第3章 リナとゼロス、そして創世記-10

 リナが前ゼフィーリア女王の第一子――この言葉を聞いたとき、ゼルガディスは今までにないほど驚いた。
 ゼルガディスはリナがこの城に来た時に、リナの素性を調べていた。そして、リナは今は隠居している前王の落胤ではないかという推測をした。
 しかし、シルフィールの言葉が真実ならば、リナは前女王の、ということになる。
 ゼルガディスはゼフィーリアの過去を振り返る。
 前女王の第一子出産は死産だったと報じられた。そのため第二子であるセラフィーナが王位を継承している。
 そこまで考えて、年齢的にも死産だった第一子とリナが年齢が、ピタリと当てはまることに気づいた。

「まさか……」
「ゼル?」
「俺たちはリナを前王ジョージの、と考えていたが、本当は前女王自ら生んだ第一子……なのか?」
「そうなると女王のほうに誰か愛人がいたということか? そしてできたのがリナで……けど、あの栗色の髪のため誤魔化すこともできなかったため、死産として報じた……?」

 推測が推測を呼んで、現状を忘れて皆がリナの素性を考えた。
 デビットも『小娘』と蔑んでいた娘が、ゼフィーリア王家に繋がるものかもしれないと聞いて青ざめている。
 そんな中、ゼルガディスはその情報を元にゼロスの行動を考えた。
 前王よりも前女王の子だった場合のほうが、バレた時に反応が大きいだろう。もしかしたら、ゼロスという男はそれを狙ってリナも手に入れようとしたのかもしれない。
 場合によっては、大軍を率いて攻め込まなくても、ゼフィーリアを手に入れることができる。
 ゼロスという男はそれを知っていて、リナを狙ったのか。

「違います!!」

 考え込んだゼルガディスの耳に、アメリアの高い声が響いた。

「違います! セシリア様もジョージ様もお互い思いあっていました。子どものわたしから見ても仲がいいのが分かるくら――」

 アメリアはそこまで言うと、はっとして手で口元を覆った。
 思わずリナのために二人を擁護してしまったが、その言葉が伝える事実に気づく。
 二人が仲がいいということは、リナが二人の間にできた子だと言える。
 それなら、リナは間違いなくゼフィーリア王家の血を引いている。ゼフィーリア王家にもち得ない色を持っているのに、だ。
 それは何を意味してるのか?

「アメリア、その話は本当なのか?」

 もしそうだとしたら、リナの存在になんの意味があるのか。
 どうしてあのような外見に生まれついたのか。
 ゼルガディスは事情を知っていそうなアメリアに問いかけた。

「……。それは……」
「答えてくれ。もしその話が本当なら、ゼロスという男はリナを手に入れるだけで、ゼフィーリアを手に入れることができるかもしれないんだ」
「え?」
「いいか。リナはあの国にとっては異質だ。だからこそ、先ほどの話が本当なら、人の目から隠されて過ごしてきたのだろう。民には死産だと報じられて」
「……」
「たとえお二人の子だったとしても、あの色はありえない。傍から見ればどちらかは分からないが、不義の末できた子に違いないと噂されるだろう」

 実際、ゼルガディスたちもそう思っていたのだから。

「……それは……っ!」
「違うと言いたくても、あれだけ現女王に似ているのに、あの、ありえない色では否定はできないだろう」

 ゼルガディスが書物の中で知る限り、ゼフィーリア王家は黒髪に赤い瞳の者しかいない。
 リナがゼフィーリア王家以外の血が混じっていると考えるほうが多い。この場合、混じっていないという説明のほうが難しいのだ。
 そしてそれはゼフィーリア王家の醜聞に繋がる。ゼロスはリナを手に入れて、彼らを脅せばそれだけでいいのだ。
 その醜聞を世に知られたくなければ、とだけ。
 真実などは関係ない。ただ、周囲がどう見るかが問題だった。

「分かってくれ。リナはそれだけ危険なんだ。そのゼロスという男がゼフィーリアをどうしたいのか不明だが、場合によっては王家を裏から操ることも、ライゼールに無条件で降伏させることもできることになるんだ!」

 ゼルガディスはアメリアの肩を掴むと、真剣な表情でありえるだろう可能性を語った。

 

 ***

 

 ゼルガディスに掴まれた肩が痛かった。それだけ彼が本気で心配しているのだろう。
 けれどこの場合の心配は、リナの生死ではなく、ゼフィーリア王家の危機――ひいてはこの世界の力関係の崩壊を懸念しているということがアメリアには分かってしまった。
 それは純粋にリナのことを心配しているアメリアにとって、怒りを感じてしまう。
 それに。

「言えません」
「アメリア?」
「どんな状況かは、わたしだって分かってます。でも、それだけは言えません!」

 アメリアはこぶしを握り締めて、ゼルガディスから視線を逸らすように俯き加減で搾り出すように答えた。
 本当なら、こんなことをしていないで早くリナを助けに行きたい。
 事情を話せば彼らも早急に動いてくれるだろう。
 けれどそれは駄目なのだ。
 たとえリナを助けるためでも、それだけは自分の口から言えることではない。

「アメリア! 今は時間がないんだ!」
「時間ってなんですか!? リナがゼフィーリア王家の血を引いていなければ、助ける対象じゃないってことですか!?」
「だから……助けないとは言っていない。けれど、リナの立場によって状況は変わってくるんだ」

 アメリアはゼルガディスの苛立ちを感じた。
 彼の後ろのほうでもガウリイが生気のない表情で心配している。
 疑問を投げかけたシルフィールも事の成り行きを不安な表情で見守っている。
 みんな心配しているのに、なぜ、リナがリナだからと助けてくれないんだろうか。
 ガウリイは今にも動きそうなほどそわそわしているのに、自分を掴んで放さないゼルガディスは、あくまでも一人の人としてではなく、国の重臣として考えている。
 アメリアはその対応に沸々と怒りが湧き上がってくるのを感じた。
 理屈では分かっているが、かといってその怒りを収める方法を知らず――アメリアは堪えきれずに叫んだ。

「言えません! リナが……っ! リナが、自分の存在を殺してでも守ろうとしているのに、わたしが勝手にそれを壊すことはできません!!」

 悲痛な叫びだった。
 それは、言えないと言いながら、暗にゼルガディスの質問を認めているようなものだった。
 分かっていても、アメリアにはそれしか口に出せるものはなかった。
 リナを助けたいという気持ちと、リナの秘密を守りたいという二つの気持ちに挟まれて。
 ぎゅっと目を瞑って俯いたアメリアに、先ほどとは違う優しい声でゼルガディスが声をかけた。
 肩を掴んでいた手はいつの間にか外れ、温かい手がアメリアの頭を撫でた。

「……すまなかった。言いたくないことを――」
「……お願いです……。リナを、リナを助けて……」
「分かった」

 大切な親友を、助けてほしい。
 そんな思いで恐る恐る見上げると、そこには先ほどより和らいだ表情のゼルガディスがいて、アメリアは少しだけほっとした。

 その後、ゼルガディスは近くにいた者にデビットを、外から鍵のかかる部屋に入れるよう指示した。
 王暗殺を企てた者にしては珍しいほどの破格の対応だ。
 彼のほうも、もう言い逃れをする気はなく、自らの足でその部屋へと向かっていった。
 それを見送った後、アメリアたちはランドールに向かって馬を走らせた。

 

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