第3章 リナとゼロス、そして創世記-7

「んじゃ、ちょっと荒っぽいけど、シルフィールには風の結界を張ってもらって、あたしが風の魔法で押し出す方法で行くわよ」
「……え!?」
「まあ、荒っぽいけど、浮遊レビテーションでちまちま移動するよりはだいぶ早いと思うから」
「……今さらっと言いましたけど……方向とかいろいろ問題があるんじゃ……」
「だからエルメキア城がよく見えるこのバルコニーにしたんじゃない。一直線にいけるように」

 エルメキア城を指差してさらっと言うリナに、シルフィールの顔は青ざめた。
 理論としては適っているとは思う。けれど、実際されるほうの身になると素直に頷けない。

「だいじょぶだいじょぶ。勢いは最初だけだから。速度が落ちたら『浮遊』に切り替えて、上空から様子を見て動いて頂戴」
「無茶苦茶……言ってくれますね」
「はは。まあこれが一番手っ取り早いもの。でも、あまりに危険だったら上空待機か、大事になるけど軍を動かして」
「……はい」

 もはやリナを止められない。そう悟ったシルフィールは仕方なく頷いた。
 確かに風の結界を張ってあるし、死ぬことはないだろうと無理やり明るい方向へと考えた。
 どうやら彼女に付き合うためには頑丈にならないといけないらしい。
 そこでふと、シルフィールはゼロスの言葉を思い出した。

「そういえばリナさん、ゼロスさんが言ったことって……?」
「ん?」
「あの……ゼフィーリアの、という……」

 聞いてはいけないことなのかもしれない。けれど、やはり気になってしまう。
 もしゼロスの言ったことが真実なら、どうしてこんな所に居るのか。また、どうしてありえない髪の色をしているのか。
 今まで考えていなかったけれど、リナの素性はものすごく複雑なのかもしれない。
 リナはシルフィールの問いに一瞬表情が強張る。けれど、その表情はすぐに怒鳴り声でいつものリナに戻った。

「ああもう! 一刻を争うってのにゼロスの世迷言を信じてんじゃないわよ!! ほら、早く風の結界を纏いなさい!」
「は、はいっ!」

 リナに急かされて、シルフィールは慌てて風の結界を纏う。
 そしてそのまま、リナの風の魔法でエルメキア城に押し出された。

「いっけえっ!!」
「きゃああああっ!!」

 シルフィールは誰にも聞こえないが、飛ばされながら悲鳴をあげた。
 風の結界は術者を軸に周囲に張られる。そのため丸いボールのような形になる。それを風の魔法で思い切り押し出されたのだが、くるくると回転してしまい、シルフィールの体ごとぐるぐる回る羽目になる。
 それでもシルフィールは意識を失うことなく、回転するたびに小さくなっていくリナを見ながら、エルメキア城に向かった。
 リナの表情の真意を考えながら――

 

 ***

 

「さて、じゃああたしはゼロスを探さないと……」

 くるりと振り向く寸前、後ろからいきなり声をかけられる。

「そんな必要はありませんよ、リナさん」
「……居たの」
「ええ。だいたいは予想できたので。それにリナさんとお話するのに、シルフィールさんは邪魔ですから」
「ふぅん。あんたも話す気があるなら話は早いわ。あんたの知ってることをとっとと吐きなさい!」

 リナは体ごと振り向いて、すぐ近くにいるゼロスを睨みつける。
 相変わらず食えない笑顔を浮かべたゼロスは、「まあ、それよりもお茶を用意してありますのでこちらへどうぞ」とその部屋にあるソファーに向けて手を差し出した。

「結構よ。毒でも入っていたら堪ったもんじゃないわ」
「僕がリナさんを害すとでも? 僕ほどリナさんを必要としている人はいないのに?」
「信用できるわけないでしょう? いったいあんたどこまで知ってるわけ?」
「そうですねぇ。でも全部話すと長くなるので、やはりソファーへとどうぞ」

