03 届かぬ声

 ――ルーク

 目の前のよく知る人物は怒りに我を忘れ狂気に走っている。
 関係ない人も巻き添えにして、あたりを血の色に染めていく。

 ――ルーク、もうやめて!

 私は一生懸命訴えたけど私の声は彼に届かない。
 それもそのはず、私はもう死んでいるただの幽霊ゴーストだから。
 普段の彼なら分かるかもしれないけど、今の我を忘れた彼には声が届かない。

 ――ルーク……お願い……気づいて……

 彼の怒りで彼の中にある何かが目覚める。

『許さない、許さない、許さない』

 それだけが彼から聞こえる唯一の心の声。
 彼は全てを憎んでいる。
 この世を、魔族を、人間を、そして、私を助けられなかった自分自身を。
 そんな彼を止めてくれたのは、しばらくの間同じ目的を持って行動していたリナさんとガウリイさんだった。
 二人にとって辛くて悲しい戦いだった。
 そして、ルークにとっても。
 だけど、ここでも私は見守るしかなかった。

 生き残ったのは、リナさんとガウリイさん。
 息も絶え絶えな彼の口から、二人の手で私の元へと来たかったのだと聞かされて、とても胸が痛んだ。
 そんなに想ってくれる彼を一人残したこと。彼をこの道に進ませてしまったこと。
 そして、関係ない二人を巻き込んでしまったこと。
 それでも、謝っても謝っても私の声が届くことはなかった。

 

 ***

 

 ――ルークどこ?

 彼の死後、私は彼の魂を探して彷徨った。
 だけど彼は見つからない。

 ――どこ? どこへ行ったの?

 ボロボロになった彼を一人にさせたくないのに、それでも彼は見つからない。
 そんな時。

「どうしたの?」

 不意に『私』にかけられた声。
 今まで『私』を見てくれる人などいなかったのに、その声は明確に『私』に向かっていた。

 ――誰? …………リナ、さん?

 目の前には少し大人びているけれど、リナさんの瞳によく似た女性が私を見つめていた。

「誰を探してるの?」

 ――ルークを……魔王になって死んでしまった彼を探しています……

 私は静かに答えた。
 自分の言葉に答えなど返ってくるはずもないと思ったけど、目の前の女性は静かに微笑んで。

「ああ、彼ね。彼はもう母なる金色の海に還ったわ。あなたもそこへ向かいなさい。そうすればきっと会えるわ」

 ――会える? もう一度?

「ええ。きっと……」

 目の前の女性は全て分かっているようで、私に向かって静かに頷いた。
 そして、空を指差す。

「上へ上へと昇っていきなさい。そうすればこの世界から出て、母なる海へと戻れるわ。人はそこから来てそこへ還るの」

 ――そうしたら……彼にもう一度会えますか?

 ずっと隠して伝えていなかった想い。
 それを彼に伝えたい。

「ええ。あなたなら大丈夫」

 ――ありがとうございます。あの……貴女は、もしかして……

「私はルナ=インバース。妹が世話になったわね」

 ――やっぱりリナさんの……リナさんにはこちらのほうがお世話になりました。最後にお礼を言いたかったけど……

 あの二人には私の姿が見えなかったから――そう言おうと思った矢先に、ルナさんが。

「リナが戻ってきたら伝えておくわ。ミリーナさん……でよかったかしら?」

 私を安心させるよう微笑むルナさん。
 その顔は私の知るリナさんを連想させて、初めて穏やかな気持ちになれた。

 ――はい。リナさんたちはこちらに戻ってくるそうです。ガウリイさんの提案で。

「ガウリイさん……リナと一緒にいる方かしら?」

 ――はい。二人とも信頼しあっていて羨ましい関係でした。ガウリイさんはリナさんの『保護者』だと仰っていましたが。

「そう、『保護者』……ね。とりあえずミリーナさん。あなたは安心して金色の海に還りなさい。そこであなたの会いたい人が待ってるわ」

 ルナさんは面白そうにくすくすと笑った後、私に優しい笑みを向けた。

 ――ありがとうございます――

 ルナさんの笑みに私は安心して、彼女の言葉通りに空に向かって昇り始めた。
 きっとその先でルークに出会えるだろう――そう思って。

 

 ***

 

「ルナ」
「あら、父さん」

 ルナは昇っていくミリーナを見つめていると声をかけられ、反射的に答えた。

「どうしたんだ?」

 ルナの父は相変わらず火のついてないタバコを咥え、背には釣竿を持っている。
 ルナはくすっと笑った後。

「別に……。そうそう、リナが帰ってくるらしいわ。ある人を連れて」
「なに!?」
「リナの自称保護者さんらしいけど……本当のところはどうなのかしらね」

 恋にしろ、本当に保護者だと思っているにしろ、妹を見てくれる人の存在はルナにとって嬉しかった。
 とはいえ、父親は複雑なようで。

「そいつは噂に流れてくる男か? 『光の剣』を持っているという――」
「さあ? そこまでは。でもそうだとしたら、さぞかしその人はびっくりするでしょうね」

 ルナはくすくすと笑いながら、父から聞いた旅先で会った不幸面(父談)の少(青)年の話を思い出した。
 緊張しながら来て、挨拶しようと思っていたら実は面識ある人だった――などと知ったらさぞかしびっくりするだろうと思った。

「でも、せいぜい脅かすくらいで追い出しちゃ駄目よ。リナにとって大切な人なんだから、ね?」
「知るかよ。だいたいちょっと突いたくらいで逃げちまうような男なら駄目だ」
「まったく……」

 娘を持つ父親というのは複雑らしく、前はさんざん「アイツは大丈夫だろうか」と心配していたのに、今では――とルナはため息をつく。
 そして青い空を見上げ、先ほど金色の海に向かったミリーナの姿を思い浮かべた。

 どうか想い人と会えますように――

 

 

ミリーナもやっぱりルークのことを少なからず想っている。だけど生きている時には伝えることが出来なかったため、一生懸命探している…という感じで。

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