030 考察(フィデール→ミオ)

~ フィデール ~

「ミオさんっ!」

 知らずに掴んでいたミオさんの腕。
 そして自分でも信じられない程の大きな声で彼女の名を呼んでいた。
 その声の大きさに驚いたのか、ミオさんは一瞬動きが止まる。

「どうしたんですか?」
「……。いや、どうしたもどうしたも……こっちが聞きたいよ。なんでそんなに呼び止めようとするわけ?」

 明らかに無理やり作った顔だと分かるのに、彼女の口から出るのは否定の言葉。あまり根掘り葉掘り聞かれたくないのだろうか。
 でも、こういう顔をしているミオさんを放っておけるわけがない。
 そう……こんな、何かに耐えるような表情は、いつも母の顔に浮かんでいた。
 そして母とはまるきり正反対の性格のミオさんが、こんな顔をするなんて余程のことに違いない。

「そんな顔されて黙っていられるほど、私は無神経ではないんです」

 王宮でのこともシエンがあとで教えてくれたのだが、姉上と話をしていたのをミオさんが見て、それについて軽く一揉めしたという。
 でも一揉め程度でミオさんはこんな表情はしない。
 だからシエンにもう一度問いただすと、問題の“一揉め”について説明してくれた。
 それを聞いた時、ああやはり……と客観的に見ていた自分がいた。
 同時に、自分に対してそこまで怒ってくれて、そして傷つけないよう、そのことを口にしなかったミオさんが信じられなかった。
 そんな風に自分のことを心配してくれる人は、今まで身近に一人も居なかった。
 でも、そんな性格だから、きっとまたそう言ったことがあって、でも誰かを傷つけないためにそれを飲み込んでしまっているに違いない。
 そう思うと放ってなどおけなかった。
 それでなくても一度目は自分のせいだったのだから。

「……だから付けこまれるんだよ」
「そうかもしれませんね。でもやっぱり無視することはできません」
「……」
「そうだ。少し、外でお茶でも飲みませんか? 無理に聞き出そうとはしませんが、そんな顔をしたミオさんを放ってはおけませんから」

 そう言うと、掴んでいた腕をそのままに、引っ張って庭へと連れ出す。
 その間、ミオさんは何も語らない。
 でも嫌がって逃げることもなかった。

 

 ***

 

 日当たりのいい庭の中、ある程度大きな木で陰になった所までミオさんを連れて行く。
 座るよう促すと素直に座ったので、自分も近くに座ってから魔法でお茶とお菓子を用意してあった部屋から移動させる。
 これもここへ来た魔法の応用で、知っているものを呼び寄せることが出来る。人の場合、その人の感情に左右されて上手くいかない場合が多いために、無機物限定にされている。

「どうぞ」
「……ありがと」

 お茶を差し出すと少し照れた顔で受け取るミオさん。
 お菓子は互いが摘まめるよう、真ん中に置いた。
 お茶をゆっくり飲んで、ミオさんが落ち着くのを待つ。こういう場合、聞けば聞くほど答えてはくれなくなるから。

「私……ずいぶん無神経だった」

 思ったとおり、しばらくするとミオさんからポツポツと話しだした。
 それを聞いて、すぐ先を促さず、お茶を軽く飲んで一息ついてから、「どうしてそう思うんですか?」と問いかける。

「ああ、風が気持ちいいですね」
「そうだね、ちょっと潮の香りがきついけど」

 なんでもない会話を混ぜながら、ミオさんが語るのを待つ。
 そして待ちながら考える。ミオさんが乙女になった理由を。
 確かにミオさんは、一見無神経というか、傍若無人というか――そんなところがある。でも誰かを傷つけるような言葉を、本人に対して言わなかった。
 今更だけど、どうして彼女が乙女になったのか分かった気がした。
 先ほど思ったように、ミオさんは人を傷つけるような言葉は言わない。乱暴な言葉遣いだし、シエンとのやり取りはかなりすごいと言えるが。
 でも根本的に、その人自身を傷つけるようなことは言わないのだ。(シエンはあれくらいではちっとも堪えないから除外)
 ミオさんは知っているのかもしれない。言葉が持つ力の重みを――とミオさんの顔をちらりと見る。すると視線が合って、ミオさんはふっと小さく笑う。

