第3章 リナとゼロス、そして創世記-11

 戦いの場は狭い部屋からバルコニーを経て庭へと移った。
 二人の力はどちらも強く、両者とも引けをとらない状態だった。互いに相手を倒す決定的な力が足りない。
 とはいえ、長引けば体力がない分リナのほうが不利になる。それに魔族の力を手に入れたというだけあり、ゼロスは呪文を唱えなくても力が使えるため、どうしてもリナのほうが不利だ。

「くぅっ……」

 今もリナの腕に見えない力が当たり、服が破れ血が滲んだ。

「さすがですね、リナさん。魔族の力を持つ僕を相手にここまでできるとは。さすがは『混沌の言葉カオス・ワーズ』を操るだけあります」
「……っるさいのよ! 人の力で偉そうに講釈垂れんじゃないっての!!」

 リナはヤケになって叫んだ。
 今ゼロスがリナに苦戦させているのは、手に入れた魔族の力によるものだ。
 それに――

「それにあんた、増幅ブースト使ってるわね?」
「おや、分かりましたか?」
「分からないわけないでしょうが! しかも、あんたそれを喰ってるわね!?」

 リナがそう言うと、ゼロスは笑みを浮かべた。
 魔法とは精神力に左右される。それを補うのが増幅するアイテムだ。
 その作り方は精霊たちを揺さぶるほどの激しい感情を形にするというもの。激しい感情ならば、正の感情でなくとも負の感情で構わない。それよりも負の感情のほうが強いため、たいてい負の感情を元に作られるほうが多い。
 ましてやライゼールはラルティーグ信仰で多くの死者を出している。捕まった時に閉じ込められていた部屋の四隅にあった怨嗟のこもった 思念球オーブは、その時に作られたものなのだろう。あれだけの死者なら、今ここにある以上に作られたはずだ。
 リナはゼロスのやり方に寒気を感じた。

 ゼロスの望みを叶えるのならば、実に合理的なのだ。
 手に入れた魔族の力は欠片と表現していた。欠片だとしても人には余りあるものかもしれない。けれど目的を果たすためには、それを更に確固たるものにするために増幅に込められた負の感情を喰らうのだろう。魔族が負の感情を好んだように。
 そしてそれを作るためにまずラルティーグに侵攻した。ライゼールの王の望みを叶えてやる振りをして密かに自分の力となるものを蓄えていたのだ。
 しかも平和だった世界でいきなりの戦争だ。
 一応、戦は終わっているが、人々の不安は尽きない以上、そこから生まれる負の感情も尽きることがない。
 そうやって十分自分の力を蓄えた後、最終目的であるゼフィーリアに目を向けたのだ。
 そして今、自分を捕らえるためにラルティーグで手に入れた増幅を、魔法の力を増幅させるためでなく、ゼロスの中の魔族の力に負の感情を与えるために使っている。

「気に入らないのよ! そういう勝ち誇った顔は自分の力だけでやった時にすることね!!」
「すでに魔族の力は僕の力です。リナさんのほうこそ息が上がってますよ」
「……っさい! 明かりライティング!!」

 リナは光量最大の『明かり』をゼロスにむけると、彼は眩しいために手で顔を覆った。
 その隙を逃さず、リナは次の呪文を唱える。

烈閃槍エルメキアランス!」

 青い光がゼロスに向かう。光に目が眩んだゼロスは避けようとしたが『烈閃槍』に当たり、数歩よろめいた。
 魔族の力を持っている以上、肉体に効果があるものより、精神に作用したほうが魔族の力を削げるかもしれないと判断したためだ。
 この魔法は人を殺すことはできないが、精神的疲労をもたらす。捕まえて吐かせたいことがあるため、殺傷能力の高い魔法を使うことはできない。殺すことを前提にするならもう少し魔法を選べるのだが、ライゼールの実情を知るためにもそれができなかった。

「いくら魔族の力を持っていても、精神に作用する魔法は結構効くんじゃない?」
「……そう、ですね。さすがに当たると堪えます」
「そう、良かったわ。それならあと何回か食らってもらって、当分大人しくしてもらいましょうか」

 リナは笑み浮かべると、もう一度呪文を唱え始める。
 ゼロスはふらつく足でなんとか立ち上がり、次の呪文を避けるために、リナに対して魔族の力を使う。それがリナの頬を軽く傷つけ、細く赤い線が走る。
 けれどもリナは集中力を乱すことなく呪文を唱えた。立て続けに魔法を使い、リナのほうも精神的に限界が来ている。外すことはできない。

烈閃槍エルメキアランス!」
「――ぐぅっ!」

 青い光がゼロスを貫き、再度地面に膝をついた。リナのほうも肩で息をしている。
 けれどまだだ。近づいて捕まえるためには、もう少し弱らせてからでないと危険――リナは冷静に判断して、気力を振り絞ってまた呪文を唱え始める。
 そこに――

