01 押し倒す

 俺はカルマート公国の中央付近にある町にいる。
 それまではその北部にあるカンザスという所で古い遺跡の探索をしていた。そこには俺にとって有益なものはなかったが、結構珍しいマジック・アイテムを見つけた。
 それは俺にとって特に必要なものでもなかったが、売れば金になり旅費になる。そう思って、なるべく高値で売れるよう、闇のルートがあるこの国の中央までやってきたのだ。
 それを売りさばいて静かに去るつもりだった。
 そう、あいつらに会うまでは――

 

 ***

 

「ゼルいるー?」

 いるもなにも、返事をする前にドアを思い切り開けて馬鹿げた質問をしたのは、いろんな異名を持つ女魔道士で、一緒に旅をしたこともあるリナ=インバースだった。

「リナ……聞くならドアを開ける前にしろ。それじゃ意味がない」
「いやーん。ゼルちゃんったら」

 気まずいことに笑って誤魔化すのは相変わらずだな、と、知らずふっと笑みがこぼれる。
 昔の俺なら信じられないほどの対応。これも目の前にいるリナをはじめ他のやつらにもまれたせいか――どちらにしても、リナに真面目に答えてもおちょくられるのがオチだ。
 とはいえ、呼ばれ方が気に入らなかったため、つい一言返してしまう。

「ゼルちゃんはよせ」

 俺の言い分など聞く耳持たず、リナが興味津々で俺のほうに寄ってくる。

「それよりさー、お宝手に入れたんだって?」

 ああなるほど。それが目当てか。
 確かにお宝といえばお宝だろう。俺だって金にしようと思ったくらいだからな。
 だが、親切に話をする必要もない。

「だからどうした。リナには関係ないだろうが」
「大有りよー、どんなのか見たいの! 見せて見せて♪」

 擦り寄ってくるリナに慌てて荷物を持ち上げて窓際のほうに寄せる。このまま放っておいたら荷物まで漁りかねん。

「駄目だ。特にこれといったもんじゃない」
「ケチッ! いいじゃないっ!!」
「駄目だ。それより旦那はどうした?」
「ガウリイならその辺にいるんじゃない? ね、それより見せて」

 まったく懲りないリナは、俺の持つ荷物に手をかけて引っ張ろうとする。荷物からころりと転がって落ちようとしたマジック・アイテムを慌てて手に取り、リナに見せないよう後ろへと隠す。
 このマジック・アイテムは『記憶球メモリー・オーブ』と同じ様なものだ。ただ、記憶されているのが、太古の昔――神魔戦争の頃の記憶だということが、これの価値だった。
 別に見せても良かったが、リナのことだ「ちょーだい♪」となるのがオチだと思い、見せるのが躊躇われる。だいたいなにを言っても、金になると思えばリナは欲しがるだろう。
 だけど見せるべきだったと後で後悔する。
 リナは何でも知りたがるほうだ。拒否されればされるほど燃える性質の悪い性格だ。

「いいじゃないっ! 見せなさいよっ!!」

 リナに飛びつかれてよろめき、リナとともに宿のベッドに倒れこむ。
 ………なんか、ヤバイ状況になってきたな。
 だけど、リナはこの状態を理解せず、頭上に伸ばした手にあるマジック・アイテムに俺に乗ったまま、手を伸ばそうとする。体が密着して、リナの体温や柔らかさなどが体を通して伝わってくる。
 傍からみれば、女に襲われている男――という構図だ。
 だが、お宝を前にしたリナがそんなことに気づくこともなく――さらに体を密着(というか、俺の手から無理やり取るために、俺の体の上を這いずっているのだが)してくる。

「リナ……やめろ……!」
「そんなことより見せなさいよっ、往生際が悪いわね!」

 ほとんど俺の体の上に馬乗りになった状態で頭上に掲げたマジック・アイテムに手を伸ばす。
 いい加減どういう体勢でいるか気づいてくれ。
 と切実に願った。とはいえ、そんな願いが通じる相手ではない。

「あとちょっと……」

「ゼル、リナ知らない……」

 リナの声にドアがバタンという音が重なる。

「…………………うわあああっリナッ!? なにやってんだよっ!!」

 この状況を見て、旦那の顔色が赤と青と交互に変わった。
 それにしても、こいつらはなんて似たもの同士なんだ。扉の開け方一つといい……
 俺が呆れてるとガウリイがドスドスと近寄ってきて、俺の上に乗っかったリナを引き剥がす。

「ちょ……なにすんのよっ!? あとちょっとでお宝が手に入ったのに!」
「あとちょっと、じゃないっ!! お前さんなに考えてるんだっ!」
「なにって、お宝のことに決まってるでしょう!?」
「少しは状況を考えろっ!」

 リナがガウリイに抗議をするが、ガウリイは冷たい目でひと睨みするとリナは静かになった。
 だが、お宝を「見る」からいつの間にか、お宝を「手に入れる」に変わっているあたりがリナというか――そう思って思わず笑いそうになったが、ガウリイの突き刺すような視線で冷や水を浴びせられた気分になる。
 一瞬にして背筋にぞくっとした恐怖が走った。

「とにかくリナ、行くぞ」
「ちょっとガウリイってば横暴よ! 大体この体勢はなによ? あたしは荷物じゃないのよっ!」
「いい加減年頃の娘なら、していいことと悪いことの区別くらい付けろ!!」

 荷物を抱えるように脇にリナを抱え、ぎゃあぎゃあと喚くリナをつれて部屋から立ち去った。

 静かになった部屋は、まるで嵐のあとのような感じだ。
 隣からはまだ言い争いが続いてくる。しばらくするといきなり静かになったが、俺にとって何があったかなど知ったことではない。
 俺は急いで荷物をまとめると、静かに逃げるようにこの町を立ち去った。

 隣の部屋で心底怒った旦那にリナが何をされたかなど考えたくもない。
 いや、知りたくもない!
 俺はただ、次に会ったとき、旦那がくらげ頭全開で、今日の出来事を忘れていてくれることを祈るしかなかった。

 

 

お題で切ない系続いたんで今回はギャグに。
真面目に(?)やったら表には置けません(笑)
まあ、ゼルは気の毒な限りですけどね…

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