外の血が入って、それでこんな髪の色に生まれたのだと、皆が思っていた。
 そういう意味ではゼフィーリアに罪はない。

「だから、あえて隠していたとか、そういう風に見てほしくないの」
「分かった」
「なら話す――」
「駄目よ!」

 リナが覚悟を決めて返事をした時、横から甲高い悲鳴が上がる。
 声の主はアメリアで、彼女の顔は先ほどより青ざめていた。

「駄目よ! そんなことしちゃ駄目!」
「アメリア……」

 必死になって止めようとするアメリアの姿に、ゼルガディスたちは訝しげな表情で彼女を見る。
 リナのほうは、アメリアもあの部屋に入って、全てを知ってしまったのだと理解した。

「……馬鹿、ね。あんたまでそんな重いもん背負わなくてもいいのに……」
「リナ。……だって……だって、リナの存在を証明したかったんだもの。前に教えてもらったあの部屋で何か分かれば――って思って。リナがいなくなってから、ゼフィーリアに一回行って……その時に知ったの」
「馬鹿ね、アメリアってば。でも……ありがとう」

 最後のほうは涙目になったアメリアを、リナは引き寄せて抱きしめた。
 初めての親友で、そして妹とも言える存在。その彼女に、自分がはじめての恋に囚われている時、自分と同じ重荷を背負わせていたのだと、今頃になってやっと理解した。
 アメリアは小さな子どものようにリナの名を呟き着ている服を握り締める。彼女を撫でながら、リナは表情を引き締めた。

「話を中断して悪かったわね。でも、あたしの秘密はアメリアの様子を見ても分かるように、それだけ危ないものなの。それでも理解してくれる?」

 もしかしたら、アメリアと同じように重荷を背負わせるだけかもしれない真実。
 だからこそ、その重荷を覚悟して持てる人でなければ話せない。

「もとより、聞かなければ話は進まない」

 とゼルガディス。

「んなもん、聞いてみたら大したことなかった、なんて話じゃねぇだろうな」

 と茶化すようにいうルーク。

「リナさんを信じてます」

 静かな表情で、でもどんな話を聞こうとも受け入れることを決めたシルフィール。
 そして――

「リナはリナだよ。ほかの誰でもない。代わりなんて誰にもできない。リナがいる――それだけでオレには十分だ」

 少なくとも、ここにいる人たちは自分のことを認めてくれているのだと分かり、リナは嬉しくなった。
 それならば、自分も彼らに応えなければならないだろう、とも。

「先に質問していいか?」
「なに?」
「あの部屋ってのはなんだ?」
「ああ、あの部屋、ね」
「なんか大層な感じがしたんだが」

 ルークの率直な質問に、リナは苦笑した。
 あの部屋とは、ゼフィーリア城の地下奥深くにある、閉ざされた一室を指す。
 今まで誰も開けたことのない部屋だったが、ここに来て、リナとアメリアがその部屋を開けた。

「ゼフィーリアの地下奥深くにある部屋よ。通常は入れないようになっているの」
「通常は……だが、リナとアメリアは入れたのだろう?」

 次に質問するのはゼルガディス。
 このままいくと部屋の説明と、魔法の説明のほうが先だろうと判断して、リナはまずそちらの説明から入ることにした。

「そこはね、ある魔法で閉ざされた部屋なの。普通の魔法だと開かないように細工されているわ」
「ならどうして二人は?」
「そうね、それを話す前に、まず魔法の話から入りましょうか」
「おい、どうしてそういう話にいくんだよ?」
「物事には順序ってもんがあるのよ、ルーク」
「でも魔法がなにかあるんですか? 確かにリナさんの魔法は強いですが……」

 心配そうに尋ねるシルフィールに、ゼルガディスも小さく頷く。
 反対にアメリアはすでに知っていることだし、ガウリイは魔法というものに対しての知識がないため、真剣に聞く気はないらしい。適当に相槌を打っているのがよく分かる。