 座ると何かあったときにすぐに対応できない。だから立ったまま話したかったのだが、ゼロスはとりあえず座らないことには話す気はないらしい。
 ゼロスのペースに嵌まってはいけないと思うものの、ゼロスがどこまで知っているのか、その確認をしたかった。リナは人の気配を探りいないのを確かめると、仕方なくソファに座る。ゼロスも次いで向かい合わせに座った。
 目の前に香茶とお菓子が置いてあるのを見て、用意周到なものだとリナはある意味尊敬した。
 喉が渇いていたので、確かめるように少し口に含んだ後、毒が入っていないのが分かるとぐいっと一気に飲み干した。
 これでもゼフィーリア王家においてリナの存在を危険視する者もいて、何度か毒殺されかけたことがある。そのせいか毒に関しての知識が豊富だった。

「で、あんたの話は何よ?」
「まあ、まずは誰も交えず一対一で話をしたかったんですよ。『最初の人』の生き写しである貴女に――」

 ゼロスの言葉にリナはかすかに眉をひそめた。それでもカップに口をつけながら、リナは平常心を装う。
『最初の人』――それは赤の竜神スィーフィードが初めて作った人のことを指す。
 この世界の始まりを記した書――創世記にそう記されている。
 赤の竜神が自分の力の一部を分離させて、ヒトガタを作ったものが始まりだと言われており、それを行った地が今のゼフィーリアであるという。そのため、ゼフィーリア王家が『最初の人』の末裔であると信じられていた。
 創世記には、その人物の正確な描写はない。
 ただ、ゼフィーリア王家の者は、皆一様に黒い髪に赤い瞳を持っている。そのため赤の竜神を模した『最初の人』も、そうであっただろうと解釈されているのだ。

 それなのに、なぜゼロスはリナのことを最初の人の生き写しと言うのか。
 リナの中に更なる不安が広がる。

「どうして僕がそれを知っているのか知りたいですか?」
「……」
「そうですね。それを語るのには、まず僕の話から始めましょう。そのほうが分かりやすいですからね」

 リナが沈黙したままでいると、ゼロスは楽しそうに語りだす。

「僕はね、リナさん。ディルスの片田舎で生まれたんです。ディルスにカタート山脈っていうのがあるのは知ってますか?」
「知っているわ。創世記にもあそこが魔族の拠て……」

 そこまで言うとリナははっとした。
 ディルスはカタート山脈という大きな山脈が南北を両断した国だ。そのため南北との交流がうまくいかないこと、それに魔族の爪あとが濃く残っているせいか、土地も貧しく赤の半島の中で一番貧しい国だった。
 今も、カタート山脈を恐れ、その周囲には魔族を封じるために建てられた神殿が多いという。

「そう、神話の世界においてカタートは魔族の拠点でした。人は今も魔族が甦るのではないかと恐れ、カタートの周囲にはたくさんの神殿が祀られています。僕はその神殿の中の一つで育ちました。親が神官だったので、必然とそうなったんですね」
「……その神官がどうしてこんなきな臭い真似してるわけ?」
「それがですね。僕も三年位前まではまっとうに普通の神官として生きてきたんですよ。赤の竜神を崇め、祈りを捧げる――そんな一生で終わると信じて疑いませんでした」
「余計、分からないわね」

 ほんの少し遠い目をするゼロスを現実に引き戻す。とにかく必要なことだけ聞いて、後は早くここから脱出しなければならない。
 ガウリイたちは大丈夫だろうと思っているが、それでも心穏やかでいられないのは仕方ない。一刻も早くガウリイの無事な姿を見たかった。

「三年前――ディルスに大きな地震がありました」
「地震?」
「ええ。ご存知だと思いますよ。各国が援助を出してくれたほどですから」
「あの時の――」
「僕はというと、その時神殿が崩れてしまい、呆然としていました。今まで信じていたものが全て崩れてしまったんです」
「だからって……」

 そうだとしても、どうしてリナの出生を知り、そしてライゼール王を唆すことになるのか。
 今この話だけでは理解できるものではなかった。
 リナが戸惑っていると、ゼロスの笑みが酷薄なものへと変わっていく。

「それはですね。見つけてしまったんですよ。崩れた神殿の奥から、旧世界の負の遺産――魔族の力の欠片を――」

 

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