聖地と言われるだけあって、そこはまるでどこかの修道院のような生活ぶりだった。
ぶり、というのは私自身がそういう生活をしていなくて、話とかで得た知識からそんな印象を受けたから断定はできない。
でも、朝早く起こされて大きな部屋に連れて行かれて、そこには沢山の人たちがいて、でもって手を合わせて祈りのような真似をされると、やはりそう思ってしまうのは仕方ないだろう。
この世界はあまり宗教的なものはないけど、でも魔法とか乙女とかそういったのがある。そして聖地のようなそれをまとめる所らしい。
で、この規則正しい生活は、魔法を制御するための精神修行の一環……ということらしい。
どちらにしろ自分には関係ないと即座に判断した私、 珠生は早々にこの規則正しい生活から逃げ出した。
そしてここに来て今日で八日目になる。日が経つのって、思ったよりも早いものだ。
***
「やっぱり、今日も来なかったんですね」
半ば呆れ顔で言うのはフィデール。
私の性格をある程度理解しているので、その口調は責めるものでもなく、また、次の日は来いという強制的な意味も含まれていない。
ただ単にどこまでもマイペースなんだな、と確認しているだけのようだった。
「全く……ここに来たら俺でもそれなりになるというのに」
次に愚痴をこぼしたのはアスル・アズール。
国民の前に全く姿を現さないという、ちょっと、という言葉では収まらないほどの変な人。つなげて読むと変人となる。まさに言葉通りなヤツだ。
でも一応この世界の住人。聖地や魔法のことは理解しているのか、他の人たちと同じように行動している。
ちょっと意外だと思いながらも。
「うるさいな。私がここの人達と同じような生活をしたって意味ないでしょ。いずれもとの世界に還るんだから」
朝食後に出されたお茶を飲もうとした手を止めて、アスル・アズールを睨みつけるように見る。
「魔法を使おうとしてたくせにな」
「そういえば最近はそういった本を読まなくなりましたが、もう魔法を学ぶ気はないんですか?」
「いや、学ぶ必要がなくなっただけじゃないのか?」
「……」
アスル・アズールめ……知ってて言ってるな。
確かに私はここに来てすぐに魔法を覚えようとした。でもそれはこの姿を維持するためにだった。
しかーし! すでに乙女の力で姿を維持している以上、あんな堅苦しい生活をしてまで魔法を学びたいと思わないのだ。
というより、この二人がそんなことをしていたというほうが意外だったよ。
「私は飽き性なんだ。それにここに来る前の転移の魔法を見たら、私が覚えようとしているのなんて初歩の初歩じゃないか」
「初心者がいきなり高等な魔法など使えるわけないだろうが」
「そうですよ。どれだけの力が使えるかも分からないのに、いきなり高等なものに手を出すのは、とても危険なんです」
そりゃ分かるけどさ。
ここに来た時のは魔法陣を利用したけど、基本的に二人の魔法がメインで、魔法陣は転移用の座標を定めるためのもの――というだけだ。
そのために長い詠唱が必要だったらしいけど、逆にそれを見たためにやる気をなくしたのは確かだ。
それに。
「それは分かってる。でも、だから、だよ。二人が使っているような高等な魔法を覚える前に、私は還ることになるでしょ?」
還る、という言葉に眉間にしわが寄るアスル・アズール。
それを見なかったことにして。
「ちゃんとした乙女が見つかった以上、フィデールが新たに召喚魔法を使う理由はなくなった。となれば、次の召喚魔法を私を戻すのに変えても大丈夫、ってことじゃないの?」
表向きは乙女はタマキちゃん、私はイレギュラーな存在になっている。
だから、余り外に出ないほうがいいかなーってのもあるし。
まあ、逆にタマキちゃんに押し付けちゃっていて、タマキちゃんはこの規則正しい生活から逃げられないので罪悪感がないわけじゃないけど。
ああ、もう……気にはなるけど、あまりタマキちゃんの周りをちょろちょろするのも良くないという、微妙な立場なのだ。
「彼女のことを心配していた割りに自分はあっさり還るのか?」
「う……、だって、私は“乙女”じゃないし」
人の痛い所を突いてくるなよ。思わず口ごもってしまうじゃないか。
でもタマキちゃんのことを考えていないわけじゃない。私は還ると言っているけど、一人でとも、タマキちゃんを連れて行かないとも言っていない。
でもそれを言うと警戒されるので、今の私はあくまでこの世界に馴染むまで側にいる存在だと思わせておかなければならない。
こっちだってそれなりに辛いんじゃあー! と叫びたくなる。
でもタマキちゃんに責任を押し付けている以上、あまり偉そうなことを言えないのも事実で、誤魔化すように言い訳をする。
「と、とにかく、タマキちゃんは乙女だと認められていて、同じ世界から来た私はこの姿から認められるわけがないの!」
「そう思っているのはお前だけだろうが」
「いーや、あんたはともかく、他の人はみーんな、タマキちゃんのほうが相応しいと思ってるよ。それに私には帰るという選択肢がある。不要な存在なら、私は還るよ。元は向こうの世界の住人なんだから」
ま、向こうでもやっていることを親に全て否定されるわ、少し前だけど恋人には振られるわ、余りいい思い出は残ってないけど、それでも、あそこが私がいる場所だと思うから。
それはタマキちゃんにも言えることだろう。
だから、こっそり二人して帰ろう計画を立ててるんだから。
