晴れていて雲が少なく星々がよく見える夜だった。
サイラーグで魔王となったルークとやり合ってから、ガウリイの提案でリナの実家ゼフィーリアに向かっている途中の宿でのこと。
なんとなく不思議な気持ちで寝付かれなかったリナは、窓を開けそこから空を見つめていた。
(なんだかなぁ……。なんでガウリイはあたしの実家に行く気満々なんだろ。女の子の実家に行くって意味分かってんのかしら、あのくらげは……)
そう思うと心のもやもやして、なんとなく寝付かれないのだ。
それは、自分がガウリイのことを好きだからだろうかと考えて、リナは慌てて頭を左右に振った。
(あ、あたしは別にあんなくらげのことなんてっ! …………もう、なんかイライラする……)
自分の気持ちがよくわからないリナは、ガウリイの思惑まで考えると脳みそがオーバーヒートしてしまいそうだった。
(頭冷やそ……)
そう思って、リナはまた夜空を見上げた。ふとそこに影ができる。
唐突に現れた影に、リナは緊張して目を眇めた。
「こんばんは。リナさん」
影からは聞こえたのは、以前耳にしたことがあるものだった。
「ゼロス……」
「お久しぶりです。リナさん」
影は次第に形を作り、見知った存在になる。宙に漂い、ニコニコとした表情で挨拶をするのは、獣神官ゼロスだった。
影からは馴染みある気配を感じたのでなんとなく見当はついたが、何のために現れたのかは分からなかった。
一緒にいた頃の最後は、「次に会ったときは敵同士」と言った。
それからしばらく後に会ったときは「そのほうが面白そうだから」と、木に似た魔族から助け、サイラーグへの道行を手助けした。
けれど、もう接点などないと思っていた。
なにより。
「お久しぶりもなにも……あたしは会いたいなんて言ってないわ。せっかくいい気分でいるんだからとっとと消えてよ」
緊張からかすかに声が掠れる。
次に会ったときは敵同士――その言葉は今も忘れていないし、ゼロスの性格や実力も知っている。緊張するなというほうが無理だろう。
「おや? おいしそうな負の感情を出していたのに……ですか?」
魔族は人の怒り、悲しみ、憎しみ――そういった負の感情を好む。ゼロスも例外でなく、先ほど悩んでいたリナの感情を喰っていたらしい。
とはいえ、リナのそういった感情が増したのは、ゼロスが姿を現したからだ。
「うるさいわね。だったら何の用だっていうの?」
「実はですね。獣王様からリナさんをどうにかできないかと持ちかけられまして――まあ、リナさんの弱点を探っていたんです」
「魔族もずいぶん暇なのね。たった一人の人間相手に」
リナは自分を殺しに来た――と直に言われなかったため、多少の緊張を解いて大げさに肩を竦めて見せた。
「それを言わないでくださいよ。これでも他の方があれこれ頑張ってるんですよ。だいたい、リナさんはただの人間ではないでしょう?」
「あいにく、ただの人間よ」
「ただの人間に魔王様や冥王様は滅ぼせませんよ。まあ話を戻して、僕がリナさんを探りに来たのは、僕が唯一リナさんに関わった人の中で滅ぼされてないからなんです」
「別に、あたしの邪魔をしなければ無駄に滅ぼされることもないわよ。そう言ってやれば?」
『邪魔をしなければ』というが、ゼロス相手にはそうはいかない。
ゼロスは基本お役所仕事であり、その時々で、リナを利用したり、導いたり、その過程で守るということまでしている。
だが、それらはすべて結果でしかない。
獣王からの命で、さらにお役所仕事をモットーにしているようなゼロスだから、するべきことだけをして敵対することがなかったからだ。
けれど敵対したとき、最後に立っているのはどちらなのか――それはあたしだ、とリナは力強く言う気にはなれなかった。
頭を軽く振って嫌な考えを吹き飛ばし、ゼロスを見返す。
「好きでやってんじゃないわよ。冥王といい、覇王といい……ルークだってそうだわ。全部そっちが勝手に絡んできたんじゃない」
覇王の件は少し違うけど、リナは自分の道を塞がれるのが嫌いなため、あえて数に入れた。
「そうは言っても……まあ、僕としても下手にリナさんに関わらないほうが、僕たちにとっていいと思うんですけどね。ま、上からの命令じゃ拒否は出来ませんので」