「そうね、あたしが使っている魔法はみんなとは違うから」
「違う?」
「みんなが使っているのは、『精霊の言葉スピリッツ・ワーズ』でしょう? 精霊たちに語りかけ、そしてその思いの強さに比例した力を貰う」
「ああ」
「でも、あたしが使っているのは違うのよ」

 リナは話すと決めたら、自分でも驚くほど淡々と説明することができた。
 『精霊の言葉』は人の世になってから新たにできたもので、精霊たちに力を貸してほしいと語りかけ、その思いの強さによって精霊たちは力を貸す。
 けれども、リナが使うのはまだ神も魔も存在した時代の言語――『混沌の言葉カオス・ワーズ』を使用したものだ。
 こちらは思いの強さなど関係ない。この言葉を使った魔法は――術者が持つ魔力容量によるが――精霊たちに強制的に力を出させることができる。

「簡単に言ってしまうと、『精霊の言葉』を使った魔法は『力を貸してください』ってお願いしてるものなの。でも、『混沌の言葉』は絶対命令。これを使われたら精霊たちは有無をいわず力を貸さなければならない。それが神話の時代での約束事なの」
「……知らなかったな。リナが魔法を使っていても、あまり違いは見られなかったし」
「そうね。かなり似たものだから。もともと『混沌の言葉』を元に『精霊の言葉』を作ったから、呪文なんかはあまり違いが見られないのよ。根本的にはまったく違うけどね」

 神話の時代が終わり、神も魔も姿を消した頃、人が世界を占めるようになった。
 そして、人は最初の人の教えと、残った遺跡などから新たな魔法を作り出した。それが『精霊の言葉』を使った今の魔法。

「人には『混沌の言葉』のような命令するようなものはできなかったの。人の魔力容量は小さいし、人には大して力がなかったから」
「なるほど」
「だからお願いするような形になったんですね」
「ええ」

 ここでやっとリナと彼らの魔法の違いを知り、彼らは得心がいったという表情をする。
 けれど、リナの使う『混沌の言葉』による魔法は、精霊たちに命令できるほどのもののため、それだけリスクは大きい。

「アメリアにはそれを使った『開錠アンロック』の魔法を教えたことがあったの。これくらいなら正確に発音さえできれば問題ないものだから」
「問題ないというと、ほかに何か問題があるのか?」
「あるわ。あたしが倒れて二日間寝込んでたのを見てたでしょ? 強い分、制御が難しいの」

『混沌の言葉』を知っているのと使えるのとでは違う。
 使えるという点では確かに使えるが、あれほど数を使ったのは初めてだ。
 精神力が弱まり制御できなくなれば、使った魔法は術者に跳ね返る。

「今の魔法は精霊たちが身の丈にあった力を貸してくれるからいいけど、『混沌の言葉』の場合、自分で加減しなきゃならないのよ。最後のほうはあたしも結構きてたし、それでも使っていたから体のほうがまいちゃったのね」
「そうか」

 あの時、ガウリイたちが来てくれなかったら、魔法の制御ができなくなっていたかもしれない。
 もしくはゼロスの前で倒れ、連れ去れていたかもしれない。
 どちらにしろ、もう少し力がほしい、と切に思う。

「そういう点ではオリジナルじゃないから仕方ないわね」
「オリジナル?」
「ええ。創世記にある『最初の人』――多分、あたしはそれの先祖返りなんだと思う」

 今まで隠し通していた真実。
 けれど、それは思ったより簡単に自分の口からするりと出た。

 

 

※魔法に関して
リナの魔法と違うのだという意味で、精霊たちにお願いして力を貸してもらう『精霊の言葉』というものをオリジナル設定で作ってます。
魔法としては力の差として、『精霊の言葉』<<<『混沌の言葉』を使った魔法。
それと『精霊の言葉』は魔力容量の問題と意思の強さによって、同じ魔法でもそれぞれ強さが違うという感じです。

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