幕間 邂逅 出会い

 セイルーンの王フィリオネルと第二王女がゼフィーリアを訪れたのは、第二王女であるアメリアが八歳のことだった。
 聖地であるゼフィーリアは毎日旅人が絶えない。この親子も例外ではなく、外交のためというより聖地への巡礼に近かった。
 ただ、さすがにセイルーン王家の者。彼らが訪れるのがゼフィーリアに知れると、彼はすぐにゼフィーリア城に招かれた。
 大きな父に連れられてゼフィーリア城の中に入っていくアメリアは、自国の城とまったく違う、幻想的な雰囲気にため息が出た。

「とうさん、すごいです!」
「ああ、いつ来てもここはきれいじゃのお」
「とうさんとうさん、あっちの花がきれいです!」
「おお、あれは珍しい花でな。どれ、あいさつの後でも見に行こうか」
「はいっ!」

 初めて遠くまで来たアメリアははしゃいで、父フィリオネルの手を引っ張って早く行こうと催促する。
 フィリオネルはそんなアメリアに笑みを浮かべつつ、アメリアを抱えると白亜の城――ゼフィーリア城の奥へと向かった。

 

 ***

 

 堅苦しい儀礼的なあいさつを交わすフィリオネルとゼフィーリア女王。
 アメリアはそのあいさつがつまらなくて、きょろきょろと周りを見回す。視線はゼフィーリア王の横にいる小さな女の子に移った。

(えーと、たしかゼフィーリアにはひとりむすめがいるって、とうさんが言っていたっけ)

 ならばその少女がゼフィーリア王女であるセラフィーナなのだろうと思い、アメリアはにこっと笑み浮かべた。
 けれどセラフィーナは恥ずかしいのか、父であるゼフィーリア王の後ろに隠れてしまう。
 フィリオネルたち大人はそのまま談笑をはじめてしまうし、話の内容の分からないアメリアは、ただただ退屈な時間を過ごすはめになった。

(つまんない……)

 時間にしたら、ほんの半刻くらいだろう。けれど大人の会話はアメリアに理解できるわけもなかった。すぐに飽きて、アメリアは一人でこの城を探検することに決めた。
 幸か不幸か、彼らは談笑に夢中で席を立ったアメリアに気づかなかった。

 

 ***

 

 城の中はきれいなものばかりだった。廊下に並んでいる彫刻も、庭に出ると色とりどり咲き乱れる花々も、どれもアメリアを楽しませた。
 そしてあちこち興味を引きながら移動して、いつの間にかにどこから来たのかさっぱり分からなくなってしまった。慌てて周囲を見回すと、城の反対方向まで来てしまったようだ。
 この辺りは裏側といっても花が咲いていてきれいにされている。だからそんなところにまで入り込んでいたとは思わなかったのだ。
 周囲に人影は見えず、アメリアは急に不安になった。
 ゼフィーリアは小国といえど聖地である。そのため城はセイルーン城にも劣らない大きさだった。
 自分の城でも行った所のない場所があって迷ったりするのに、はじめて来た所でこんな奥のほうまで入り込んでしまったら、帰り道など分かるわけがない。

「ふぇ……とーさーん!! とーさんどこぉっ!?!?」

 アメリアは性格が明るくて元気な子だが、さすがに一人でいることに不安を感じて大声で泣き始めた。
 けれど誰一人迎えに来てくれる人はなく、アメリアはしゃがみ込んでしまった。
 空はばら色に染まりはじめている。もうすぐこの辺りは闇に閉ざされてしまうだろう。そうなったら自分はどうなるのか――アメリアは怖くて怖くて仕方なかった。

「とうさああん……どこぉ……」

 涙も声も枯れて、それでもアメリアは父のことを呼び続けた。

「そこにいるの、誰?」
「ふぇ? そっちこそだれなんですかぁ?」

 アメリアは泣き顔で声のするほうを振り向いた。くしゃくしゃの顔でそちらを見ると、栗色の同い年くらいの女の子が立っている。
 目が赤くて、アメリアにもゼフィーリア王家に関係するものだと分かった。

「えと……女王さまのしんせきのかたですか?」

 アメリアは失礼があってはいけないと敬語で話しかける。
 けれど少女は答えない。その沈黙が痛くなってきたとき、少女が笑顔で話しかけた。

「そんなこといいじゃない。あたしはリナ。あんたは?」
「わたし……アメリアっていいます」
「アメリア、ね。セイルーンの王女さまだっけ?」
「はいー」
「ああもう、王女さまがそんな泣きべそしないの。こんなところまで道に迷ったの?」

 リナと名乗った少女が近づいてハンカチを取り出すと、涙で汚れたアメリアの顔を拭いてくれる。
 口調は王女に対するものではなかったけれど、その手の暖かさにじんときた。

「まよったんですぅ~。もうかえり方がわからなくて……」
「やっぱり……この辺も花があるから気づかずにここまで来ちゃったのね」
「うう……」
「うーん……あたしは送ってあげることはできないし。……どうしようかなぁ。まだ夕食持ってくるまで時間あるし……」
「どうしましょう……」

 リナはこの城で働く侍女の娘か何かだろうか、とアメリアは推測した。それなら城の中まで入れないのも分かるし、この辺に住んでいるのもわかる。
 人がいるので先ほどよりは心強いが、まだすぐには帰れないらしい。