ゼロスは苦笑しながら答え、リナはその言葉に「お役所仕事は健在か……」とぼそりと呟いた。
「でもおかげでリナさんの弱点が分かりました」
「……え?」
あたしに弱点なんてないわ――そういう前にゼロスに続けて言われる。
「リナさんの弱点はガウリイさんなんですね」
「……」
「ガウリイさんに対してだけ感情がとまどい、そしてガウリイさんがいなくなるのを恐れる――」
ゼロスの目が開かれて、その紫色の瞳に見つめられる。
「そ、そんなことはないわっ!!」
リナはゼロスに心のうちを見透かされて、慌ててその言葉を否定した。
だけどその言葉、その行動がよりゼロスの言葉を肯定させる。
「リナさんが勝手にそう思っていてもかまいません。ただ、僕はリナさんが魔族を滅ぼすというのなら、リナさんより先にガウリイさんに死んでもらうだけです。ええ、ただそれだけですよ」
ゼロスに明確にガウリイを殺すと言われて、リナの体がビクッとする。
そしてリナから溢れる負の感情が更に増したことにゼロスは満足したような笑みを浮かべた。そしてゼロスの言葉に固まったリナに近づいて、その髪に触れた。
リナの体が反射的に小さく跳ねる。
「ねえ、リナさん。僕はリナさんのことをとても気に入っているんですよ? だからリナさんを滅ぼしたくない。ええ、滅びを望む魔族である僕がそう思うんです。おかしいですよね」
「なにが……言いたいの?」
「いえ、リナさんの性格からして、ガウリイさんがいなくなったらどうなるか――僕には想像が出来るんですよ」
リナはゼロスがリナの髪を弄んでいるのも気にならないほど、昔、冥王にガウリイが囚われた時を思い出していた。
あのときリナは、世界よりもガウリイを選んだ。今だってガウリイに何かあれば、リナはまた同じことを繰り返すのかもしれない。
「それにですね。リナさんほどじゃないけど、ガウリイさんのことも気に入っているんです。生身の人間のまま、混沌まで追いかけていくその意志の強さが――」
漂っていた思考が、ゼロスの『ガウリイ』という言葉で元に戻る。
そして、リナはゼロスを見つめた。
「ですから、僕にとってはリナさんもガウリイさんも、他の人間よりは気に入っています。ですから、下手なことをされて、他の魔族に殺されて欲しくないんです」
ゼロスはそう言うと、掴んでいたリナの髪に口づける。
「でも、ガウリイさんも気に入っているとはいえ、リナさんほどじゃない。だからリナさんを狂わせるためなら、ガウリイさんをリナさんの目の前で無残に引き裂いて差し上げますよ。そして最後にリナさんも僕の手で殺してあげます」
リナはゼロスの言葉を黙ったまま聞いていた。
狂愛――そう言うのが相応しいんだろうか。
ゼロスの想いは魔族特有のもの。それでも独占したいという気持ちは愛に似ている――
リナはぼんやりとそんなことを考えていた。
そして、ゼロスなら言葉通りやってのけるだろうと。
『宝石護符』を失くしたリナに対抗する術はない。ゼロスの思惑通り、彼の手にかかるだろう。
そう思うと体の芯が震えた。
「僕はね、リナさん。そう考えただけで震えが来るんです。嬉しくて嬉しくてどうしようもない気持ちになるんです。……でも、その楽しみをすぐに終わらせたくないんですよ」
「……」
ゼロスの陶酔した語りは、リナの背筋を凍らせるには十分だった。目の前にいる存在は、命とあれば迷わず実行するだろう。
リナはもう声が出なかった。
ある意味、冥王よりも、覇王よりも……そして魔王よりも恐ろしい。
「ですから目いっぱいあがいて生きてください。一番いいところで僕が二人を引き裂くまで――」
ゼロスはそう言うとリナに魔族特有の笑みを浮かべた後、闇に消えていった。
後には逃れられない呪縛に慄くリナが一人残された。
――約束ですよ、リナさん。貴方を殺すのは僕ですから――
ゼロリナにするならダークな雰囲気で…という感じ。やっぱり魔族だから、魔族特有の執着というか。
考えてみればゼロリナはダーク系、ゼルリナは切ない系(想いあっても別々の道を歩くとか)が好きな感じ。
ガウリナは甘いのからダークまでいろんなのが好きだなー。
(一部アニメの部分が入ってました)