リナが社長であるガウリイにお弁当を作るようになって一ヶ月が経とうとしていた。
「うまい」を連呼しておだてる――ガウリイは別にお世辞を言っているのではないだが――ため、結局リナは約束の一週間を過ぎても、毎日ガウリイと自分の分のお弁当を作っている。
リナも料理は好きだから嫌ではないのだが、さすがに大食漢である二人分のお弁当というのは、運ぶのにかさ張るし重いし、なかなか大変だ。それでもリナはガウリイが「うまい!」という一言のためについ作ってしまう。
(なーんか、その気にさせられちゃうのよねぇ)
今日も朝から揚げ物をパチパチと音をさせながら、菜ばしを持ってそんなことを考えてしまう。
テーブルの上に乗った春の行楽弁当並みの三段重ねの重箱はほぼ埋まっていて、後は今揚げているコロッケとチキンナゲット、フライドポテトを入れれば完了だ。
火が通ったそれらを油鍋から揚げて油切りのためにキッチンペーパーの上に乗せていく。熱が冷めたら重箱に入れればオッケーというところまでやると、リナは用意してある朝食に手をつけ始めた。
***
昼食前、お腹が鳴りそうなのをこらえつつ、リナはモニターを見ながらキーボードをカタカタと音を立てて素早くデータを入力していく。室内にはその音だけが響き、単調なそれは空腹だけでなく眠気も誘う。
こういう時にガウリイがいつものようにボケをかましてくれれば、スリッパをコンマ一秒で取り出してその黄色い頭に向けられるのに。そうすればこの眠気と沈黙から脱することができるのに――とちょっと物騒なことを考える。
けれど、今日のガウリイはなぜか真面目に仕事をしていた。しかし、よく見ると難しそうな顔をしている。
リナはキーボードの上で動かしていた手を止めて、ガウリイのほうをじっと見た。
「ん? どした?」
ガウリイは顔を上げてリナに尋ねる。
どうやらガウリイに向けた視線に気づかれたようだ。なぜかこの男はこういう気配に敏感なのだ。まるで野生の王国で育ったかのように。
ちらりと見たのがまずかった、と思いつつ、リナは適当に返事をする。
「いえ、いつもと違って真面目に仕事をしているのでびっくりしただけです」
「……オレ、そんなに不真面目に見えてたのか?」
「不真面目というか、デスクワークが苦手な人だと認識していますが?」
「……」
リナにしてみるとガウリイのような性格の人が社長というのがいまいち信じられない。しかもJ.F.カンパニー創設に携わった人たちから比べると、どうしても頭脳的な面など劣ってしまう。
もちろん上に立つ場合は、ただ頭がいいというだけでは人はついてこない。そういう意味ではガウリイは他の人より適任といえば適任なのだが。
「社長ってスーツとか着てるとパッと見よく見えるから騙されますけど、一緒に仕事をするとバレバレですよね」
「……悪かったな」
「本当ならつなぎとか着て現場で動いてるほうがあってるのに、って思いません?」
「……思ってる」
「ですよねー」
「どうせ、オレは社長に向いてないよ」
ガウリイはどうやらリナが言った言葉に拗ねてしまったようで、ボソッと呟くとリナから視線を逸らした。
その様子にリナは軽く笑ってしまう。
「お前さんなぁ……」
「別に悪い意味で言ったんじゃないですが、社長のすねた顔が面白くて」
「……おい」
「本当ですってば。あたしもJ.F.カンパニー創設に関する話は聞いてますので」
「ああ、あのことか」
J.F.カンパニー創設に関しては、ガウリイ以下、ミリーナとルーク、ゼルガディスの四人が中心で作った会社らしい。
ガウリイとミリーナ、ルークが同じ年で、ゼルガディスは二つ年下だが、スキップで早めに入学したため、卒業が彼らと同じ年になったという。その四人が中心にして、会社設立に関しての出資および経営のノウハウのために、ガウリイが社長に選ばれたというが、それ以外にも理由があった。
「ルークは言葉とか乱暴すぎるし感情的過ぎるし」
「お前さんも人のことは言えないと思うが……」
「ミリーナは人を支えるタイプだと思うし、ゼルも上に立つというより開発者としてとか、やっぱり人を支えるタイプだと思うし。そう思うとやっぱり社長が社長をやるのが一番いいのかなーって」
「どういう理論でそうなるんだ」
ガウリイが呆れた顔をしている。
今のリナの理論では、消去法でいくとガウリイしかいないという感じだ。納得いかないの分かる。
でもリナは数ヶ月ガウリイの下で働いてきた。たとえお人よし過ぎてパーティで仕事の話ができなくても、すぐにやる気ないとこぼして駄々こねても、それでも、やっぱりリナにとって社長といったらガウリイなのだ。
「えーと。社長ってなんか放っておけないっていうか」
「……どうせオレは五歳児だしな」
「そういう意味じゃなくて。ってか、よく覚えてましたね」
「さすがにあれは……オレでも覚えてるぞ」
