第4章 伝説と真実、そしてライゼールへ-1

 創世記にはこうある。
 赤の竜神スィーフィードは人という存在を創りたもうた。
 そは、白い肌黒い髪に、赤の竜神の色を象徴する赤い色を瞳に宿した一人の女性。まさに赤の竜神の化身のような姿でもって、その後に創られた者たちの先頭に立ち国を興す。
 神の力と魔の力が混ざり合う不安定なこの世界に、彼女は不思議な力を以って人々を安住の地を与えたという――
 そのはじめに創られた人が、ゼフィーリア王家の始祖とされている。

 

 ***

 

 リナは迷っていた。
 ライゼールの力は無視できないほど大きくなっていたし、何より魔族の力を持つゼロスがいる。彼一人でも、国一つ容易く滅ぼすことが可能だろう。力を手にいれたばかりの時ならともかく、彼は今たくさんの負の感情を抱えている。
 負の感情が魔族の糧になることは知っていた。けれども戦いながら、負の感情を食らい力を増すゼロスを見ると、知識だけあっても駄目だと感じた。
 一人でどうにかできる相手ではない。目の前の人たちに助けを求めなければ。とくにガウリイの持つ光の剣は何よりの武器になる。
 ゼロスを確実に倒す手だてが、今のリナにはなかった。

「リナ、話しにくいだろうが、できるかぎりの手を打つために話をしてほしい」

 逡巡するリナに、ゼルガディスは先を促すように言葉をかける。
 彼にしてみれば、現状がよく分からず、それなのに唯一知っているだろう自分は意識を二日間も失っていた。現状で打てる手は打ってあるだろうが、どこで覆されるかわからない状態――焦りや不安感などが溜まっているのだろう。
 けれど、リナにはリナの事情がある。ひとまずリナは今現在、彼らがどれだけの情報を得ているのか把握することに決めた。

「分かったわ。でもその前にあなたたちはどれだけの情報を得ているの? できれば話が重複しないように簡単に説明してほしいんだけど」

 彼らが知っていることを聞いて、話しても大丈夫なところまでの判断をつける。
 出来れば明かしたくない自分の秘密。バレてしまえば、世界を敵に回すかもしれない。

「――分かった。俺たちが知っているのは、あのゼロスという男がライゼールから来て、ガウリイを暗殺しようとしていたということ」
「うん」
「ランドールでのやり取りで、そのゼロスが魔族の力を有していて、それを自在に操れるということ。消えた時のは魔法ではなく、魔族の空間移動の力だな?」

 さすがゼルガディス。あれが魔法ではなく、魔族の力だと気づいていたのか。
 リナは関心しながら、ゼルガディスの話に補足する。

「うん。多分ね。ある程度使いこなしていて、そしてその力の埋め方を知っているわ」
「埋め方?」
「魔族は人の負の感情を好む。ゼロスがラルティーグをまず攻めたのは、戦で多数の死者を出し、負の感情をこめた増幅アイテムを作ること」

 すべての手順を考えて、動くゼロス相手には、やはり多少の情報が必要だ。
 エルメキアには知略も武力も長けた人物がいるが、それでもゼロス相手には劣るものがある。

(もしかしたら……もしかしたら、あたしは自分のことを話さなければいけないかもしれない……)

 彼らに同行して魔法を使うのに、今までのようにただ単に人より強いというだけでは、済まされなくなる。
 かといって単身で乗り込んでも、ゼロスのいる王宮の奥までたどり着けるとは思わない。
 それにゼロス相手にも、決定的な力が足りない。今解読中の魔法が使えれば、ある程度は可能になるかもしれないが、それもすぐ使えるものではなかった。

「かなり用心深いヤツだわ」
「そうか。では、俺たちが知っている情報は後一つ」
「……」

 ここが問題だ。
 それでなくても、リナの素性をある程度推測しているだろう。今回のことで、彼らはどれだけ気づいたのか――心臓の鼓動が早くなり、不安でたまらなくなった。
 ゼルガディスはそれを知ってか、深く息を吸い込んだ後、口を開いた。

「もう一つは、お前が前女王セシリア様と、ジョージ様の間にできた紛れもない第一子だということだ」

 やっぱり――と思った。
 知られているとは思ったけれど、それでもこうして言われると衝撃が襲う。
 自然と手は毛布をぎゅっと掴んでいた。
 この後に来るのは、どうして自分が栗色の髪をしているのか――に繋がるから。

