08 後ろから抱きしめる

 あたしたちは囲まれていた。
 森の中、あちこちに影が見え、その影が少しずつあたしたちを囲んでいく。
 周りを囲んでいるやつらは、昨日吹っ飛ばした盗賊たちの残党に違いない。あんな三流を相手にするのは問題なかったけど、昨日のお宝を持っているのと、無駄に数が多すぎる。
 ストレス解消と盗賊根絶のために、『竜破斬ドラグ・スレイブ』でも一発ぶちかましたいくらいの数だ。

「……面倒くさいわね」

 あたしはぼそりと呟いた。

「何がよ?」

 隣で状況が見えてないかのような――というか何も考えていないようなナーガ――自称あたしのライバル『白蛇サーペントのナーガ』が尋ねてきた。

「あの数よ。荷物もあるし……相手するの面倒くさいわ」
「ふっ、わたしは手伝わないよ」
「別に頼んじゃいないどけど……先に言っておくけど、戦闘になって吹き飛ばしても知らないからね」

 別に吹き飛ばされたくなかったら手伝えと言っているわけじゃない。さっき言ったように数が多いのだ。
 どうやら昨日の盗賊さんたちは熱心にもお仕事中で、その留守中にあたしが盗賊いぢめを行った――という状態らしい。道理で、盗賊の数にしてはお宝が多いと思った。
 で、残った盗賊さんたちは、こうしてやられた仕返しと、お宝の奪還のためにあたし達の周囲にいる。
 数が多い分、ナーガなんぞに構っていられないのである。まあ、ナーガは頑丈だし、多少……いやかなり……違う、思い切り吹き飛ばしても、すぐに復活してくることは保障済みだ。
 だったら一緒に吹き飛ばしてしまったほうがよっぽど楽ってもの。

「リナ、今変なこと考えなかった?」
「気のせいよ」

 微妙に鋭いナーガを放っておいて、もう一度辺りに気配を配る。
 どうやらもうすぐ包囲網は完成しそうだ。そうなると聞き飽きた台詞を吐いて偉そうにのたまうんだろうなあ。
 ああ、面倒くさい。

「あたし逃げるわ」
「へ!?」

 あたしの「逃げる」という言葉に、ナーガが信じられないといった顔をする。

「面倒だもん。お宝持ってるし」

 盗賊さんたちを吹き飛ばしても、その間にお宝を取り戻されても嫌だし。それに少人数であっても盗賊いぢめを昨夜したばかりだし、根こそぎやってしまっては、『盗賊』というものが絶滅してしまう。
 だったら『翔封界レイ・ウィング』あたりで、ぱぱっといなくなったほうが手っ取り早いわ。

「珍しいわね」
「だから言ったでしょう。面倒くさいの。お宝はもう手に入れたもん。じゃ、あたしはこれで」

 別にナーガとコンビを組んでいるわけじゃないし、仲間っていうのも違う。
 お宝もたくさん持っているし、あたしは一人でさっさと逃げることにした。小さく『混沌の言葉カオス・ワーズ』を紡ぎ出す。

翔封レイ・ウ――」
「待った」

 ずべんっ

 飛びかけた体がナーガにマントを押さえられたためにバランスを崩して、地面へと見事に落ちる。

「あにふんのよ……」

 鼻を打ちつけて、出た言葉は変な発音だった。それにしても痛ひわ。
 恨めしげにナーガを見上げると、ヤツはふんぞり返って偉そうに言う。

「わたし魔法が使えないのよ。だから、わたしも一緒に運んでもらうわ」
「へ!?」

 ナーガの言葉に今度はあたしがきょとんする。

「『あの日』なのよ」
「マジ!?」

 ナーガに『あの日』があるなんて……!? 世の中すっごく驚愕なことがあるもんだわ!
 恐ろしいものでも見るように、あたしはナーガを見つめた。

「だから、昨日はあなたが一人で行くのを黙って見ていたのよ。せっかくのお宝を我慢して」
「ナーガに『あの日』ねぇ……」
「とにかく、逃げるならわたしも連れてってもらうわ。でなければ……分かっていると思うけど、あなたの邪魔をさせてもらうから」

