~ タマキ ~
「偽物を残して何の意味があるんですか?」
自虐的な言葉。
でも紛れもない事実だ。私は偽物なのだから。
それでも、はっきり認めたら、今まで抱えていた心の中の霧が一気に消えていくようだった。
アスル・アズールさんはすぐに答えない。何か考えているようで、それがなぜか癇に障る。たぶん、私が残ることの損得を考えているから……なのだと思う。
当事者なのだから仕方ないのだけど、それでも感情よりそういったものを先にされると嫌な気持になる。
「はっきり言ってください! 私が残ったって意味がないって!」
身代わりなんて嫌。必要とされていないのに残りたくなんてない!
感情の赴くまま、気づくとアスル・アズールさんに向って叫んでいた。
「どんなに頑張ったって私は偽物で、ミオさんには絶対に勝てない! いる意味もない。だから……だから、はっきりいらないって言ってください! そしたら……そしたら、私は……っ!」
ここまで言ってやっと自分でも気づいた。
怖がって逃げていたのに、自分は特別なのだと思い込んでいたことに。
そして、本当はミオさんが出てきたことで、安心感より不安のほうがより強くなったことに。
要らない、と言われたくなかったから。
***
~ ミオ ~
鏡を通して見えるのは二人の姿のみ。タマキちゃんは一生懸命話しかけているが、アスル・アズールはそれを冷たく見ているだけだった。
そんなやり取りを続けた後、アスル・アズールはため息をついてから、タマキちゃんに何か話しかける。
そしてそれにショックを受けているタマキちゃん。
やばい、どうしよう。でも出て行ったら覗き見ていたことがばれちゃうよぅ……。
別にアスル・アズールにばれるのは困らない――いや、そしたらどうやって見ていたのか詰問される。
それにタマキちゃんだって、こんなの見られたくないだろうし。
でも……でも気になる。
食い入るように鏡を見ていると、それでも必死にタマキちゃんは何かを口にしている。
そしてそれを聞いているアスル・アズールの表情が少しずつ変化していく。
「あー……でも、ものすごく気になるよぅ……タマキちゃん頑張ってるみたいだけど……」
鏡に手をつけてじっと見る。でも、読唇術なんて知らないから、何を言っているか分からない。
気になる気になる気になるーっ!
音……上手く拾えないかな。場所は外の小さな庭。そこに限定して――
『壁という境を取って、音を聞かせて。場所は右方。二人のいる所に限定』
乙女特有の力を使うとき、なんか意識するのか、いつもと違う言葉遣いになる。
とはいえ、はっきり言ってデバガメみたいなもんだよね。私ってこんなに好奇心強かったっけ、と思いつつ、それでもやめることはしない。
しばらく上手く音が拾えず、途切れ途切れにアスル・アズールの声が聞こえ、そのあとタマキちゃんの声に変わる。
「……それで……わた……にせ……の……す……」
この力に慣れてないのか、上手く声が拾えない。
声は鏡から聞こえているわけじゃないけど、姿が見えるせいかそちらに意識してしまう。
あ、そっか。鏡越しに見てるから上手く拾えないのかな。鏡はあくまで媒体で、本当に二人がいるのは私の右側にある庭なのだ。
それをイメージしながら、私はもう一度乙女の力を使う。
『もっと声を明瞭に!』
すると、さっきよりも少しだけはっきり聞こえるようになった。
辛そうに、そして珍しく感情的に叫んでいる声が急に耳に入る。
そして、聞いてしまった。タマキちゃんの本当の気持ちを。
「どんなに頑張ったって私は偽物で、ミオさんには絶対に勝てない! いる意味もない。だから……だからはっきりいらないって言ってください! そしたら……そしたら私は……っ!」
絞り出すような心の悲鳴のようなもの。
…………そっか、タマキちゃんはそんな風に思っていたんだね。
考えてみれば、大事にされていたってどこか不安がっていた。そんな子に大役を押し付けて、私は安穏としていたんだ。
改めて自分のしていたことを突き付けられた気がして、私はいたたまれない気持になった。
このあと何もなかったかのように、二人に話しかけることなんてできない。
そう思うと、力なく鏡の前から離れて、静かにタマキちゃんの部屋を後にした。
***
~ フィデール ~
やはり聖地に来てよかった――と思えるほど、ここの書庫は本が豊富だった。本来なら手入れが行き届かず読めなくなるほど古い本がきれいなまま残っている。
それらの背表紙を見ながら、乙女に関することが書かれていそうなものを探す。
それにしても、すでにここに来て八日経つのに、それらしき文献はなかなか見つからない。すでに知っているような内容のことばかりだ。そういう意味ではあまり進展はしていなかったが。
『少しは国のことも見ておいたほうがいいんじゃない? 割り振ってきた仕事とかも気になるんじゃないの?』
ふと、今朝ミオさんが言ったことを思い出し、そうか、国のこともあったっけ、とやっと現実に戻る。
大神官であるフィーシオ様に頼めば連絡用の“鏡”を貸してくれるだろう。
連絡を取るならまず父上や兄上より、仕事を頼んだ庶民院の代表の者のほうが適しているな。そのほうが彼らが困っていることや、他の新しい仕事に関しても分かりやすいに違いない。
情けないが、仕事の内容に見合ったものを臣下に命ずる、ということさえも出来ないのがラ・ルースの現状だった。
そして、自分ができることは間に入って調整を取るくらい。
情けない。本当に情けないと心から思う。
いつから、この国は大国としての自尊心を失くしてしまったのか。
けれど、それは自分にも言えること。シエンが言ったように、いくら鎖のせいとはいえ、自分に自信がなく、王の、兄の言いなりになっていたことも一つの要因だろう。
それを考えるとため息しか出てこなかった。
「国のこと、か……」
気づくとぼやくように口にしていた。
考えてみれば、乙女に関する文献を一生懸命漁っていたのは、国のことを考えたくなかったのかもしれない。
もう乙女はミオさんだと確定し、予言の当事者も知ってしまった。自分に出来ることなど、もうほとんどないのだ。
あるとすれば、ミオさんがこのまま拒否し続けて、魔力がしっかり回復したら還すことくらい。
でもそれさえも、事と次第によってはあのシエンと一戦交えなくてはいけないのだ。無事に二人を還すことが出来るかどうか――
弱気になった自分の頬を軽く叩いて現実へと戻る。
そしてフィーシオ様に“鏡”を借りるべく、見ていた本を戻して書庫を出る。
どんな結果がまっているか分からないが、もう前に進む以外、方法が見つからなかった。
少しだけ重く沈んだ心を抱え、フィーシオ様のいる部屋へと向かった。
しばらく歩いていると、右側にある廊下から飛び出してくる人とぶつかる。驚いて見ると、ぶつかった相手はミオさんだった。
「ごっ、ごめ……」
「ミオ、さん?」
「……って、ふぃでーる?」
なんでこんな所に、と思いつつ尋ねると、やっと私だとわかったのか、少し間の抜けた声が返ってくる。
どうしたのかと更に問おうとしたが、ミオさんの顔を見て驚いた。
泣きそうな顔をしていたのだ。
「ど、どうしたんです? 何かされたんですか?」
「は? 何……って、あ! いや、何でもないからっ!!」
ミオさんはやっと自分の顔に気づいたのか、慌てて手で隠そうとする。
そしてさらに「ぶつかってごめん!」とだけ言い逃げるように私に背を向ける。
私は思わず逃げそうになるミオさんの手を掴んでいた。