「でもモタモタしてると暗くなっちゃうしねえ。しかたない。アレをやるか」
「リナさん?」
「あ、あたしのことリナって呼び捨てにしてもいいわよ。セイルーンの王女さまにさん付けで呼んでもらうのもなんだし」
「そーですか?」
「うん。あたしも同じくらいの年の友だちってほとんどいないし、だから気楽にしゃべってよ」

 リナが笑ってそういうと、アメリアはなぜか嬉しくなった。

「はいっ!」
「そこ! 敬語なし!」
「はい! ……じゃなくて、うん!」
「よろしい」

 考えてみれば、アメリアも同じなのだ。リナが言ったように同じくらいの年の友だちがいない。
 いないというわけではなかったけれど、周囲の子はアメリアに対する態度は違う。他の友だちはアメリアに対する気楽さがなかった。小さな子どもの輪でも、アメリアは王女という特別なところにいたのだった。
 一応アメリアには年の離れた姉がいたが、その姉もふらりとどこかへ行ったきり戻ってこない。
 だからかもしれない。父であるフィリオネルにべったりとくっ付いているときが多いのは。
 フィリオネルはアメリアに優しかったから、友だちと遊ぶより楽しかったし、フィリオネルは王であり親なので、アメリアのことを王女扱いしない。
 本当に大事な友だちはいない――そんな孤独を抱えていた。
 けれど今、アメリアは気安く名前を呼び合える『友だち』を手に入れた。

「リナ、リナ!」
「なによ。今度は気安く呼んで」
「だって呼んでみたいんだもん」
「変な子ねー」
「だってわたしたち友だちでしょ?」
「そうよ。アメリアは友だち」

 アメリアは友だちと言われてまた嬉しくなった。
 泣き顔はどこかへいってしまい、今は満面に笑みを浮かべている状態だ。

「あ、これっていつも持ってるもの?」
「え?」
「腕にしてるのよ」
「あ、うん。ええと、あみゅれっとでもあるからだいじにしなさいって、とうさんが」
「ふうん。ならこれがいいかな。アメリア、ちょっと手を出して」
「うん」

 リナが何をするのか分からないけれど、アメリアに対して害を加えることはないのは分かる。
 アメリアはリナに言われるがまま、宝石護符アミュレットの付いた手を前に出した。

――空と大地を渡りしものよ
  火より生まれし輝く光よ
  彼の者を導く聖なる光となりたまえ

光小径ホーリィ・ロード

 アメリアには分からない言葉で何かを呟くと、アメリアの腕輪が光りだした。
 それは眩しいほど輝いた後、徐々に光を失っていった。
 その腕輪を覗き込むと、中央にはめ込んである大きな 宝石護符に、小さく輝く光を見つける。

「リナ、これなに!?」
「道を示す光よ。これを持っているかぎり、アメリアが本当に行きたい場所へと導いてくれるわ」
「ほんとう!?」
「ええ」
「すごーい! これならとうさんのところまで迷わずかえれるわ!」

 アメリアはリナの凄さと、父の元へと戻れることに喜んだ。

「ねえ、これって魔法なの?」
「うん。そうよ」
「魔法ってこんなこともできるのね。わたしも勉強する! リナみたいになりたい!!」
「あたしみたいに? うーん……それはどうかしらねー」
「なれないの?」
「なれないって訳じゃないけど……協会が教えるのは根本的に違うし……」

 今まで父であるフィリオネルが魔法を使わないせいか、魔法のことなど考えたことがなかった。
 が、リナを見ていたら自分も使ってみたくなったのだ。
 リナが口元に手をあてて考えているのを見て、自分には無理なのかと心配になった。

「だめ?」
「そうねえ。とりあえず強くなりなさい。この世界の魔法は意志の強さで変わってくるから」
「つよく? とうさんみたいに?」
「えーと……父さんというとフィリオネル王だっけ。確かに強いけど、肉体的に強いってだけじゃ駄目よ。精神的にも強くなるの」
「にくたいてき? せいしんてき??」
「うーん…まだちょっと分かりづらいかな」
「うん……。でもよく分からないけどがんばる!!」

アメリアにとってリナの言ったことはほとんど分からないけれど、頑張ればなんとかできるらしい。
 友だちと目標がいっぺんにできて、アメリアは俄然やる気になった。

「あ、もう暗くなっちゃうわ。食事係の人も来るから早く戻ったほうがいいわよ」
「あ、うん」
「あたし、ここにいるから、また遊びに来て。そのときもアメリアがここに来たいって思えば、それが連れてきてくれるわ」
「ほんとう? じゃあ、明日もくるね!!」
「楽しみに待ってるわ」
「うん。ありがとうね、リナ」

 アメリアは元気よく手を振って、城の中に戻っていった。
 リナの言うとおり、腕輪は迷った時にアメリアの行きたい方向を指し示してくれる。そのおかげですぐにフィリオネルの元へとたどり着いた。
 心配する父、フィリオネルにどこへ行っていたのかと尋ねると、アメリアは「友だちができたの!」と大きなはずむ声で答えた。
 娘の嬉しそうな表情に、「そうかそうか」とフィリオネルも嬉しそうに答えた。

 この日、セイルーン第二王女アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンは大事な親友と呼べるべき友に出会った。
 けれど、リナがどういう立場にいるのか、またリナの存在がどれほど稀有なのかを知るのは、まだ先のことだった。

 

 

魔法に関してちょっとだけリナが使う魔法は他の人とは違うんだよ~というのを。
本格的な違いは3章に入ってから。

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