第3章 リナとゼロス、そして創世記-12

 ガウリイは柄を握り締め、「光よ!」と叫んだ。
 その言葉に応じてか、柄から青白く光る刀身が瞬時に現れた。

「なっ!?」
「まさか……伝説の『光の剣』!?」

 いつから存在するのかは不明だが、刀身が文字通り光でできていて、魔族さえも一撃で屠ることができるという伝説の光の剣。
 それが何故ガウリイの手にあるのかは不明だが、リナはガウリイの切り札を信じられない思いで見た。

「魔族を屠ることができたっていうこれなら、お前の相手くらいできるさ」

 余裕の表情でリナの前に立つガウリイ。
 反対にゼロスのほうは余裕がなくなり焦りを感じたようだ。
 杖を前に構えると、いったん俯き、そしてそのあとは彼の周囲に魔法陣が浮かび上がる。

「確かに……リナさんと光の剣を手にしたエルメキア王を相手にするのは少々骨が折れそうですね。残念ですが、体勢を整えなおさせて頂きます」
「逃がすかっ!!」

 逃げようとするゼロスに、ガウリイが光の剣を構えて突進する。ゼロスが発した力は光の剣によりことごとく壊され、ガウリイの元に届かない。
 あと少しでゼロスをどうにかできる――そう思った瞬間、ゼロスが杖をトンと地面に着くと、魔法陣の輝きが更に増した。
 今までガウリイに向けていたものが攻撃的なものから、全体的に押し出すような力に変わり、光の剣の威力だけではそれを敗れなくなってしまう。

「くっ……」
「残念ですが時間切れです。それでは僕はライゼール戻らせて頂きます。そうそう、僕をどうにかしたいのなら、ライゼールまでいらしてくださいね」
「ふざけるなっ!!」
「ふざけてなんていませんよ。来ないなら来ないで、この世界を巻き込んでの戦にするだけです。もちろん――リナさん、貴女の情報もしっかり活用させていただきますので」
「なっ!?」
「貴女を手に入れられない以上、次の使い道はそれですから――」
「ふざけるなあぁっ!!」

 リナを『物』扱いされて激怒したのか、押されていたガウリイは唸り声を上げてゼロスに向かう。その姿にリナはこんな時なのに嬉しく感じてしまった。

(――ってえ、違う違う! 今はそんなこと思っている時じゃなくて!)

 リナは頭を数回振るとゼロスを睨みつける。
 ガウリイがあと一歩のところまで近づくと、「残念でした」という人を小馬鹿にした声を残してゼロスの姿は消えてしまった。
 多分、これも魔族の力の一部なのだろう。魔族は空間を移動する能力を持っていたのだから、これくらい容易いのかもしれない。
 けれどそれで納得できるわけがないだろう。

「……っざけんなっつーの! あのスットコ神官!!」

 怒りに燃えてこぶしを握り締めて立ち上がれば、いきなりのことで立ち眩みを起こしてしまう。

「あ……」

 ふらーっと傾く体。その後は全身に痛みを感じる。
 もしかしたら、魔法を思い切り使ったせいかもしれない――そんなことを思いながら、遠くにいるアメリアとシルフィールの叫び声を聞く。
 けれど遠くて――
 リナはくず折れる寸前に、しっかりとした太い腕が支えてくれるのを感じた。

 

 ***

 

 ざわざわと、騒がしい声が聞こえる。
 うるさい――素直にそう思った。
 静かになりたい。そう思って周囲を見回すと、暗い所を見つける。
 そこに行ったら静かにできそうだ、とそちらに体を向けて一歩を踏み出そうとして――

『リナ!!』

 明確に自分の名を呼ぶ声にリナは声のするほうに振り向いた。
 その声はとても懐かしくて、そして泣きたい気持ちにさせる。もう二度と会えないんじゃないかと思っていた人の声は、リナの体を熱くさせた。

「――ガウリイ?」

 ざわざわと声はするけれど、姿は見えない。
 その存在は確かに感じるのに、姿が見えないのがもどかしい。

「ガウリイーっ!」

 リナは思わず力いっぱい叫んだ。

『戻ってきてくれ――!!』

 切ない叫びを聞いて、リナは声のするほうに向かって走り始めた。
 ゼロスと対峙することを決めた時、もう会えないと思っていた人。

(戻れというなら戻るわ。楽することを取って二度と会えなくなる方がいや――!)