「この情報に間違いはないようだな」
「……?」
「シルフィールから聞かされた時は驚いたが、お前のその顔を見れば事実なのだろう」
「……っ!?」

 どうやら半信半疑で出していたらしい。自分の反応で、その情報が事実だと知られしまったようだ。
 己の精神コントロールはまだまだだと自嘲めいたため息を一つ吐く。
 それにしても、ゼロスがシルフィールもいるあの場で自分の素性を出したのは、あのあとシルフィールだけが戻り、一つの波紋を投げかけるためだったのだと、今さらながらに悟った。
 なんて巧妙なやり口なんだろう。たかがいち神官の割りに、段取りがしっかりしている。
 けれど仕方ない。知られてしまったからには、それを認めて、ただの異端児として見てもらえばいい。開き直って、リナはゼルガディスの顔を見た。
 他の者たちは黙ってゼルガディスとリナのやり取りを聞いていて、口を挟む気はないらしい。

「――否定しないわ。ここまで来て否定しても仕方ないもの」
「そうか」
「見ての通り、あたしは異端児として生まれた。だからゼフィーリアはあたしを死産だと報じたわ。その後は王宮にある離宮で過ごしてきた。極少数の人だけに知られる存在として。たまにセラに代わって公務に出ることもあったけれど……」

 覚悟を決めて語ると、ふとゼフィーリアでの出来事を思い出し、なんとなく懐かしい気持ちになる。
 今頃父は、妹はどうしているだろうか。体の弱い妹とはなかなか会えなかったが、それでも自分を姉だと慕ってくれた。
 その彼らを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

「ゼロスはたぶん、手に入れた魔族の力でそれを知ったんだと思うわ。事実はどうあれ、あたしの存在はゼフィーリア王家を揺るがすものだと分かってる。だから――」
「だから、きな臭くなる前に姿を消した。王宮に攻め入られて、セラフィーナ女王と同じ顔の女性がいてはなにかと問題になるから」
「そうよ。初夏の頃ゼフィーリアを出てセイルーンに向かった。アメリアの所でしばらく過ごしたあと、戦渦に巻き込まれないよう、ここに来たの。そして――」
「ガウリイと会った――か?」

 リナはその問いにこくんと頷いた。
 あそこでガウリイと会わなかったら、自分はひっそりとどこかの田舎で暮らしていたかもしれない。そうなれば自分の出生を誰にも知られずに済んだのかもしれない。
 また、エルメキアの王であるガウリイに惹かれ、自分には似合わないと思っていた苦しい想いに胸痛むこともなかったかもしれない。
 そう思っても、リナは不思議と今を悔いていなかった。
 何事もなければ離宮でただ一人過ごし、恋も知らなかっただろう人生。
 波乱万丈でも自分のしたいように生きる人生。
 比べてみて、自分には波乱万丈の人生のほうが性に合っているような気がした。もっとも自分の出自だけでも十分波乱万丈な気もするが。

「後はみんなが知っている通りよ。だから、あたしは――暗殺の件が片付いたら、姿を消すつもりだった……」

 姿を消す、というところでガウリイの手がピクリと動く。

(それなのに、自分でも抑えられないほど好きになってしまった……)

 こんな気持ちは知らない。
 いつだって自分と家族が一番だったのに、家族より、自分より大切に想う人ができてしまった。
 もとよりコントロールできるくらいの感情なら、こんなことにはならなかったはずだ。
 またもや自嘲めきながら、リナはそれだけで終わりにしようとした。

「あたしの秘密はそんなものね。だからゼロスがあたしのことを出してゼフィーリアを脅すのは目に見えてるわ。だからあの時、ゼロスだけはなんとかしたかった」
「それだけではないだろう?」
「そ、それだけよ」
「それは嘘だな。それだけではリナがそれだけ必死になることはない。それよりももっと……もっと大事なことを隠しているはずだ。そして、それを知らなければ、俺たちも万全な対応ができない」
「……」

 リナは自分の隠していることを強引に終わらせようとしたが、ゼルガディスの声がそれを許さなかった。
 慌てて否定の言葉を叫んでも、ゼルガディスは淡々と語る。
 青褪めたリナに、最後にゼルガディスはそっと屈んでリナに近づいて、優しい笑みを浮かべた。

「辛いだろうが、すべて話して欲しい。この世界のために」

 

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