「フィデールって聞き上手だよね。ホント」
「そうですか?」
「うん。これがアスル・アズールみたいに無理やり聞き出そうとするなら、ふざけんな、の一言で黙秘権を通すんだけど……フィデールの場合、そういう気持ちを落ち着かせてくれるのかな? なんかちょっと聞いてもらいたいかな、って思わせるんだよね」
「そんなものですかね」

 殊更なんでもないように返しながら、置いたお菓子をひとつ摘む。今日のお菓子は一口で食べられるようなカップケーキ。それに小さな果物を入れて焼いてある。
 それを自分の口に入れるのではなく、ミオさんにお菓子もどうぞ、と差し出す。ミオさんはカップを置いてそれを受け取った。
 それを見てから自分の分も手に取る。

「さっき……タマキちゃんとアスル・アズールの話をこっそり聞いちゃって……ずいぶん勝手なこと考えてたんだなぁ、って改めて思ったんだ」
「勝手……ですか」
「うん。ずいぶん勝手で、タマキちゃんにとって酷なこと、押し付けてたんだなぁ、って」

 少し俯き加減でポツリと呟く姿から、かなり落ち込んでいるんだろうなと推測できる。
 それにしても、こうして人から何かを引き出すのは、日頃からついた工夫だったりするのだが、思わぬところで役に立つものだ。
 特にミオさんのような性格で、このような状況だと、無理やり聞き出すよりゆっくり待ったほうが話してくれる。
 少し話すと我慢していたものが緩むのか、あったことを小さな声で話し始めた。
 話の内容は、シエンとタマキさんという少女の会話で、タマキさんが辛い思いをシエンにぶつけていたという。
 それを盗み聞いて、ミオさんは罪悪感を感じて逃げてきたと。

「それにしても……」
「なに?」
「いえ、ちょっと」

 口元に手を当てながら少し考える。
 この流れだと、ミオさんの動揺よりもほかの心配が浮上してきてしまう。
 他の心配――シエンがタマキさんに興味を持つこと。
 シエンはあの性格のせいか、自分の気持ちや考えをきちんと口にできる者を好む。
 となると、はっきり言った彼女に興味を持つ可能性が高い。
 が、それを言うとミオさんはさらに精神的に不安定になりそうなので、そのことは伝えなかった。

「まあ、気休めしか言えませんが、タマキさんも言いたいことを言ったなら、少し落ち着くでしょう」
「そう、かな?」
「思いを溜め込むのは良くありません。たまにそうやって発散させれば、少しはすっきりするんですよ。ミオさんも溜め込まないで、ちゃんと吐き出したほうがいいですよ?」

 本当に嫌なことは言わない人だから……と思っていると、きょとんとした顔をする。
 はて、気づいてないのだろうか、と思っていると。

「あのさ、言いにくいけど、それ、そっくりそのままフィデールに返すから」

 と返ってきた。
 は……? と思っていると、ミオさんはいつものような笑みに戻って。

「フィデールのほうが、よっぽど我慢してると思うよ」
「ええと……私のことは置いといて、ですね……今はミオさんのことが……」

 逆に返されてしまって、少し動揺しながらそれに答えていた。

「いやいや、私は今回のことだけだけど、フィデールは毎回でしょ? フィデールのほうがよっぽど我慢してるよ。もうちょっと、どっかで発散させなよ」
「……」
「あ、朝は話の流れで国のこともって言ったけど、本当に何も考えずに自分だけのことを考える時間も大事だよ。フィデールはいつも自分のことを二の次、三の次に考える癖があるみたいだからね」

 話をして少しだけいつもの調子が戻ってきたのか、ミオさんはいつもの表情で人差し指を自分に向けて笑みを浮かべた。

 ミオさんは誰にでも平等に対応する。それが王でもその辺にいる普通の人でも。
 本当に……こんな人は初めてだ、と改めて思った。

 

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