「リナーっ!!」
「リナっ! 大丈夫!?」

 魔族の力と魔法の力によって荒れ果てた庭園に、馬を駆り向かってくる一団。
 声を聞いて思わず呪文の詠唱を止めて後ろを振り向くと、ガウリイを筆頭にシルフィールまで勢ぞろいしていた。
 彼らの無事を安堵しつつ、ゼロスから視線が逸れたため慌てて戻そうとしたところ、見えない力で吹き飛ばされる。

「きゃあっ!!」

 地面に叩きつけられて、あちこちに痛みを感じた。
 さすがに受身も何もできなかったため、思い切り投げ飛ばされたせいだ。
 痛みに堪えていると、ふわりと体が持ち上げられる。顔を上げると心配そうに覗き込んでいるガウリイがいた。

「リナっ!!」
「ガウリイ……」
「こんなに傷だらけになって……」

 ガウリイの手が優しく傷ついた頬に触れると、リナは温かい気持ちになれた。
 このままそれに浸りたかったが、ゼロスとの決着がついていない。
 リナは「大丈夫」と短く答えて、自分を支えているガウリイの腕を押しのけようとした。

「あれが『ゼロス』か?」
「……聞いたの?」
「シルフィールに」
「そう」
「リナ、これはエルメキアの問題だから、リナはもう後ろで休んでいてくれ」

 押しのけようとするリナを後ろに追いやろうとするガウリイ。後部ではアメリアとシルフィールがいる。そちらに行けば怪我の治療をしてくれるだろう。
 ゼロスがライゼールの間者だと思っている彼らにすると、これはもう国同士の問題であり、リナ一人で解決する問題ではないと判断したに違いない。
 けれどゼロスが魔族の力を持っていることまで知らない。このまま行けば、彼らは魔族の力で負傷してしまうだろう。
「駄目よ! ゼロスは魔族の力を持っているのよ! 普通の人が相手できるヤツじゃないわ!!」
「……なんだって?」
「『烈閃槍』を何発か食らわせたから少し弱っているけど、あいつは呪文の詠唱なしに力が使えるのよ。あたしよりあんたがやられたほうが問題あるんだからね。とにかく下がってて!!」
「リナッ!?」

 ガウリイの気持ちは嬉しいが、それでも国での問題を考えると今ガウリイに倒れられても困る。
 それに、ゼルガディスとルークが魔法が使えても、そのレベルが違いすぎる。
 とにかく自分が頑張らなくては――と、リナはガウリイから離れてゼロスに向かいあった。

「ゼロス、覚悟しなさい!」

 気を抜くと倒れそうになるのを精神力でカバーする。
 キッとゼロスを睨みつけて宣言すると、ゼロスは口端を歪めた。

「覚悟をするのは、そちらではないんですか?」
「なに?」
「今の時間のおかげで持っていた増幅で魔族の力を補充できました」
「……っ!」
「リナさん一人でも苦戦していたのに、後ろにいるお邪魔虫を守りつつ、どこまで戦えますかね?」

 ゼロスの酷薄な笑みに、リナはしまった、と思った。
 ガウリイたちが駆けつけてくれたのは嬉しかったが、そのやり取りの間、ゼロスにチャンスを与えてしまったらしい。リナは奥歯をギリっと噛んだ。
 ゼロスはガウリイたちのことをお邪魔虫と評したが、彼らは自分の身を守ることはできる。ただし、それは人であれば、の話だ。魔族の力を持ったゼロスに対抗できるかどうかは不明だ。
 しかもゼロスが当初の目的――ガウリイの暗殺を第一に考えた場合、ガウリイを守りつつゼロスと戦わなくてはならなくなる。それはリナにとって格段に戦い難くなってしまう。
 たとえガウリイを殺すのが目的でなくても、ガウリイがリナの弱点になることくらい知っている。そうなればガウリイを狙ってくる可能性が高くなる。
 リナがどうしようかと戦い方を考えあぐねていると、ガウリイがリナを庇うように立った。

「ガウリイ!?」
「要するに、普通の戦い方じゃなければいいんだろう?」
「え?」

 狼狽するリナを余所に、ガウリイは通常使っている剣の柄に手をかけた。
 勢いよく引き抜かれたそれには刀身がなく、リナも、またゼロスも「はぁ?」といった表情になる。

「エルメキア王はとうとう狂ったんでしょうかね」
「ガウリイ、なに考えてんのよっ!?」

 やれやれといったゼロスに怒り出すリナ。
 そんな二人を余所に、ガウリイは大きな声で一言叫んだ。

「光よ――!!」

 

 

思わず光の剣出しちゃった。これでくらげ化決定?

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