パーティの時に言った『五歳児』を根に持っているらしく、ガウリイは口を尖らせて呟く。
その様子を見て、怒っていたとはいえ、さすがにあれは悪かったかな、と今更ながら思う。
「あの時は悪かったです」
「……」
「で、放っておけないってのは、別に無能だからって意味だけじゃないですよ?」
「……」
「なんて言うのかな。ゼルたちはたしかに有能だし、社長をしてもきちんとこなすことはできると思うんだけど、でも社長が社長をやっている今よりもまとまらないかなって」
「よーわからん」
リナはガウリイに自分の思っていることを、どうすればうまく伝えられるのかに夢中で、いつの間にかに敬語が抜けていた。
それにリナもガウリイも気づかない。
「だからね、えっと……社長は頭脳面では他の人に勝てないかもしれないけど……」
「分かってるけど、グサッと来ることを軽く言わないでくれ」
「拗ねないでって。だからぁ、社長には社長の良さがあるんじゃないの? ってことを言いたいのよ。でなきゃこの会社だって六年も続いてないと思うけど?」
「そうかなぁ」
「社長にならついていこうって思っている社員も結構いるみたいだし」
「そっか?」
ガウリイがやっと笑ったのに、リナはなんとなくほっとした。
リナにしても、仕事の話はミリーナやゼルガディスのほうが話がしやすいと思う。無駄がなく、きちんと伝わる。逆にガウリイには「いい加減これくらい覚えろ。このくらげ頭」と思うものの、ガウリイの秘書をやめたいとは思わない。
「そういう意味ではあたしも社長は社長だと思ってます。一番あってるんじゃないんですか? だって、この会社はちゃんと一つにまとまってますし」
そうなのだ。ミリーナはともかく、ルークとゼルガディスの上に立ってまとめているだけでもすごいと思う。彼らは個性が強いのに、ガウリイの下、一つにまとまっている。
「社長は彼らをまとめることができる――だから、あたしも社長のことをある意味尊敬してますけど?」
リナはさらりと付け足すように言うと、ガウリイは一瞬目を丸くした後、嬉しそうに笑ったのだった。
会話が一段落すると、タイミングよく昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「お、休み時間だな」
「そうですね。お茶入れてきます」
「おう」
二人とも仕事をするのをやめて、机の上に散乱している書類を片付けた。
リナは給湯室にいってお茶を入れて戻ってくると、ソファーでガウリイが嬉しそうな顔で待っている。この顔のおかげでリナはお弁当を作り続けているといっても過言ではなかった。
「今日の昼メシはなんだ?」
「いつもとかわり映えはしませんよ。ご飯から煮物、揚げ物まで。あ、そうそう。今日こそピーマン食べていただきますからね!」
「げっ!?」
社長――ガウリイは食べ物の好き嫌いはほとんどないのに、何故かピーマンだけは駄目だという。
この間作ったピーマンの肉詰めは、ピーマンを剥いて食べようとしたが、肉についたピーマンの香りのために食べるのを断念していた。
今日はミリ単位で細かく刻んでチャーハンに入れてある。ピーマンの香りはするけれど、これを避けて食べることはできない。しかも今日は主食だ。今日こそは食べさせるぞ、といきまいて、リナは持ってきた重箱の包みを開けた。
「フフフ、さあ、今日はちゃんと食べましょうね~♪」
「い、イヤだ!!」
「食べないと主食が食べられないわよ。チャーハンに細かく入ってるもの」
ケロリと言うと、ガウリイはちょっと涙目になって。
「なんでそんな小技を効かせるんだよっ!? 細かく刻むなんて時間がかかるだろうに!」
「時間がかかっても、あたしは社長にピーマンを食べさせたいのよ!!」
「なんでだよぉ!? ピーマンくらいいいじゃないか!!」
「だぁめ! 嫌がると無理やりにでも食べさせたくなるのよねぇ。ほーら、しゃ・ちょ・う、お口を開けてねー」
食事時は仕事の関係はどこかへいってしまうようだ。すでに立場は逆転し、チャーハンが乗ったフォークを持って嬉々とした表情でガウリイに迫った。
ガウリイはものすごく嫌そうな表情で、ソファーによじ登るようにフォークから逃げようとしている。
「やめろぉぉぉっ!!」
「ええいっ往生際の悪いっ!! さっさと口を開ける!」
「ぅあああっ! お前さんオレを本当に尊敬してるのかぁぁっ!?」
「えーえ、してましたとも。でももう昔のことです。今は『五歳児』に戻っちゃってますからね」
「また五歳児かよぉ! ひでえぞぉ!! うわーーっやーめーろーーーーっ!!」
こうして、J.F.カンパニーの社長室に、ものすごい絶叫が響いたそうな。
尊敬→昔のこと にするのにどうしようかと。
結局こうなりました。どうも『五歳児』は生きているようです(苦笑)
ガウリイかわいそうですね。(棒読み)