 う……駄目だ。目が据わってる。
 このナーガ、敵にすれば恐ろしい(かもしれない)し、味方にすればなお恐ろしい。とはいえ、今この状況でぐたぐたやってると盗賊さんたちまで出てきてしまう。
 仕方なくあたしはため息をついて。

「分かったわ。後ろにしがみついて」
「ホーッホッホッホ。分かればいいのよ」

 ナーガは高笑いするとあたしの後ろに来て首に手を回した。
 盗賊たちがナーガの高笑いにビクッとしたが、あたしはそのまま『翔封界レイ・ウィング』でナーガと共に空を飛んでいった。

「ホーッホッホッホッ! とりあえず礼を言うわ。さすがに今のわたしでは、あなたに吹き飛ばされるのもごめんだものね!」

 ある程度行ったところで『翔封界レイ・ウィング』をやめて、地面に降りたあたしたちは、まずナーガの高笑いから始まった。

「別に放っておいても良かったんだけどね」

 あたしは面白くなさそうに言い捨てた。いや、実際面白くないのである。
 くそう……後ろに張り付かれたから、ナーガのでかい胸が背中に当たってムカつくことムカつくこと。
 ムカついても口に出せばナーガを増長させることになるので、あたしは黙って歩き出した。

「ふぅん……破壊の申し子・リナ=インバースはわたしのせいで貧乳を余計気にしたのかしら?」

 ぴき。

 ぐぬぬぬ……こういう時に限って妙に鋭いわ。ナーガのヤツ。
 でもナーガ相手に肯定する気もなく、

「勝手に言ってなさいよ。んじゃ」

 背を向けたまま歩き出す。
 だいたい胸なんてでかければいいってもんじゃないわっ! ナーガのようなボールみたいな胸は邪魔なだけじゃいっ!!
 い、言っとくけどこれは僻みでも妬みでもないのよ。本当よ。本当なのよ!
 誰に言うわけでもなく、あたしは心の中で握りこぶしを作って叫んだ。
 そんな時。

「うひゃああっ!!」

「やっぱり小さいわねぇ。リナってば。これじゃひがむのも分かるわ」

 後ろから手を回されて、あろうことか、む、胸をむにゅむにゅとやってるのよ!
  ナーガってば!

「ちょ……やめ……っ」
「あら、わたしはリナの胸が少しでも大きくなるようにしてやってるんじゃないの。揉めば大きくなるって言うし」

 ナーガは面白がっていまだに手を離さない。
 そりゃ確かに揉めば大きくなる、とか聞いたことはあるけどさ。だけどなんでナーガなんかにやってもらわにゃならんのだ?
 くうう……もう……もう我慢の限界だ。
 しかし、たとえここで理性が切れても誰があたしを責めよう? そう思うと、あたしは自分の感情に素直になり、大きく息を吸って。

爆裂陣メガ・ブランド!」

 どばあああああぁぁんんんっっ!!

「うどひゃひえ―――――っ!!」

 あたしの『爆裂陣メガ・ブランド』で奇天烈な悲鳴を上げてお空の星になるナーガ。
 ふっ、ざまーみろ。
 あたしはナーガの飛んでいった方向を見つめた。

 うーん……それにしても今日はよく晴れたいい天気♪ 空は青いし雲も少ない。
 そう思うと、あたしは何事もなかったかのように歩き出した。

 

 

初ナーガ×リナ。
個人的な理想はナーガはなんだかんだいってもリナが好き。
だからリナにちょっかい出すっての。
でもお題は「後ろから抱きしめる」だけど、実際は「後ろから抱きつく」になった(笑)

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