「さてと、私は食べ終わったからタマキちゃん所に行くから。フィデール相変わらず書庫に詰めるつもり?」
フィデールは最初に言ったとおり、書庫で乙女に関して調べている。
寝るときとご飯を食べるとき以外、ほとんど書庫にこもりきりで、顔を合わせることがほとんどない。
「はい。ここには貴重な書物が沢山ありますから。思い切って残ることにして良かったです」
「そう? でも少しは国のことも見ておいたほうがいいんじゃない? 割り振ってきた仕事とかも気になるんじゃないの?」
「ええ、まあ。少し考えたくはなかったのですが……確かに気になるので様子を見てみます。ここには遠くの様子を映し出すという鏡がありますので」
「へえ、そりゃまた便利なシロモノが」
詳しいことは聞かなかったけど、遠くが見れるって言うと、監視カメラみたいなものかな。それとも見て話すこともできるテレビ電話みたいなのかな。
ちょっと興味もあったけど、国内のことは他人には知られたくないはずだ。だから私はそれだけで終わりにした。
「んで、アスル・アズールは?」
「そうだな。俺もついていって問題ないなら、付いていきたいんだが――」
「それは却――」
「ここ数日却下されまくって暇だったし、そろそろ、いい加減に切れて強行突破しようか考え始めてるところだ」
アスル・アズールの言葉を遮るように言おうとすると、さらに私の言葉を遮るように切り替えしてくる。
しかも脅しだ。
まあ、彼の目的は乙女と言われる彼女を知ること――なんだけど、口裏合わせのための微妙な会話のため、アスル・アズールから逃げるようにしていた。
そのため彼は七日間ここで適当に時間を過ごすしかなかった。
さすがに七日も放っておかれれば切れるのも当然かな。というか、思ったよりも根気よく待ってくれたとほうか。
「分かった、分かった。タマキちゃんもだいぶ打ち解けてくれたから、そろそろいいんじゃないかな。変なことはしない。これが約束できるなら、ちゃんと私が連れていくよ」
どちらにしろ、今回の乙女はラ・ノーチェ国王と結ばれるという予言がある。
そして、アスル・アズールはそのラ・ノーチェ国王自身なのだ。
そのことはフィーシオさんも知っている。だから、フィーシオさんがタマキちゃんに近づくのを止める理由はない。
そしてフィーシオさんが止めなければ、いくらアスル・アズールが国王自身だと知らなくても、大国の王族相手に注意するなんて無謀な行為をする人はいないだろう。
だから念のため釘を刺しておく。
「しないしない。八日前に少しだけ口を聞いただけの相手に何をするというんだ」
「アンタの頭は記憶力というものがないのか。会った当日、私に何をしたのか忘れたとは言わせないぞ」
「気に入った相手に近づこうとするのは当たり前の心理だろう? 俺はミオが気に入った。だけど、彼女はまだまともな会話すらしていないのだから、気に入る以前の問題だということだ」
この男、さらりと言いやがる。
口元をひくつかせながら。
「何気に気に入ったとか言うな。気色悪っ!」
さらりと気に入っているとか言われて予防線を張る。
でも、コイツの気に入るってのは、話をしてみて面白いと感じた相手に対してなのか――どちらにしろ、今のタマキちゃんはアスル・アズールの中での位置はまだ定まっていないようだ。
でも決まっていないということは、これからどちらに決まるかでコイツの行動が変わってくるということでもある。
「言っておくけど、話してみて気に入っても、無理やりだとか、不意打ちとかは禁止だからね!」
びしっと指差して宣言。
こんな言葉で止められるようなヤツじゃないのは分かっているけど。
そして、行動に出られたら止められるのか、また、どんな行動に出るのかなんてまったく分からないけど。
でも、二人で還るって決めた以上、コイツの思惑を全力で阻止しなければならない。
思い切り睨みつけると、アスル・アズールは反対に笑みを浮かべる。
それが挑戦的に見えて、さらに気に食わない。
そんな私の気持ちを感じたのか、今まで黙っていたフィデールがそっと席を立つ。
「フィデール?」
「いえ、お二人の間で話がまとまったようなので、私はそろそろ書庫のほうに行こうかと……」
ちょっと待て。それは逃げると言わないか?
私は勢いよくフィデールに近づいてフィデールの服を掴んで引き寄せる。
そしてアスル・アズールに聞こえないように小声で。
「何を調べているのかは分からないけど、アイツが行動を起こす前に私たちを還すことを考えてよね」
「……わ、分かっていますよ。私も早くこの状況をなんとかしたいので……」
ものすごく怖い顔をしていたのか、フィデールはちょっと逃げ腰に小さく返事をする。
でもこの状況を少しは考えているようでほっとする。
「よろしい。フィデールは頑張りすぎるんだから、調べ物もいいけど少しは休みを入れなきゃ駄目だよ」
今度はアスル・アズールにも聞こえるくらいの声をだす。
「一応気をつけますよ」
フィデールも少し引き攣ってはいるけれど、口元に笑みを浮かべながら同じくらいの大きさで返してくる。
そのあとは笑みを絶やさない努力をしながら、「それではこれで」と言いながらフィデールは部屋から出ていった。
「んじゃ、私たちはタマキちゃんの所に行きますか」
あまり遅くなっても心配しそうだし、と付け足しながら、アスル・アズールを連れてタマキちゃんの待つ部屋へと向かった。