 リナは暗闇の中を声のするほうにひた走る。
 走って走って、そしていきなり光に包まれた。

「リナッ!!」
「リナ!」
「リナさん!」

 気づくと口々に自分の名を口にする人たちを、ぼんやりとした視界で眺めていた。
 みんな一様に心配そうな顔をしていて、どうしてそんな顔するの? と聞きたくなる。

「良かった……心臓が止まったからどうしようかと……!」
「……しん、ぞう?」
「まったくだ。シルフィールとアメリアがいなかったらどうなったことか……っ!」
「突っ走るのもほどほどにしてくれ。お前になにかあったらアメリアに殺されるところだ」

 いつもなら冷静なゼルガディスまで慌てているのが面白くて、リナは自分が今どんな状況にいるのかも忘れてくすっと笑った。
 それが気に入らないのか、アメリアが途端に心配そうな表情からすーっと冷たい表情になる。

「リナぁ? みんなにどれくらい心配かけさせたか分かってるの?」
「あ、アメリア?」
「リナさんは二日間も意識がなかったんですよ。一時は心臓まで止まってしまって、本当にもう……もう駄目なんじゃないかって……」
「シルフィール……」
「でも良かったですわ。こうして戻って来てくれて――」

 シルフィールに言われて、やっと自分が寝間着のようなゆったりとした服を着て、ふかふかの寝台に寝ているのに気づいた。
 どうやら城に戻ってきたようだ。しかもリナの部屋ではなく、豪華な客室といっていい室内だった。
 それにあちこちあった怪我も跡形もなくきれいになっていて、確かにあの時からだいぶ時間が経っていたことが分かった。
 リナは力の入らない体をなんとか起こして、自分の体を見つめた。

「そっか……あたし生きてるんだね……」

 たぶんあの暗闇をそのまま突き進んでいたら、確実に死が待っていたのだろう。
 声がして振り返ったため、寸でのところで現世に戻ってきたらしい。
 引き止めたのはガウリイの声。
 改めてガウリイを見ると、ずいぶん心配させたのだろう、かなりやつれたイメージを受けた。

「ガウリイ」
「リナ……良かった……」

 ガウリイと目が合うと、人目を気にしないでリナのことをぎゅうっと抱きしめる。
 けれどそのことについてゼルガディス達は何も言わないし、リナも無理に引き剥がすことは出来なかった。
 立場を考えるよりも、恥ずかしさよりも、生きてもう一度会えたのが嬉しかったから。

「ガウリイ……」

 ぼそりと呟いて、リナも抱きしめ返そうとした瞬間、アメリアが「ストップ!」という声とともに、体格に似つかわしくない強い力で二人を引き剥がした。

「アメリア……?」
「時と場所を選んでね、リナ。ガウリイさん」
「あ……」
「ガウリイさん、リナが助かって嬉しいのは分かるけど、その気持ちはみんな同じなんですからね。さっさとその手を離してください!」

 バリバリと音がするような感覚を覚えつつ、ガウリイと引き剥がされ、その後アメリアが飛び込むようにして抱きついてくる。

「うわっ、アメリア!!」
「リナーッ! すごっく心配したのよおおぉっ!!」

 結局、リナにとって何がどうなったわけではない。抱きつく相手が変わっただけだった。
 ガウリイは名残惜しそうな目で見てるし、けれどアメリアを引き剥がすのも気が引ける。仕方なくリナはアメリアの背中をポンポンと叩いた。
 リナにとってアメリアは友人プラスかわいい妹みたいなところがある。だからこんな風にストレートに泣かれると、リナはどうしても弱くて、アメリアに圧されてしまう。

「もう大丈夫だから……」
「リナぁ」
「もう……」
「浸っているところ悪いが、それよりももう少し詳しい話を聞きたい」
「ゼル……」

 来た――と思った。
 けれど仕方ない。ゼロスの後ろにはライゼールがある。いや、ライゼールは隠れ蓑でしかないが、彼らはそこまで知らないだろう。
 そのことやゼロスのことを話すには、ある程度自分のことも話さなければならない。でもどこまでうまく隠して話せるか――しかも知略に長けたゼルガディスを相手に。
 それと同時に、どうしたら祖国を守れるか、リナは思考を巡らせた。

 

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